ノート:丸田祐三
編集合戦を誘発する修正はリスキーです
[編集]利用者:Pooh456さんが、2017年7月7日に行った編集について、問題点がいくつかあると思いますので、質問致します。 (1)将棋世界2007年9月号の発行年月を削除したことです。いつ発行されたかは雑誌でも重要な事項であり、削除は不適切です。 (2)将棋世界1996年6月号の発行年月も削除しました。そのためいつ出たかが、分からなくなっています。 (3)「丸田が官庁に入っていれば、必ずや幹部に昇進しただろう」のあとの「頭脳は優秀であり、前例主義を重視し既得権を守った」を削除したこと。前例主義は必ずしも悪いことではなく、堅実な運営という評価もできると考えます。しかも、この部分はいずれも河口文献に記載があることであり、削除する理由はないと考えます。まず丸田九段の頭脳が優れていること、はマイナス評価ではありません。 (4)陣屋事件に「そこで何があったのかは不明」を書き加えていますが、これは河口文献には記載がありません。独自研究として削除すべきでしょう。 (5)「この対局が中止になったこと」が丸田九段の意向と河口文献に書かれているように書いておりますが、そのような記述はなかったと思います。独自研究でしょう。 (6) 大山康晴さんと松田九段が仲が良かった、ことについての参考文献を削除していますが、このため、この記述は根拠のないものとなってしまっています。なぜ、リファレンスを削除したのでしょうか。 以上について、それぞれの項目ごとに、すみやかなご回答をお願いします。なお、質問以外の関係のないことは答える必要がありませんことを申し添えます。--Sumibb(会話) 2017年7月7日 (金) 07:59 (UTC)
- (1)(2)
- WP:CITEHOWに「書誌情報の書き方」が示されておりますが、「雑誌論文の例」を見れば分かるように、雑誌を出典として提示する場合は、「何という雑誌のどの号」かを特定するよう求められており、「発行年月」は求められておりません。例えば、将棋世界の今月号を出典にするのであれば「『将棋世界』2017年8月号、日本将棋連盟」と書くことで必要十分です。
- (3) ウィキペディアの記事を編集する際は、出典の記述を丸写しせず、自分の言葉で、要約して書くことが求められます(Wikipedia:原典のコピーはしない)。当該文献での河口氏の記述を「河口俊彦は、丸田が官庁に入っていれば、必ずや幹部に昇進しただろう、と評している」と要約しました。河口氏の見解の詳細を知りたければ、文献を実際に当たれば済むことです。
- (4)(5)
- 文献の記載「どういう話があったか、当人がしゃべらなかったから判らない」→「そこで何があったのかは不明」の出典。
- 文献の記載「・・・そして対局中止となった・・・その後すぐ、一年間の出場停止、の処分が下されたが、これ『も』丸田の意向であったろう」(『』は私がつけました)→「河口俊彦は、この対局が中止になったこと、連盟がいったんは升田に一年間の対局停止処分を科したことは、丸田の意向によるものだろう、と述べている」の出典。
- (6) これは私の手落ちでしたので、出典文献を参照した上で、2か所の記述を復帰させました。失礼しました。ただし、出典文献の記述に鑑み「早投げの棋風であったと評している」「大山康晴と親しかった」と記述を整理しました。
- --Pooh456(会話) 2017年7月7日 (金) 09:03 (UTC)
- (1)(2) Wikipedia:出典を明記するでは、「刊行年月日」を記載するよう求めており、なおかつ「月日まで分かる場合は、それを記す」と指定されています。雑誌論文の例に『内田貴 「現代契約法の新たな展開と一般条項(1)」『NBL』514号、商事法務、1993年』が挙げられておりますが、この例示はあまり適切なものではありませんが、それにしてもこの「号」は巻号のことを言っており、そもそも「何年何月号」とは別物です。前記の内田貴論文は1993年2月1日に出されたものですが、3月号などという記載はありません。文献の記載方法を誤解されているようです。文献の世界では「雑誌の何年何月号」は重視されません。なぜなら、実際に刊行された日とは異なるからです。「『将棋世界』2017年8月号、日本将棋連盟」の記載では不十分です。
- (3) 「自分の言葉で、要約して書く」としても、明らかに文献と違うことを記載すると独自研究になってしまいますし、貴殿の言葉で書くだけなら、貴殿の個人的ノートになってしまいます。質問はそうではなく、なぜ文献に根拠のある記述(頭脳が優秀であるとか)まで削除したのかということであり、貴殿は何も答えておりません。
- (4)「これ『も』丸田の意向であったろう」は、河口氏の推測によるものですが、そうすると「指さなければ不戦敗になる」と丸田八段(当時、以下同様)が語った(であろう)、という方を削除する理由がなくなってしまいます。なぜなら、どちらも推測だからです。「そこで何があったのかは不明」とまで書くのは、いささか無理があります。事実は陣屋事件にある通り、丸田祐三八段と新聞社が升田九段を呼びにいったが来なかった、という事実だけは動かないわけで、何があったかはこれだけで明らかです。
- (5)「この対局が中止になったこと」は丸田八段の意向とは関係なく、そもそも一方の対局者が来ないのですから、延期ができないとすれば、中止しか方策はないはずです。そこに丸田八段の意向から、とするのはおかしいのではありませんか。
- (6)手落ち(ミス)を認めて頂いたのはよかったと思います。結果は別途、確認させていただきます。--Sumibb(会話) 2017年7月7日 (金) 09:50 (UTC)
- WP:CITEHOWに挙げられている記載例が「『科学』24号、1954年」という形になっているのは、学術雑誌は不定期に刊行されることが多いので「何年何月号」という表記が物理的に不可能だからではないですか? 「将棋世界」のような月刊誌であれば「何年何月号」という表記が必要十分であるのは議論の余地がないと思いますが、WP:CITEHOWの解釈について疑問があれば、井戸端に投げかけてみては如何でしょうか。
- 出典に書いてあることを全て書かないといけない、などと言うことは全くありませんし、逆に、それはウィキペディアでは「丸写し」として禁じられております。Wikipedia:原典のコピーはしないの解釈について疑問があれば、同じく井戸端に投げかけてみてください。
- 陣屋事件に関する部分ですが、河口氏が事実として述べていることと、河口氏が意見として述べていることははっきり分け、後者は「河口はこう述べている」と書いております。WP:YESPOVを参照してください。
- --Pooh456(会話) 2017年7月7日 (金) 10:33 (UTC)
- (1)Wikipedia の論文記載例について
『科学』は「何年何月号」という表記が物理的に不可能だから記載されていないのではなく、そのような表記が不適切だから表記されていないだけです。『科学』は岩波書店から毎年毎月発刊されている雑誌でありますから、「何年何月号」という表記が不可能というわけではありません。本例の書誌情報は、『福見秀雄「感染論からみた化学療法論」24巻4号,pp.175-179,岩波書店』が正確なかき方です。ですから「福見秀雄 「感染論から見た化学療法論」『科学』24号、1954年、175-179頁」の例示は、出版社と号の記載がないので、不十分と言えます。それでも「何年何月号」という記載にはなっていないのです。そのことをよくご理解ください。貴殿の解釈はWikipedia:出典を明記するに忠実ではありません。
- (2) 「将棋世界」における「何年何月号」表記について
以上のことから、貴殿の主張である『「将棋世界」のような月刊誌であれば「何年何月号」という表記が必要十分であるのは議論の余地がない』のご発言は、全く間違っています。Wikipedia:出典を明記するにも反しています。その解釈についての疑問ではなく、貴殿に誠実な対話意思がないことが問題です。発行年がまったく書かれていないとの問題点の指摘に全く答えておりません。まとめると、発行年月の削除、ASINの削除はWikipedia:出典を明記するへの違反であり、まったく不適切です。
- (3)説明責任が果たされていません。
「頭脳は優秀であり、前例主義を重視し既得権を守った」を貴殿が削除したことに対するコメントがないばかりでなく、削除した理由も示しておりません。「利用者は自身の編集について他の利用者に対し、説明責任を果たす」(Wikipedia:説明責任)への違反です。
- (4)重要な事項の漏れと意図的な事実誤認
当方は「出典に書いてあることを全て書かないといけない」とは言っていません。すべて書いたら、膨大な量になります。「丸写し」も提案しておりません。キーワード2つ3つ書いたくらいでは丸写しにはなりません。貴殿の言われる通りのことではなく、出典に現れる重要なキーワードから丸田八段の人柄が分かるものを最小限であっても記載すれば、有益であるということです。それがなぜ、「丸写し」ということになってしまうのでしょうか。まったく論理的ではありません。削除された文は全体で数百ページある文献のうちの1行にも満たない分量です。貴殿の主張は典型的な「論点ずらし」です。そうではなく、貴殿は貴殿独自のの勝手な解釈を記述していること、原文に書かれていないことを創り出している(ねつ造ではありませんか)していることが問題です。 例をあげましょう、貴殿が書いた「そこで何があったのかは不明」の個所は、書くなら「そこで何があったのかを河口氏は把握していない」がせいぜいです。「河口俊彦は、この対局が中止になったこと、連盟がいったんは升田に一年間の対局停止処分を科したことは、丸田の意向によるものだろう、と述べている」の個所ですが、河口八段は対局が中止になったことが丸田八段の意向とは書いておりません。原文は「丸田は毎日側の立場に立っているから、こちらも引けない。そうして対局中止となった。」これだけです。このあとに「その後、すぐ、1年間の出場停止処分が下されたが、これも丸田の意向であったろう」が続きますが、「これも」が対局中止まで指しているわけではありません。「指さぬなら不戦敗ですよ、と切口上で言ったのだろう」の発言を指している可能性はありますが、対局中止の原因が丸田八段の意向であったとは書いていないのです。貴殿の作成した部分は、丸田八段の意向だけで対局中止になったと読めますから、事実誤認を引き起こします。
なおコメントのやりとりも複数回に及びましたが、まったく合意が得られない見通しになっています。再び同様の実質的でない、身のない回答が繰り返されるなら、話し合いが成立しませんから、次はコメント依頼に進みたいと考えています。--Sumibb(会話) 2017年7月10日 (月) 02:37 (UTC)