ノート:五輪塔
2008年9月21日までの編集について
[編集]==鎌倉地方と五輪塔==をコメントアウトしました。わざわざ鎌倉地方について語る意味は空しいため。なぜなら他の地方の方が遥かに重要な五輪塔が数多く存在するからです。神奈川県・鎌倉のお国自慢か観光宣伝目的と見做さざるを得ません。--Umrout 2008年9月21日 (日) 07:55 (UTC)
2008年11月1日までの編集について
[編集]ココを読むたびに、五輪塔についてあまり知られてないのかな?なんて思っていたので今回書いてみたんですが、知識や情報は楽しければ良いかな?なんて書きだしたのは良いですが、宗教が係わっていたり、実際仕事で係わっている人もいると考えると、一部にメリットやデメリットが生まれるとまずいなどと思い出し、途中からは緊張しました。
フリー百科事典という事で、まずいところがあると誰かが指摘してくれるのかな?などとも思っています。まずいと思われるところありましたら直して頂けるとありがたいです。
内容の殆どが、人に聞いたり自分で調べたうろ覚えの記憶(知識)をネットを検索して確認しながら書いたものなので、自分での訂正も出てくると思います。ご了承ください。「五輪九字明秘密釈」だけは本(「日本人のお墓」)を横に置いて確認しております。簡単に書きすぎてわかりにくいかな?
自分の分析「デザインとしての五輪塔」はウィキペディア的にはどうなんでしょうね?五輪塔(石塔)は自分の作品のテーマにしており、いつも分析しております。stonepapa--石川のヒロ 2008年11月1日 (土) 10:58 (UTC)
- こんにちわ。精力的な編集作業お疲れさまです。私は墓について関心を持っておりますので、このように記事が充実してきたことは大変喜ばしいことと思います。こういったものの場合は色々と難しいことが多いので、この様に図面などを交えて詳細に編集していただきますと大変参考になります。五輪塔について、さらに知識を深めるためできればこの記事を作成なさる際に参照なさっておられる資料やまた五輪塔について深く知るために読んでおくべき書籍などがあれば是非一読してみたいものと思います。お手数ですが、五輪塔に関する書籍等を掲示していただけますでしょうか?--Chacmool 2008年11月1日 (土) 14:20 (UTC)
- こんにちは ご意見ありがとうございます。五輪塔に関する書籍というと色々あると思いますが、五輪塔の意味と言えば、覚鑁の「五輪九字明秘密釈」です。と言っても私には原文は難しくて読めませんので、本文にも書いてあるように小畠広充氏監修編著の「日本人のお墓」(第一集)の解説を読んでます。素人がどうのこうの言うより疑問が無い限り専門家の意見を受け入れるというのが私の考え方です。この本には曼荼羅や空海の識大、魂魄まで書いてありますのでわかりやすいです。しかし、真言宗の墓が宗派を超えて日本中に広まるにはその背景まで考慮しないと理解できません。「日本人のお墓」の小畠氏の書いた部分を熟読する必要があります。(序文は難しいので最後に読みましょう。「朽ち行くものに肥を感じ、新たな息吹の予感に安らぎを覚える。stonepapa」こんな日本人の感覚をクロード・レヴィ=ストロースの「構造人類学」で日本書紀の中から分析してあります。お墓の本質だそうです。)また、お墓というのは宗教だけでは収まらず、民俗学的なところが多々あります。柳田國男の「先祖の話」がお勧めです。小畠氏も「先祖の話」を念頭において「日本人のお墓」を書いておられるそうです。小畠氏が「先祖の話」の現代語訳を書かれております。一般には来年(2009年)あたりに発売となると思います。曼荼羅が気になればカール・グスタフ・ユングの「個性化とマンダラ」、ユングがわからなかったら、「個性化とマンダラ」を翻訳した林道義氏がユングをテーマに日本の神話の本を何冊か出しています。養老武が墓はシンボルだと言っています。シンボルがわからなかったらエルンスト・カッシーラー「人間―シンボルを操るもの」。五輪塔はその綺麗さが後世にも認められて作られ続けたとも思います。そこには石工集団伊派の存在が重要です。もの作りにはマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの解説本」と、うちに転がっている本建ちです。この中のいくつかは「日本人のお墓」に紹介されている本です。あと、知識や情報というのは読む人の考え方(哲学)でどうにでもとれるものです。小林秀雄(批評家)の講演CDを半年で6枚ほど買い込み喜んで聞いておりました。石田茂作が「妙法蓮華経」を刻んだ五輪塔を「なんと大胆なことを」と言っています。親鸞、日蓮以降の合理的な考え方、明治以降、第二次世界大戦以降の西洋合理主義の影響を考えないと、当時なぜ念仏を五輪塔に刻んだかも見当がつきません。また、様式というのは世の中が受け入れると伝承されますが、様式が魅力なので意味までは伝承されないことが多いです。後に勝手な解釈がたくさん生まれたります。それがまた意味として残ったりします。その意味を元に様式が繰り返されることもあります。五輪塔の作り方などの情報は殆どこれになると思います。日本での五輪塔の意味は「五輪九字明秘密釈」だと思います。しかし意味だけでは五輪塔が沢山作られたかどうかわかりません。知識に走らなくても近所の住職の言ってることが一番正しいのかもしれません。「心の救済」が宗教の最大の目的だと思います。知識は楽しいのが良いですね。好きな五輪塔を見つけたら、3回以上見に行くというのも良いと思います。その時感じたものが五輪塔の本当の意味かもしれません。(小畠氏がいってます。)--219.99.218.232 2008年11月3日 (月) 03:24 (UTC)
- 「ウィキペディア的にはどうなんでしょうね?」ですが独自研究とされる可能性がありそうですね。「考慮したい」「考えてみたい」「思われる」「思えない」など筆者の主張や推測が含まれるのは推奨されません。写真の説明文に?があったりするのも?です。曖昧であるなら書かないか、そういう説がある程度でとどめるべきかと思います。また冒頭でこの項目について数行で説明されてますが、それを視覚で補完する一番最初の写真の説明も簡単に「五輪塔」+(所在地)程度のほうがよいと思います。--+- 2008年11月2日 (日) 00:50 (UTC)
- 了解しました。早速変更、検討していきます。 フリー百科事典、誰かが見ててくれるというのが安心感です。--219.99.218.232 2008年11月3日 (月) 03:24 (UTC)
- どうも要領が悪くて、サイン入ってませんでした。最初の写真ですが、写真自体良い写真だと思うんですが、国東塔の五輪塔化のように何度も書いているようにデザインの中に球が入っているのが、五輪塔の魅力といえると思うんですが、この写真の五輪塔の球の作り方が雑で梵字の横がへこんでるんですよね。五輪塔を代表するというには、伊派が生きていたらもんく言いそうで、何か良い写真があればいいのですが。--219.99.218.232 2008年11月3日 (月) 03:24 (UTC)
- 石田茂作が最も完成度の高い五輪塔と言ってる叡尊塔を最初に持ってきました。あんまり良い写真ともいえませんが五輪塔の代表には良いでしょう。それと現代の五輪塔に比べ、この時期の真言律宗の五輪等には梵字が見られないのが現代には物足りないかも知れません。--stonepapa 2008年11月3日 (月) 04:36 (UTC)
- 写真については了解しました。で、「デザインとしての五輪塔」ですが単に文末の表現だけの問題ではなく中身がやはり独自主張、推測だらけに思えます。一例ですが「五輪塔を可愛く感じる」について具体的な調査データでもあるのでしょうか。直接関係の無い賢人の言葉を引用しての説明スタイルも事典としていかがなものでしょうか。あと、別件ですが塔の頭の部分は擬宝珠の形と説明されてますが「構造」の項では宝珠形となってます。統一したほうがよいかと思います。--+- 2008年11月3日 (月) 11:17 (UTC)
2008年11月4日内容の変更
[編集]+-さんご指摘の内容の変更取り掛かっています。基本的には情報の羅列という形に書き直しはじめました。宝珠と擬宝珠ですが、相輪の上は宝珠、五輪塔や灯篭(相輪の無いもの)の上、橋の欄干、神社やお寺の手すりの柱の上は擬宝珠の方が良いでしょうね。現在擬宝珠と宝珠が同じにみられる場合が多いですが、擬宝珠の起源や定義はまだはっきりしていないと思います。宝珠説、蓮華説がありますが、私は蓮華説をとっているので区別しています。直しておきます。--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:16 (UTC)
- 本文見てきましたが、宝珠というのは如意輪観音が手に持ってる物ですね。宝珠のような形と言う事ではあっています。擬宝珠というのは一般的に灯篭の上や橋の欄干の上にあるものです。五輪塔で言えば、風輪+空輪になります。空輪だけでは宝珠形の方が良いと思われます。--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:31 (UTC)
- 「五輪塔を可愛く感じる」確かにちょっとまずいですかね。ま、アンケート調査してそれで良いのか?という問題もありますし、少数意見が大切な場合もありますから、調査データが良いとは限りませんが、「私は可愛く見えない」という指摘の方が削除しやすいです。実際には可愛く見えるという声は沢山ありますのでその意見を殺さないように考えて見ます。基本的には情報の羅列という形に書き換えて行きます。+-さんデザインとしての五輪塔の幾何形体の構成を直してみました。いかがでしょ?。--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:16 (UTC)
- 愛(め)でるで書き直してみました。可愛いに執着するのは今世界にその言葉が広がって大きく影響を与えているからです。情報は考え方でどうとでも取れると書きましたが、発信する方も考え方で内容が選ばれると思います。「遠海の小島の裾の白砂に我泣き濡れて蟹とたわむる」でしたっけ?日本人にとっては、恋とは忍ぶことのようです。キリスト教の恋愛=愛は日本人にとってどうなんでしょう?キリスト教でもそれは中世十字軍のフランスでの騎士団以降の感覚のようですが。ダルタニアンと三銃士あたりですかね?--stonepapa 2008年11月4日 (火) 22:35 (UTC)
- 情報の提示の仕方ですが、現代の合理主義的な考え方は曖昧な部分を切り捨ててしまいがちになるが、合理主義が経済的に崩壊した現在、実はその曖昧な部分に大切なことがあったりすると指摘されていると思います。合理的な知識や情報でキャパの壁を作り、曖昧な部分に目を向けないと指摘したのが養老武の「バカの壁」になると思います。「バカの壁」が世の中に受け入れられた(発行部数)現在、曖昧な情報も価値を見出す可能性がある限り必要だと思っているのが私の考え方(哲学)です。人の考え方なんで人それぞれでいいと思うんですが、ここはフリー百科事典なのでいろんな人の考え方が反映すればよいと思ってます。+-さんはココが得意そうなんで頼りにさせて頂きたいところです。よろしくお願いします。--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:16 (UTC)
- いろいろ修正されているようですが、本質的なところは変わってないように思えます。フリーというのは再配布の自由のような(GFDL参照)ことを指し、中身を好きに書いてよいとの意味ではないと考えてます。思想信条、哲学を語りたいなら自身のサイトなど別の場所でやるべきと思いますね。なお直接関係ないことですがここノートページは下に足していくのが慣例になってます。--+- 2008年11月6日 (木) 11:28 (UTC)
- ノートの順番入れ替えときました。
- +-の仰る事もわからないではないですが、最初から参考と書いてあるのはここまで書かないとわからないかもしれないという危ぐからです。「五輪九字明秘密釈」では日本への五輪塔の導入ですし、あとは広まりに対する各宗派的解釈に移っています。問題なのはその広がりです。民俗学的なものや、民間信仰、視覚効果(特に重要文化財を多く作り出す伊派)の影響は仏塔の普及には大きく影響しているといえる思っています。真言律宗の布教が五輪塔を普及させたのなら、真言律宗が五輪塔なみに広まっているはずです。参考と書いたのには自分のホームページに書いた方が自由にかけてよいとは思う所があったとしても、五輪九字明秘密釈の説明では密教の五輪塔で終わってしまい、宗派で書けば宗派で問題が出てしまう。という現実があるからです。それを超えて五輪塔は広まっています。具体的に日本には五輪塔を建てない県が四つあります。宗派の影響ですが、他の県はその宗派でも問題なく五輪塔を建てています。宗派の影響を超えています。実はその宗派の開祖といわれる人も五輪塔の下で眠っています。「日本人のお墓」では魂魄で宗派の問題を日本人の思想信条として説明してあります。いろんな知識や情報や経験やそれらを基にした考え方と、考え方の問題を考えて書いています。そのためには哲学も出てきますね。表には書いてないですが。思想信条までは持ち出していませんが、ココでは中立は大切です。中立のためには仏教だけで終われないのが五輪塔です。ア・ヴァ・ラ・カ・キャの下に南無阿弥陀仏を書いた塔婆は良く見ますが、もちろん裏にはバンと書いてあります。十字を描いた仏式のお墓(蓮華は無いですがスリンはありました。)があるのをご存知ですか?これが現実です。もう一つこんな塔があります。十三重の塔です。お宮さんに建ってます。元は仏教のお墓です。これは五輪塔より古いんでもっと難しいです。--stonepapa 2008年11月6日 (木) 15:06 (UTC)
- +-も考え方はあると思いますが、それに即して基準を提示し、それに対する討論でもしないと何を話していいのかわからないです。例えば、ノートページの書き方はすぐに従いました。さすがココでの先輩。--stonepapa 2008年11月6日 (木) 15:06 (UTC)
- ココで必要なのは五輪塔に対する問題ですね。内容に対する問題。デザインを持ち出すことが必要か不要か。ユングを持ち出すことが的確かどうか。もっと別の表現がないかどうか。何か一番現実に即した情報がないかなど、実の有る討論が良いと思います。ユングの専門家にその捕らえ方は違うといわれれば、私は専門家にはかなわないと思っていると前にも書きましたが、ユングを書き直すか消します。--stonepapa 2008年11月6日 (木) 15:06 (UTC)
- 修正が多く把握しきれませんが...前にも例示したことの繰り返しになりますが「帽子をかぶった子供」「同じく愛らしさで広まったものにお地蔵さん」などは誰が言ったのでしょうか。参考文献に書いてあることなのでしょうか。個人的意見なら書くべきではないと思います。もとより私は専門家でありませんがユングの論文とデザインとの結びつけかたも無理やりという印象です。だれか私以外の人の意見も求めたいところです。
- 体裁についての意見は聞いてもらえるようなのでいくつか。。ユングなど項目のある人はフルネームや生年月日は不要でしょう。氏など敬称もつけません。写真の説明「京都型からの変形」は本文に京都型の説明がない状態では不要と思います。関連項目の多数のリンクも本文中にあるものまで並べたてる必要はないでしょう。外部リンクのサイトもどうでしょう?ここウェキペディアでは個人サイトや、あからさまな宣伝は削除される傾向にあります。--+- 2008年11月9日 (日) 10:54 (UTC)
- 大蔵派が関東で活躍する前に、忍性が大蔵安氏を箱根で使ってますね。忍成と共にと書いた部分をうろ覚えの部分なんで忍性と同時期に書き換えたのを元に戻しときます。大蔵安氏は木造もやってますね。石工集団で良いのだろうか?--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:16 (UTC)
- 参考文献ですが、五輪塔の参考文献というのは使ってないですが、石塔の参考文献として良いと言われる物をいくつかあげておきます。私が読んでいる本です。考え方には役に立つと思います--stonepapa 2008年11月4日 (火) 04:16 (UTC)
「独自研究」との指摘について
[編集]Uraniaといいます。+-さんとStonepapaさんのやりとりを見ると、どうも話がかみ合っていないように見えますが、+-さんの「独自研究ではないか」との指摘はやはり妥当だと思います。Stonepapaさんの一生懸命お書きになっていることはわかりますが、特に「デザインとしての五輪塔」の節は、独自研究色の強さとともに、あれこれ幅を広げすぎであり、「五輪塔」というテーマから離れていろいろなテーマを未消化のまま詰め込んでいる感じがします。たしかに、五輪塔と「五大」との関連は重要ですが、ここは「五輪塔」の解説ページであり、「五大」とインド思想の詳細については、ウィキペディアに別に「五大」というページがあるので、そちらに書くべきでしょう。「ユングの論文と(五輪塔の)デザインとの結びつけかたも無理やりという印象です」という+-さんの意見には私も同感です。これをどう書き直すかという問題ではなく、そもそもここでユングを持ち出す必然性があるのかという気がします。「円」という形態の神秘性、「円」の宗教的意味などは、それはそれとして興味ふかいテーマではありますが、それをどうしてもお書きになりたいのであれば、ここではなく、「円相」という別記事があるので、そちらにお書きになってはいかがでしょうか。以下、書き改めるか、思い切って削除した方がよいと思われる点を指摘させていただきます。
(1)冒頭定義部分の「五輪塔の形はインドが発祥といわれ」という記述について。このフレーズは2008年10月21日 (火) 08:09の版で初めて加えられていますが、『国史大辞典』をはじめ、日本史、仏教美術、石造美術等に関する文献を見ると、五輪塔という形式はインドや中国由来ではなく、平安時代半ばに日本で独自に発達したものであることは定説となっています。もちろん、その背景に「五大」の思想があり、その思想の源がインドにあることは間違いないでしょうが、思想の問題と「かたち」の問題とは区別しないと、五輪塔という形式自体がインド起源のものであるという誤解を読者に与えかねません。屋外にある石造五輪塔で現存最古の在銘品は中尊寺釈尊院塔(1169年銘)ですが、『国史大辞典』の「五輪塔」の項目を見ると、瓦や梵鐘などの文様に表された五輪塔にはさらに古い遺品が認められ、11世紀後半(覚鑁が生まれるより前です)には五輪塔の形式が成立していたことが明らかです。「デザインとしての五輪塔」の節の本文中に「幾何形体と心理や意識との係わりに対する資料は現在確認できない」「インドにおける五輪の起源に触れられた資料はまだない」等とありますが、「確認できない」「資料がない」のであれば、なおさらのこと「チャクラ」や「チャクラム」などをここで持ち出すべきではないと思います。
(2) 「五輪塔の形は二つの四角と二つの丸からなる」との説について。これはどなたの説でしょうか。検証可能な学術的論文等をお示しいただきたいと思います。まず、空輪を「三角と半円とに分割する」という発想は、五輪塔が本来5つの部分、5つのかたちから成っているという根本的前提を崩している点で妥当でないと考えます。また、「二つの四角と二つの丸」という発想は、中世以降の定型化した五輪塔にはあてはまりますが、定型化する以前の初期の五輪塔にはあてはまらないと思われます。『国史大辞典』には、『醍醐寺新要録』に図入りで収録されている応徳2年(1085年)銘塔、六勝寺の一つである法勝寺跡から出土した軒丸瓦の文様に表された五輪塔などの写真が紹介されています。これら初期の遺品を見ると、五輪塔の原形は、球形の塔身に台座と笠形の屋根を付し、請花と宝珠を乗せたものであることがわかります。後の定型化した五輪塔にくらべ、これら原初的遺品では、地輪は真四角でなく低平で、風輪は半月形というよりは三日月形になっています。
(3) 「リンガとヨニ」への言及について。リンガとヨニの画像を掲載した上で「パールヴァティーの泉(ヨニ)とヒンズーの塔(シヴァ神のシンボル リンガ)五輪塔の起源という説もある」との説明が付されています。さらにその下の画像には「パールヴァティーの泉のような囲い(結界)のある五輪塔(奈良県)」とあります。しかし、五輪塔は密教の「五大」を表したものとするのが定説であり、形態的にも思想的にも全く別物である「リンガとヨニ」との安易なアナロジーは避けるべきではないでしょうか。「パールヴァティーの・・」と紹介されている五輪塔は、調べたところ、額安寺墓地にある重要文化財の忍性塔です。この塔は、近年解体修理と学術的発掘調査が行われ、地下から忍性の骨蔵器などが発見されています。戒律を重んじた忍性の墓塔としてリンガとヨニの塔を建てるとは思われず、そのような調査報告も見たことがありません。また、この五輪塔の周囲にある石の囲いはヨニには見えず、単なる「囲い」以外の何物でもないと思います。全ての五輪塔にこのような囲いが付属しているわけではありません。
以上、長々と偉そうなことを書きましたが、私もそれほど詳しいわけではなく、にわか勉強ですので、何か違っている点がありましたらご指摘ください。--Urania 2008年11月18日 (火) 16:06 (UTC) だらだら長くて読みにくいので、段落を分ける。--Urania 2009年2月16日 (月) 15:23 (UTC)
- Uraniaさんこんにちは 久しぶりにここ覗きました。今忙しくて手をつけれなくなっています。まずいと思うところ直しておいていただけるとありがたいです。私も時間をみて触っていきますので。五輪九字明秘密釈の資料紹介してもらいましたので、方向性としてはそちらの方に書き換えていきたいと思ってます。覚鑁以前で五大と五輪塔を結びつけた資料ありましたらご紹介いただきたいところです。形自体はベトナムにもありましたし、骨壷にもありますね。しかしそれを五輪塔と呼べるかどうかはわかりません。十三重の塔は十三仏信仰のシンボルとされますが、十三仏信仰は室町時代、十三重の塔は平安時代。意味は後付ですね。五輪塔もそんな感じ強いですね。一筋縄でいかないから五輪塔って面白いと思います。
墓碑について
[編集]墓碑という表現が間違いのようなので直しときます。平安後半の浄土思想には墓碑という考え方が見られるようですが(良源や源信)、日本の仏式のお墓では造塔供養と見るほうが良いみたいですね。アショーカ王の8万4千基のストゥーパなど。日本や中国では法華経の方使品二の「造塔供養」。特にお墓で造塔供養と考えられるものが多く現れるのが五輪塔以降のようなので、五輪塔で墓碑は間違いかもしれません。柳田國雄の両墓制も問題視されていますし、仏式のお墓に墓碑や墓標と言う言葉はさけた方がよさそうです。キリスト教のお墓は墓碑や墓標ですね。--stonepapa 2008年11月29日 (土) 01:35 (UTC)
「デザインとしての五輪塔(参考)」 について
[編集]かつてこのノートページでも取り上げられました「デザインとしての五輪塔(参考)」としての項ですが、やはりこの項目が持つ意味がよくわかりません。「五輪塔の普及にはその形態の視覚的効果も考慮したい。宗教の本質は「心の救済」といわれる。安らぎとデザインの係わりも考慮したい。」ということは、仏塔の中でも特に五輪塔がそのようなデザインをしていたから普及したと理解してよろしいのでしょうか。それならば、どうしてそのようなことが言えるのか、再度この項目については修正が必要な気がします。--M88 2009年2月8日 (日) 03:37 (UTC)
この項目をコメントアウトしました。--M88 2009年2月14日 (土) 04:42 (UTC)
独自研究の排除・要出典項目の削除
[編集]独自研究の排除・要出典項目の削除を行いました(1年経っても出典が明示されないため)。