ノート:国家神道/過去ログ1
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「国家神道」という名称
「この名称は宗教学者・村上重良の提唱になるものであると一般に言われている。」とありますが、いつ、どこでのことなのでしょうか?218.217.3.189
明らかな誤りですね。削除していいでしょう。Stanislaus 2005年6月8日 (水) 11:29 (UTC)
- 上記の箇所はひとまずコメントアウト。GHQの覚書に「国家神道云々」とあるようです。しかし、戦前において「国家神道」という用法は少なくとも一般的ではないはずで、いつ出来たのか、という疑問は残ります --忠太 2005年6月9日 (木) 15:33 (UTC)
- 上記、長期に亘り異論が出てないので削除しました。--Kafuka1964 2007年4月11日 (水) 15:45 (UTC)
神葬祭等の厳禁
>神葬祭等の「宗教的な活動」を政府が厳禁
ほとんどの「宗教的な活動」が禁止されたかのような誤解を生む表現です。神葬祭以外の例を具体的に挙げて「概要」以下の小項目に記してはいかがでしょう。他例が国家神道の性格を象徴的に示すものでないのなら、神葬祭禁止とそのの意義だけをここに端的に示すのも良いとおもいます。--Kafuka1964 2007年4月11日 (水) 15:45 (UTC)
神官と呼ばれる官吏
>当初、全国の神社は全て官有となり、全神職は官吏待遇となったが、財政的な問題でたちまち立ち行かなくなり、最終的には神官と呼ばれる官吏としての神職は伊勢神宮に奉仕する者のみとなった。
うろ覚えですが、内務省の官員録には全国の主要神社の神職名が並んでいました。これが消えるのいつでしょう。年表に記載願います。また、他の財政支援もすべて無くなったかのような誤解も生みます。--Kafuka1964 2007年4月11日 (水) 16:54 (UTC)
まず明治12年に太政官達第四十五号で府県社の祀官・祀職の身分取り扱いが廃止され、「一時住職と同様とする」とされました。続いて明治20年3月18日付閣令第4号で官国幣社の「神官」を廃して「神職」が設置され、宮司・禰宜・主典の職階が敷かれています。但し、宮司に関しては内務省が任命することになっているので、内務省の官員録に名前が記載されてもおかしくはないでしょう。また、宮司は奏任、禰宜・主典は判任待遇とすることもこの際に定められています。
調べた所、確かに官国幣社神官が神職へと移った事は、神社財政が官国幣社保存金制度による国費支給の打ち切りと関連づけられているのは確かなのですが、神社財政に関しては短期間に大きく動きがあり、後に国費支給の制も復活しているので、「財政的な側面で」の部分を外ししたく思います。神社財政の歴史的な変遷をもう少し調べてから改めて書こうと思います。--神祇官 2007年4月12日 (木) 08:46 (UTC)
- 「宮司は奏任、禰宜・主典は判任待遇とする」記述を直後に移動しました。明治20年は「最終的」ではないので、本文の「最終的」を削らせて頂きました。国家神道は明治維新の際や終戦直前に即座に出来たものではないので、その形成過程の概説が必要だと思っています。--Kafuka1964 2007年4月12日 (木) 12:10 (UTC)
提案
国家神道に関しての議論、問題に関する節を設けたく思いますが、如何でしょうか。記載して行きたい内容としては、
- 浄土真宗の神道に対する姿勢(神祇不拝を掲げつつ、神道は宗教でないのだからから国威発揚の為に大いに興隆すべきだ、という動き)
- 教育勅語を巡る問題(起草者の井上毅は政教分離に厳密であった事など)
- いわゆる国家神道的な思想と内務省・神社の関係(私は内務省や神社よりも在野の思想家の方が過激だったと考えています)
- 国家神道の研究者とその思想的な位置
あくまで「して行きたい」ですので、時間も相応に掛かると思われますが…。ちなみに、Kafuka1964さんは何か記載に当たって参考にしている資料はありますか?--神祇官 2007年4月18日 (水) 11:00 (UTC)
- 資料は主に『内務省史』や各種の辞典類などを近くの図書館で見ています。基本は記憶ではなく、資料で書いています。「国家神道的な思想と内務省・神社の関係」は、内務省が思想統制によって誘導していった結果、民間や軍の連中が暴走したというのが定説ではないでしょうか。神社はよくわかりません。神社は統制をされた側で、靖国神社のように新しいところは「愛国利権」があったと思いますが、神社が積極的に国家神道の形成に荷担していった例は知りません。おそら狂信化した禰宜も少しはいたと推測できますが、「国家神道」はその名のごとく「国家」が主体となって誘導したものではないでしょうか。
- 「国家神道の研究者とその思想的な位置」は必要と思います。新田均は島薗進の「神社神道が国家と特別の結びつきを持っていたこと」を認めつつ、「神道的な思想や実践が国民統合の支柱として用いてきた」ことを「予断」であるからダメだとして否定し、にもかかわらず「公認宗教制度」という予断から「神社神道」を研究すべきであるとしています。「特別の結びつき」を「棚上げ」にせよ、と主張し、「国家神道」ではなく、「神社神道」を研究せよ、とトンチンカンなことを言っています。(新田均「「国家神道」研究の整理」2005年6月「神道史研究」53巻1号)。これはおそらく新田が天皇崇拝者だからであり、天皇崇拝者とそうでない者とでは同じ史料を見ても評価が異なることもよくあることと思われます。前掲新田の研究史論にはそういう観点がまったく欠落していて、不十分です。少なくとも論者の右派・左派の大雑把な区分は読者の便になるでしょう。新田が大原康男を闇討ちのように斬ってゆく様子を見ると伊勢派か出雲派かの区別なども必要に思われます。--Kafuka1964 2007年4月18日 (水) 13:51 (UTC)
ご返答有難う御座います。内務省の動きに関しては私も理解が不十分なところがあり、是非とも加筆をお願いしたいところであります。葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』では内務省神社局に関して「殆ど何もしなかった」とかなり批判的な切り口で語られており、「国家」神道が誰によって形成されたのかは、様々な事例から考えていく必要があると考えます。(研究者による国家神道研究もほぼこれが焦点となっているのではないでしょうか。)--神祇官 2007年4月19日 (木) 13:56 (UTC)
非宗教説・宗教説と教義 に関して
内務省の神社非宗教論と併記される形で菱木政晴の論が持ち出されていますが、菱木政晴の論自体に中立性があるのか疑問を感じます。故に完全削除ではなくコメントアウトにしたのですが、「神道信者による非中立的なコメントアウトの復活」と半ば中傷される形で元に戻っています。編集内容の要約にコメントアウトの理由をきちんと記さなかったのは私に落ち度がありますが、現状の標記だと内務省の神社非宗教論を論破する形で菱木説が存在しているようにも見え、内容に中立性を欠いてしまうように思いますが如何でしょうか?国家神道は聖戦・英霊・顕彰だ、というのは極論過ぎると思いますが。--神祇官 2007年8月25日 (土) 13:04 (UTC)
「中傷」とは「無実のことを言って他人の名誉を傷つけること」(『広辞苑』)です。神祇官さんは自らの「利用者ページ」で「某県で神職をやっています」と明言しているので、「神道信者」であることは明白です。「信者」である神祇官さんが「コメントアウトの理由をきちんと記さなかった」ことに非があります。履歴を見ると、神祇官さんは、「人間宣言」の引用を削除したり、リンクを「新日本建設に関する詔書」に改変したり、他にもかなり大胆な削除・改変を行っています。神祇官さんは「国家神道」を否定的に捉える記述を自分の主観によって排除し続けてきました。「信者」である神祇官さんが「国家神道は聖戦・英霊・顕彰だ、というのは極論過ぎると思」うのはもっともだと思いますが、ならば菱木論を否定する研究をご紹介下さい。神祇官さんの個人的な研究・信仰の立場から削除・改稿を行うのは非中立的です。「内務省の神社非宗教論を論破する形で菱木説が存在している」ので、小項目名も「非宗教説・宗教説と教義」となっているのではありませんか?--Memosa 2007年8月26日 (日) 14:08 (UTC)
- コメントアウトの復活に関して、編集内容の要約を「神道信者による」と書き始める理由が見あたりません。
- >「信者」である神祇官さんが「コメントアウトの理由をきちんと記さなかった」ことに非があります。
- 理由を記さなかったことに関しては「作為」と取られても仕方無い為、これは私のミスです。しかし、私が利用者ページで表明している内容と問題の記述に相関性があるかどうかは、明白と思われてもそれを実証することは不可能(絶対間違いない予想)である以上、「神道信者による」と特筆して「思想・信条に都合の悪い部分を消した」と周囲に印象づける必要性はあったのでしょうか?この点で私は「半ば中傷」と考えました。
- 人間宣言に関してですが、詔書として発せられたものを通称、或いは解釈して「人間宣言」としているのが実際では無いでしょうか。私は両論併記となるよう、詔書としての性格と一般的な解釈を併記しましたが、どうしても「人間宣言」である点を前面に押し出さなければダメでしょうか?
- 菱木論を極論とする観点は私自身のものであったとしましょう。しかし、最新版(コメントアウトから復活された)菱木論の掲載に関しては「比較宗教学や文化人類学の成果」としつつも、国家神道の教義に関して、どの様な現象をどの様な手法で抽出したのか触れられていません。内容の如何は別として、菱木論がどの様な論理で構成されているか少しも触れられないまま、その結論だけ「国家神道は聖戦・英霊・顕彰だ」と書き出すのは、論理的な記述ではなく単なる国家神道の印象づけになってしまうのではないでしょうか?この点からコメントアウトを実施し、両論併記となるように菱木氏のチョークの例えは削除せず、神社非宗教論と並ぶようにしました。
- それなりに気を払ってやってるつもりですが、それでも意図的な編集によって「国家神道を否定的に捉える記述を自分の主観によって排除し続けてき」たと言われてしまうのでしょうか。--神祇官 2007年8月27日 (月) 09:46 (UTC)
- 「人間宣言」はリンク先の項目名ですから、それを無視して「新日本……」という名称を冒頭に出すのはおかしい。神祇官さんの「詔書として発せられたものを通称、或いは解釈して「人間宣言」としているのが実際」という私見によって、あたかも「新日本……」という名称が唯一の正規の名称であるかのような誤解を生む書き方にしたのは不審。(この詔書の名称についての諸説は当該項目にあります。)本項では「国家神道」が今日のような絶滅寸前の状況に至った画期となる事件としての「人間宣言」の記述を優先するべきです。ですから「人間宣言」に関して、その言説を引用・抽出して国家神道の終焉(天皇の神格否定・「世界ヲ支配スベキ運命」の否定)を述べた部分を抹消して書き換えたのはおかしいのです。(付け加えとして、「詔書としての性格」と称されるものを出典を明示しつつお書きになるのなら、「不要」な蛇足とは思いますが禁止事項ではないでしょう)。神祇官さんは「中立性」や「両論併記」の美名のもとに神道信者としての自分にとっての「思想・信条に都合の悪い部分を消した」ように思われます。
- 神祇官さんは「某県で神職をやってい」(神祇官さんの「利用者ページ」2007年1月22日 の版より引用。但し、現在は削除。)るにもかかわらず、神道信者では無いのですか?「要約」の欄ですから、簡潔に記したまでです。神祇官さんが「思想・信条に都合の悪い部分を消した」というのは事実、または神祇官さんのミスから導き出された論理的結論です。要約を「神道信者による」と書き始めることを禁止される理由が見あたりません。
- 神祇官さんは「意図的な編集によって『国家神道を否定的に捉える記述を自分の主観によって排除し続けてき』た」のではありませんか。さもなくば菱木政晴の研究論文(p36)に対しての、「国家神道の教義に関して、どの様な現象をどの様な手法で抽出したのか触れられていません」という趣旨の批判的研究を是非とも本文にご紹介ください。私は神祇官さんの私見にはまったく興味はありませんし、この欄は私見を宣伝する場でもありません。もし菱木政晴の論を読んでいないのであれば、ご自分で探してお読みください。有料ですがネット上でも読めました。http://ci.nii.ac.jp/
- 神祇官さんが「国家神道を否定的に捉える記述を自分の主観によって排除し続けてき」た例として、 2007年7月19日 (木) 07:11の編集内容の要約の「中立的な観点が疑わしいものに関して削除・訂正」という発言を挙げることもできるでしょう。非中立的であるから削除・訂正というのならわかりますが、「疑わしい」から削除・訂正というのはおかしい。私は「神職」を自称していた神祇官さんの記述の全てを「疑わしい」と思っていますが、論証できないものについて削除・訂正を行うつもりはありません。「神祇官」さんだけが「疑わしい」から削除・訂正するという特権を有するとは思われません。皆がそのようなことをしたらウキペディアは崩壊します。(削除されたものの内容についての議論ではありません。あくまで「疑わしい」ものは削除・訂正するという認識に対しての疑義です。)
- なお、第三者が見て分かりやすいように、以下に「人間宣言」に関する部分の神祇官さんによる書き換えの状況を引用しておきます。
- (書き換え前)
- 1946年、昭和天皇は人間宣言を発布し、天皇と国民との関係は単なる神話のみに基づくものではない、として「現御神(あきつみかみ)」(現人神)であることと「世界ヲ支配スベキ運命」を架空の観念として否定した。
- (神祇官さんの書き換え)
- 1946年、昭和天皇は新日本建設ニ関スル詔書を発布。いわゆる天皇の神格否定・人間宣言として解釈された。
- --Memosa 2007年8月28日 (火) 13:52 (UTC)
- ついでに「人間宣言」の該当部分も参考までに引用しておきます。「世界ヲ支配スベキ運命」の否定も削除されていますので。
- 朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非(あら)ズ。天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、且(かつ)日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
- --Memosa 2007年8月28日 (火) 22:44 (UTC)--Memosa 2007年8月28日 (火) 22:50 (UTC)修正
- 人間宣言に関して。
- >「人間宣言」はリンク先の項目名ですから、それを無視して「新日本……」という名称を冒頭に出すのはおかしい。
- これが理由ならある程度の納得はできます。しかし、
- >「国家神道」が絶滅寸前の状況に至った画期となる事件としての「人間宣言」の記述を優先するべき
- >「人間宣言」に関して、その言説を引用・抽出して国家神道の終焉(天皇の神格否定・「世界ヲ支配スベキ運命」の否定)を述べた部分を抹消して書き換えたのはおかしい
- というのはMemosaさんの私見ではないのですか?確かに項目名は人間宣言になっていますが、正式な公用文としての題名がないこと、通称を巡って諸説存在することも当該項に書かれています。特定部分に依拠しない通称として新日本建設ニ関スル詔書という名称も使われていることも記されており、この特定部分に依拠しない、という点が詔書の呼称として中立性の根拠と考え、具体的な内容に踏み込んだ通称である人間宣言から、価値判断を含まない通称としての新日本建設ニ関スル詔書へと書き換えた次第であります。また私はその詔書が人間宣言として受け止められたという波及効果に関しても削除していません。詔書の解釈を巡って議論が為されている点を考慮すると、「人間宣言」に関して、その言説を引用・抽出して国家神道の終焉と結びつける事自体が恣意的です。結びつけるならば論拠が必要でしょう。人間宣言の該当部分が引用されていますが、詔書に関して特定の部位のみを「該当部分」として特筆する事自体が私は中立的ではないと捉えます。
- 「神道信者」に関して
- 「簡潔に記したまで」と仰いますが、では「神道信者」の表現が実際に編集を行った私(神祇官)個人を指し示すのに適切であったのでしょうか。「神道信者」は私だけでなくWikipediaを編集する他の方にもいらっしゃることでしょう。こういった点はお考えにならなかったのでしょうか。また、利用者ページで神職が自称されてもされなくても、記述された内容を巡る中立性・被中立性の問題は起こりうるはずです。履歴を辿ればMemosaさんが指摘する神道信者が指し示すのは私であることは判ることですが、なぜ私個人を指定しなかったのか疑問です。これは私が恣意的な編集を行ったのか否か、編集に関して説明不足であったかどうかとは関係のない事です。
- 菱木正晴の論に関して
- 私の回答(神祇官 2007年8月27日 (月) 09:46 (UTC) )をよく読んで頂きたいのですが、本項目にある菱木論を下地にしたまとめには国家神道の教義に関して、どの様な現象をどの様な手法で抽出したのか触れられていません。結論だけ述べられています。菱木論のロジックに少しも触れないことは引用の仕方として中途半端であるように思います。学者間で議論されている内容が、Wikipediaの項目では特定の論を引用が中途半端な状態で、且つ読み手に決定的なものと印象づけされかねない状態であったので、「書きかけ」を現状維持するのではなく、削除ではなく一旦コメントアウトにして、もし議論の必要が指摘されたらノートで議論すればよいのではないか、と思っておりました。
- 中立・非中立に関して
- 「中立的な観点が疑わしい」というのは、非中立的ではないかという提唱であり、削除と訂正は中立的な(価値判断を含まない)表現への置き換えを意図しておりました。疑わしい論拠を示さなかった点で
- >神祇官さんは「中立性」や「両論併記」の美名のもとに神道信者としての自分にとっての「思想・信条に都合の悪い部分を消した」ように思われます。
- という指摘を受ける可能性はあったと思いますが、それに関して共通の理解を得られるようにノートでの議論があるのではないでしょうか?
- Memosaさんとの議論について
- Memosaさんからの指摘を私はこう解釈いたしました。******利用者ページで神職を自称する「神道信者」がもっともらしい理由で恣意的な編集を行っており、項目の中立性がそれによって崩されている
- しかしながら、「中立性」や「両論併記」を理由に恣意的な編集をした、というのは恐らくMemosaさんの考えている立場とは彼岸にいる私にとっては「特定の表現や論によって項を構成しなければならない」という意志が存在しているのではないか、との疑問を覚えます。人間宣言を巡る議論がそれでしょう。私は価値判断を含まない表現、両論併記による中立性の確保を念頭に編集してきたつもりです。また、私はある程度のミスがあったこと(論拠の非提示)を認めますが、相手の記載・編集したいと考えている内容に関して「不要な蛇足」「記述の全てを「疑わしい」と思ってい」ると、挑発とも取れる姿勢で論述されることに理解が出来ません。
- おそらく議論は平行線を辿るでしょう。コメント依頼によって第三者的な見解を求めるのが賢明かも知れません。第三者的な見解な見解は気になりますが、国家神道に関して何か書くと中立・非中立の議論になるようでしたら、思うところはあっても我慢した方が身のためですかね。--神祇官 2007年8月29日 (水) 17:04 (UTC)
- この項目は「人間宣言」ではなく「国家神道」ですから「人間宣言」に関する記述は「国家神道」との関係を優先して記述するべきです。詔書にある「神話」や「運命」といった「国家神道」に関わっていそうな引用があった方が読者に親切だと思います。また、「人間宣言」の全体像について触れたり、「人間宣言」の全文を引用する義務はありません(禁止もされておりません)。「世界ヲ支配スベキ運命」の否定の削除理由も不明です。それから「本文」の履歴をご確認下さい。私は 2007年6月27日 (水) 13:31の「要約」欄に「リンク先の項目名に合わせました」と書いたにもかかわらず、神祇官さんは「新日本……」に変えたのです。 2007年8月25日 (土) 10:04にも再び「要約」欄に「リンク先の項目名に合わせました」と書いております。初めてお知りになりましたか?
- 「神道信者」が神祇官さんを指すことは明白です。削除者が「神道信者」という非中立的な立場にいることを明示したのです。「恣意的な編集を行った」ことを示すメッセイジでもあります。「利用者ページで神職を自称する「神道信者」がもっともらしい理由で恣意的な編集を行っており、項目の中立性がそれによって崩されている 」と判断しました。神祇官さんが「思想・信条に都合の悪い部分を消した」というのは事実、または神祇官さんのミスから導き出された論理的結論です。要約を「神道信者による」と書き始めることを禁止される理由が見あたりません。
- 菱木論については菱木論をご熟読下さい。「菱木論のロジックに少しも触れないことは引用の仕方として中途半端」とのことですが、菱木論と比べると、菱木のロジックをなぞるように触れており、「引用の仕方として中途半端」ではない、と私は判断します。既読であれば、「国家神道の教義に関して、どの様な現象をどの様な手法で抽出したのか触れられていません」という趣旨の批判的研究文献を是非とも本文にご紹介ください。現在の記述は内務省の見解に対する菱木氏の研究の紹介にとどまっています。「学者間」の議論がもしあるのでしたらそれも本文にお示し下さい。
- 私は明言した通り、「疑わしい」という理由で神祇官さんの記述を削除・訂正することはありません。神祇官さんはこれからも「疑わしい」という理由で記述を削除・訂正するつもりなのですか? もしよろしければ、「思うところはあっても我慢し」て、そのようなことはしないと明言していただけませんでしょうか? あくまで「疑わしい」ものは削除・訂正するという神祇官さんの認識に対しての疑義です。
- 神祇官さんは2007年7月14日 (土)に「中立性」のタグを貼りました。タグには「詳しくは、この記事のノートを参照してください。」とありますが、この「ノート」には何の説明もありませんでした。神祇官さんは2007年8月25日 (土) 13:04 (UTC)まで議論の用意なく、一ヶ月以上も削除・訂正を繰り返したのです。神祇官さん自身の付けた「中立性」のタグの文面をご熟読下さい。
- --Memosa 2007年8月29日 (水) 23:49 (UTC)
インデントを戻します。 やはり平行線のようです。議論の内容に推移は見られますが進展とは言えない状態です。明らかにかみ合ってない部分もあります。この点に於いて第三者の意見を求めたく思ったので、、Wikipedia:コメント依頼#合意形成のためのコメント依頼に協力を要請しました。 「疑わしい」だけで編集を加えた姿勢はおかしい、という指摘はひとまず私が折れましょう。私にも思い当たる点はありますので。中立性に関して疑問があったので、取り敢えずタグを貼って議論になったならノートですればいい、という感覚でありました。今後論拠をきちんと示すように努力しましょう。菱木論に関しては最新版の記載を取り敢えずそのままとし、もっと包括的な形で国家神道の宗教性・教義に関する論議が為されている現状がある、という事が読み手に分かるような記事を書いていきたいと思います。人間宣言に関しては取り敢えず第三者のコメントを待ちましょう。これらはノートで行われた議論を有効活用し、項目の充実へ繋げて行きたいという私の考えの結果です。 しかしながら、利用者ページの内容によって、つまり神道への信仰があるという表明→それだけで非中立的な立場だ、というMemosaさんの意見がどうしても納得できません。Wikipedia:個人攻撃はしないの個人攻撃の例として、個人の宗教・政治的、社会的立場を決めつけて攻撃することが挙げられています。--神祇官 2007年8月30日 (木) 11:37 (UTC)
- 「削除者が「神道信者」という非中立的な立場にいることを明示した」と記述したことにより個人攻撃となったことについては当方のミスを認め、謝罪します。確かに神祇官さんは、もし「神道信者」ではないとしても、神祇官さん自身が認めるように、非中立的と受け取れる編集を説明無く繰り返えしておりました。
- 菱木論をきちんと読んだ上で、「もっと包括的な形で国家神道の宗教性・教義に関する論議が為されている現状」を出典を明示しつつ是非とも本文にお示し下さい。特に菱木論よりも「もっと包括的」なものであること出典を明示しつつ是非とも本文にお示し下さることを希望いたします。もちろん義務のようなものではありませんから、できなければ結構ですが、「国家神道の教義に関して、どの様な現象をどの様な手法で抽出したのか触れられていません」という趣旨の菱木論を批判した研究文献がもしあるなら、読んでみたいと思います。もちろん神祇官さんの私見ならば不要です。それから、2007年7月14日 (土)に「中立性」のタグを貼って以降の、神祇官さんの削除・訂正等で、上記で内容に関する議論になっていないものについて、タグの「詳しくは、この記事のノートを参照してください」という表明に噛み合うように、個別に説明をつけておいて下さい。「今後」ではなく、面倒でも遡及して説明を付けておく義務が神祇官さんにはあると思います。中立性に関わらないものについては不要と考えます。「疑わしい」だけで編集を加えた姿勢はおかしい、という指摘に対しては、「ひとまず」ではなく、きちんと折れて下さい。それから、合意形成のためのコメント依頼を出したとのことですが、リンク先が不正です。
- --Memosa 2007年8月30日 (木) 15:02 (UTC)
- リンク先は、Wikipedia:コメント依頼#合意形成のためのコメント依頼です。上記も訂正しました。
- 誤解が無いように言及しておきますが、私が言うところの「包括的な形」というのは、問題となっている節が「非宗教説・宗教説と教義」という比較的小さな枠組みとなっているのを、もっと広くこれを捉えて、国家神道に含まれる思想性(「教義」とされている事柄も含めて)について既に決着した事柄ではなく、議論が為されていることの記載、研究者・主張者の大まかなグループ化を想定しています。菱木論を含めて、各研究者の論述が包括的であるかどうかに言及するのはWikipedia:独自研究は載せないに触れると思われるので、これは避けたいと思います。--神祇官 2007年8月30日 (木) 22:34 (UTC)
- 「国家神道に含まれる思想性(「教義」とされている事柄も含めて)について」「議論が為されていることの記載」、「研究者・主張者の大まかなグループ化」を私見を交えずに研究史論などを引用しつつ具体的に本文に記述されることを希望いたします。
- 2007年7月14日 (土)に「中立性」のタグを貼って以降の「論拠の非提示」となっている約10箇所の削除・変更・コメントアウトについて、すみやかに私見(独自研究)を交えずに個別に「論拠の提示」を行って下さい。行われない場所についてはミスではなく、恣意的に「自分にとっての思想・信条に都合の悪い部分を消した」と判断し、記述をもとにもどさせていただきます。神祇官さんの自己弁護に言う「論拠の非提示」とは、「論拠」はあったのだが書くのをうっかりと怠った、ということでしょうから、さほど時間は要しないでしょう。1週間ほどお待ちすればよいでしょうか?
- 御用繁多であれば、いつまでにお書きできるかをご返事下さい。
- それから、「『疑わしい』だけで編集を加えた姿勢はおかしい、という指摘はひとまず私が折れましょう。」という発言は、いずれ再び、『疑わしい』だけで編集を加えることの正当性を主張し、実行する、ということでしょうか? 議論が平行線になる理由は神祇官さんが頑なに自らを特権化しつづけている点にも存すると思っております。
- また、Wikipedia:コメント依頼#合意形成のためのコメント依頼をご覧になってここにいらした方は、現時点では当方の一方的な批判のようになっておりますので、神祇官さんの残りの約10箇所についての釈明を1週間ほどはお待ち下さい。当方も原則として1週間は沈黙いたします。
- --Memosa 2007年8月31日 (金) 08:27 (UTC)
非中立性・検証可能性に関する箇所
Memosaさんによって指摘された私(神祇官)が編集した箇所についての論拠、理由を明示したいと思います。
- 久米邦武筆禍事件に関して
2007年7月14日 (土) 01:55の版では、
久米邦武の学術論文「神道は祭天の古俗」を発禁処分とする言論弾圧・思想統制を行った。
となっていますが、これでは学術論文が問答無用で発禁になり、弾圧されたような記述です。また、言論弾圧・思想統制の主体も全く不明瞭です。『発生期の現代神道』P39-45に事件の経緯が掲載されていますが(当該項として久米邦武筆禍事件も存在)、この事件においての当事者に政府機関は殆ど関与していません。筆禍事件の主体は大論争が巻き起こったこと、久米が東京帝國大學を辞めざるを得なくなった事であって、政府が内容を判断した上で発行禁止になったのは最終的な決着です。また、政府が発行を禁じた理由としては皇室制度そのもの、或いは歴史的に皇室に貢献があったとされる者に対しての批判が原因ともされています。これを即断して久米の神道への批判が国家によって言論弾圧されたとするのは、事件の経緯を無視して結果のみを捉えていると思われます。ネット上にも執筆者名と所属する組織が明示された形で久米邦武筆禍事件に関してより詳しく掲載された文章がありますので、ご参照下さい。
大阪の部落史通信・17号(1999.3) 歴史学と歴史教育について 小林丈広(京都市歴史資料館) http://blhrri.org/kenkyu/burakushi/burakushi_17_3.htm
- 「言論弾圧・思想統制の主体」は「官」である内務省(内務大臣品川弥二郎)でした。これは補えば良いと思います。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 神道指令に関して
2007年7月14日 (土) 01:55の版では
神社への特別保護の廃止、神職の公務員待遇の廃止、公共機関からの神道施設の撤去などが実行された。
となっていますが、この記述では具体的にどのような特別保護であったのか不明瞭で(「特別保護」とされる自称に問題があったのか無かったのかの議論が踏まえられていないのも問題)、また公務員待遇に関しても全神職がそうであった訳では無かったことが葦津珍彦・阪本是丸氏らの研究によって指摘されています(例としては『国家神道とは何だったのか』『近代の神社神道』)。また、神道指令が制限した内容は神道と国家の完全分離であり、具体的な事例+「など」で片づけられるものでは無かったことは神道指令に関するどのような書籍でも共通の内容であると思われます。その為、暫定的な措置として包括的に「神社と行政機関の接点が全て廃止される。」としました。神道指令によって制限された具体例は神道指令の項で充実すべきではないでしょうか?
- 「全神職がそうであった訳では無かった」ということをもって、「接点が全て廃止」と曖昧化するのは不審。「人間宣言」とは異なり、「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」という確かな名称があるので、これを記してはいかがでしょう。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 「全神職が~」については「神職の公務員待遇の廃止」という記述が正確性を得ていない事に関してです。これを理由に「接点が全て廃止」としている訳ではありません。不審感をお持ちのようですが、適当な表現について考える余地があったので「暫定的な措置として包括的」に記した点をご承知頂きたく思います。--神祇官 2007年9月7日 (金) 17:48 (UTC)
- 人間宣言に関して
これは私(神祇官)とMemosaさんのやり取りの中に記載されています。
- 国家体制の変革と国家神道に関して
2007年7月14日 (土) 01:55の版では
また、大日本帝国憲法をはじめ、治安維持法、出版法、新聞紙法、教育勅語、内務省など、国家神道を支えたものが廃止された。
とされています。国家神道を支えるために上記の法制度が整備されたとの印象を受ける記述です。しかしながら、この点に関しても阪本是丸氏によって、「神道指令で廃止にならなかったのは何故か」「神道関係者から公職追放が出なかったのは何故か」という形で疑問が指摘されています(『近代の神社神道』)。
- 『近代の神社神道』(阪本是丸.弘文堂, 2005.8)のような最新の研究を論拠として紹介していただけるのはありがたい面もありますが、大日本帝国憲法をはじめ、治安維持法、出版法、新聞紙法、教育勅語、内務省などが国家神道とは無関係でったということではないでしょう。神社の国家との特殊な関係の歴史は厳然と存在しているのですから。少なくとも同じこの年表にある大日本帝国憲法・教育勅語についての記述の完全抹殺は不審。この記述が「国家神道を支えるために上記の法制度が整備されたとの印象を受ける」という神祇官氏の読解については第三者の意見を伺いたいと思います。「国家神道を支える面を有していたものが廃止された」とでもしますか?--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 第三者の意見を待ちたく思うところですが、関係を有するのと「支える」のではニュアンスが異なると思います。支える、では国家神道が主柱であって、これを制度として確立するために大日本帝国憲法・その他の上記の法令が定められた様に読み取れるのではないでしょうか。--神祇官 2007年9月7日 (金) 17:48 (UTC)
- 「天皇を現人神として信仰する人々…」のコメントアウトについて
これは論拠云々ではなくWikipedia:中立的な観点、Wikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#自分の主張を書き込むことに関連する事柄であると思いました。まず、天皇を現人神として信仰する人がいたとしても、その信仰に関する是非はWikipediaでは問われないはずです。次に「未だにわずかながら」という表現は、文脈から天皇を現人神として信仰する人に対する非難に繋がるものであり、信仰内容の是非に関する価値判断=非中立的なものとして、これをコメントアウトにしました。
- 国家神道に関する年表の「1889年、大日本帝国憲法発布」に関して
2007年7月19日 (木) 07:11の版では
近代国家として信教の自由を認めてはいたが、神社崇拝が前提とされていた。この矛盾は「神道は宗教ではない」とすることで繕われていた。
となっていますが、葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』で、大日本帝国憲法発布後に起こった「公務員が自身の信仰に基づいて公式の神事を欠席するのは是か非か」、という当時の議論と法的には欠席しても構わないという結論が導かれた事が記載されています。この点から大日本帝国憲法に於ける信教の自由は神社崇拝が前提、と言う記述は発布当初においては成立しない事が実証されているため、当時に議論が起こったという内容に訂正しました。また、キリスト教の教会やキリスト教系の学校における神宮大麻の奉祀強制については指摘されている年代が憲法発布から40年後であることと、論拠を思い出せないのが大変残念ですが、大阪憲兵隊による一種の事件だったという記述を見かけた為、コメントアウトにしました。この点では「疑わしいから削除した」に該当するかも知れません。継続して調査したく思います。
- 調査結果が出るまでは元の記述に戻しておくべきと考えます。その作業は「ノートで行われた議論を有効活用し、項目の充実へ繋げて行」(神祇官氏の発言)くためにも、、当方ではなく、神祇官氏自身が行うのが適当と思います。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 2007年7月20日 (金) 21:22の版について
これに関しては削りすぎたと思っています。まず、
>神道の宗教としての側面を維持しようとする教団は公認された一部のものが教派神道として分離され、神社に於いて祭祀としての側面のみを有するものが国家神道とされた。 というのは問題ない、手を加えなくても良かった記述でした。なぜ削ったかはちょっと思い出せません。 大日本帝国憲法の「信教の自由」の保障に関しての記述を削ったは、上記の「大日本帝国憲法発布」の記述と整合させる為です。増補する形で、「臣民タルノ義務」に神社崇敬が含まれるか否かについて、記述しました。葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』に詳述されています。 「日本式一神教」「マックス・ヴェーバーの研究」に関しては、これに関して論拠が不明であり、また
>『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』]]がヒントになるだろう。
の言い回しは、確かにヒントになり得るかも知れないが、百科事典のとしての記述に相応しいものかどうか考えた上でひとまずコメントアウトにしました。
- 「削りすぎた」箇所は元の記述に戻しておくべきと考えます。その作業は「ノートで行われた議論を有効活用し、項目の充実へ繋げて行」(神祇官氏の発言)くためにも、、当方ではなく、神祇官氏自身が行うのが適当と思います。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
以上、7箇所に関して、非中立性を感じた点、検証可能性に於ける論拠を明示します。Memosa氏は10箇所と仰っているので、もし漏れがあるようならば指摘して下さい。今後の編集は論拠を明示します。--神祇官 2007年8月31日 (金) 13:14 (UTC)
- 「論拠の提示」が行われない場所についてはミスではなく、恣意的に「自分にとっての思想・信条に都合の悪い部分を消した」と判断し、記述をもとにもどさせていただきます。自分が編集を加えた場所は履歴で確認できるはずです。提示された論拠については後日に検討いたします。--Memosa 2007年9月1日 (土) 00:31 (UTC)
- 特段必要かな、と思った箇所に関しても「恣意的だ」と指摘されているようなので、言及したく思います。
- 政教分離に関して
- 2007年7月19日 (木) 07:11の版にて
- >国家と神道との政教分離も徹底したわけではなく、
- となっていますが、文脈上「神道指令で分離されるべきとされた国家と神道が未だに接点を持っている」と読み取れます。神道指令の結果と実態については、個別の事象として例示されることは必要であっても、「○○であるべき」と読み取れる記述に関してはWikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#自分の主張を書き込むことに触れると思われた為、政教関係に関する論議が存在することとして書き換えました。論議がされていることに関しては国家神道に関しての論文が戦後多数発表されていることから理解できるものではないでしょうか。
- 敬神の義務に関して
- 2007年7月19日 (木) 07:11の版にて
- >敬神を国民の義務とし、この義務は道徳の範疇にあるので、敬神は宗教では無いとする説である。
- となっている記述から、「道徳の範疇」に関する記述を削除した上で増補された形で訂正が加えられていますが、これに関しては元に戻して頂いて結構です。編集日時が同一であったのにも関わらず、編集内容に整合性が取れていませんでした。これは私の勉強不足によるものです。一度元に戻して頂いた上で、2007年8月31日 (金) 13:14 (UTC)に私が指摘した大日本帝国憲法と信教の自由に関する関する論拠の元に編集したいと思います。
- 「削りすぎた」箇所は元の記述に戻しておくべきと考えます。その作業は「ノートで行われた議論を有効活用し、項目の充実へ繋げて行」(神祇官氏の発言)くためにも、、当方ではなく、神祇官氏自身が行うのが適当と思います。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 天皇の神格性と「現人神」に関して
- 2007年7月19日 (木) 07:11の版
- >半ば官製ともいえる形で形成されていった。
- との記述を削除していますが、これの部分はそもそも私が書いたものです。逆説的になってしまいますが、私が明確な論拠なしに書いたものを、自分自身で論拠が確認できないから削除しようと思って行ったことです。
- 神祇官氏は神社の国家との特殊な関係の歴史を抹殺したいらしく、2007年4月11日 (水) 13:55には「年表」の「三条の教憲」の内容(「敬神愛国の旨を体すべきこと」、「天地人道を明らかにすべきこと」、「皇上を奉戴し朝旨(ちょうし)を遵守(じゅんしゅ)せしむべきこと」)を削除しています。削除された記述は他者によって
- 天皇の神格性と「現人神」の項に「天皇は現人神(あらひとがみ)として信仰された。例えば「三条の教憲」は「敬神愛国の旨を体すべきこと」、「天地人道を明らかにすべきこと」、「皇上を奉戴し朝旨(ちょうし)を遵守(じゅんしゅ)せしむべきこと」を国民教導の中心とした。この解説書は仮名垣魯文『三則教の棲道』(1873年)など多数が出され、これらのなかには「神孫だから現人神と称し奉る」とする例が複数存在する。
- というかたちで復活しましたが、神祇官氏は再びこれを抹殺し、「天皇の神格性は、国家神道の下で現人神(あらひとがみ)として強調された」「万世一系の天皇を祭政の両面でこれの頂点とする思想が半ば官製ともいえる形で形成されていった。 」云々としました。しかし神祇官氏は、このような国家による神道の利用の具体的な記述を抹殺し、「天皇を中心とする強力な君主国家を築いていきたい明治新政府の意向」と抽象化し、これに対する民間の動きの具体例を詳述して、「半ば官製」とし改変しました。さらに2007年7月20日 (金) 11:40には「天皇の神格性は、国家神道の下で現人神(あらひとがみ)として強調された。」を単に「天皇の神格性は、現人神(あらひとがみ)として言説化された。」とし、さらに「半ば官製」を消しています。
- つまり、「官製」の具体的記述を抹消して「半官製」とし、さらに「国家神道の下で」と「半官製」とを抹消したのです。こうして神祇官氏は「私は内務省や神社よりも在野の思想家の方が過激だったと考えています」(上記の神祇官氏の「提案」)という自己の主張を具体例を書き込むことで実現したのです。神祇官氏は恣意的に「自分にとっての思想・信条に都合の悪い部分を消した」と私は判断します。私はWikipediaのルールにはあまり詳しくはないのですが、このような手法は許されているのでしょうか。2003年2月に『現人神』を上梓した新田均は「私が『現人神』において「広義の国家神道」論によって世間に撒き散らされた「イメージ」を「幻想」に過ぎないと断じたことをもって、神社の国家管理状能等国家との特殊な関係の存在まで幻想に過ぎないと否定し去っているかのように誤解している人がいるらしい」(「「国家神道研究」の整理」2005.06「神道史研究」)とも述べています。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
- 神祇官氏は神社の国家との特殊な関係の歴史を抹殺したいらしく、2007年4月11日 (水) 13:55には「年表」の「三条の教憲」の内容(「敬神愛国の旨を体すべきこと」、「天地人道を明らかにすべきこと」、「皇上を奉戴し朝旨(ちょうし)を遵守(じゅんしゅ)せしむべきこと」)を削除しています。削除された記述は他者によって
インデントを戻します。まず、三条の教則についてですが、Memosaさんは「中立性」のタグを貼って以降の「論拠の非提示」となっている約10箇所の削除・変更・コメントアウトについて論拠を提示せよ、と指摘しています。私が年表から三条の教則の具体的な内容について削除したのは、タグを貼る以前のものであったので言及しませんでした。年表からの削除は、節が年表と言うことで、具体的な内容を記載するのは冗長かな、と思ったのが理由です。さほど確たる思想的理由はありません「官製」「現人神」についてですが、これに関しては最初に自分で書いた箇所に疑問が沸いてきたので表現を次第に変えたものです。この時期の編集に関しては、残念ながらご指摘の「恣意的な編集」と言われても仕方のない、論拠が曖昧なもの(各種の研究を読んだ上での個人的な理解)になってしまっているのは敢えて自分から申し上げましょう。新田氏の『神道史研究』での指摘の部分に関してですが、Memosaさんは 私が「特殊な関係の存在まで幻想に過ぎないと否定し」て各種記述の削除を行っているとお思いであると受け取りましたが、特殊な関係があった事とその是非は別問題ではないでしょうか。私は項の内容に関して特殊な関係の具体例を提示するに留めておいて、価値判断に繋がる記述は避けたく思っています。また、史料や研究論文の引用・記載も冗長になるのは避けた方が良いと思っています。これは私の中立性に対する編集姿勢です。多くの場合、Memosaさんはこれを「都合が悪いから消したのだろう」と指摘していますが、編集と項の構成に対する姿勢の違いが「すれ違い」を起こしている原因に様にも思われます。お気を悪くするかも知れませんが、Memosaさんの主張からは、特殊な関係があることを前提とした上で、それを否定しなければならないとする考えが見受けられます。私の編集に関して「抹殺」という過激な表現をすることも理由がよく解りません。私は対話を繰り返して記述をより良くしていこう、と言う姿勢は以前から表明しるつもりですし、Memosaさんと何かを争う気など持ち合わせていませんが、どうして敵対した表現を採られるのか理解に苦しみます。--神祇官 2007年9月7日 (金) 17:48 (UTC)
- 三箇所の編集に関して理由・論拠を追加したので、合計10箇所です。編集と議論に関して、これを記事の充実に繋げて行きたい意思を私は表明しています。しかしながら、あまり気の進む話ではありませんが、私が認識する七ヶ所の理由・論拠を早急に行った上で、該当する箇所に関して「漏れがあるなら指摘してください」と、指摘があれば論拠・理由を用意する姿勢を見せたのに、Memosaさんは論拠が明示されない=恣意的な編集と即断したり、2007年8月28日 (火) 13:52 (UTC) に「論証できないものについて削除・訂正を行うつもりはありません。」と仰っていますが、履歴を見れば分かるといって具体的に私の編集内容のどれに関して問題意識をお持ちであるかを示していただけませんでした。一度謝罪を受けている事を蒸し返してしまいそうで、これもあまり気の進む話ではありませんが、「神道信者が行った編集は全て疑わしい」という認識を未だにお持ちであるとの印象を受けます。私は編集に対する精神的な姿勢として、より建設的に行っていく為に、Wikipedia:礼儀を忘れないを心がけるようにしているつもりですが、Memosaさんはいかがでしょうか。--神祇官 2007年9月1日 (土) 13:35 (UTC)
- 2007年7月14日 (土)に「中立性」のタグを貼って以降の、神祇官さんの削除・訂正等で、上記で内容に関する議論になっていないものについて、タグの「詳しくは、この記事のノートを参照してください」という表明に噛み合うように、個別に説明をつけておいて下さい。「今後」ではなく、面倒でも遡及して説明を付けておく義務が神祇官さんにはあると思います。
- 「論拠の提示」が行われない場所についてはミスではなく、恣意的に「自分にとっての思想・信条に都合の悪い部分を消した」と判断し、記述をもとにもどさせていただきます。自分が編集を加えた場所は履歴で確認できるはずです。提示された論拠については後日に検討いたします。
- --Memosa 2007年9月1日 (土) 14:24 (UTC)
- 一週間を経ましたので、疑問の箇所にはそれぞれにコメントを入れました。「記述をもとにもどさせていただきます」と書きましたが、やはりご自身で直されるのが良いと思います。総合的な印象を言えば、神祇官氏の叙述は世間の日本史辞典の「国家神道」の項の叙述の方向性からズレているように思われます。第三者のご意見を伺いたいと思います。お手元の事典・百科辞典類をご参照下さい。--Memosa 2007年9月7日 (金) 14:28 (UTC)
過去ログ製作の提案
大分長くなっていますので、過去ログに纏める事を提案します。如何でしょうか?--神祇官 2007年9月29日 (土) 10:04 (UTC)
- 記述をもとにもどさせていただきます」と書きましたが、やはりご自身で直されるのが良いと思います。2週間以上を経ても神祇官氏は修正を実行なさらなかったので、一部は当方が修正しましたが、自分が編集を加えた場所は履歴で確認できるはずです。ご自身で点検をして、修正が済みましたら、過去ログに入れ、Wikipedia:コメント依頼#合意形成のためのコメント依頼と本文の「観点」「出典」のタグを消去なさるのが良いでしょう。以上の三つが同時にきちんと行われるなら、異論はありません。「大分長くなっていますので」という理由での過去ログ化はおかしい。問題が解決済みになって、過去のことになってからにして下さい。--Memosa 2007年9月29日 (土) 12:11 (UTC)
質問・内容の検証
二点の編集箇所に関して質問したく思います。
2007年9月24日 (月) 13:09の版にて追加された下記の部分
に関して、神社本庁が国家神道の復活を要求した具体的な例があれば教えて下さい。また、この場合の「国家神道の復活」は具体的には何を指したものであるかもお教え願います。
- 村上重良『国家神道』(岩波新書)の219頁に基づく記述です。219-220頁を参照下さい。--Memosa 2007年9月29日 (土) 12:12 (UTC)
2007年9月24日(月)14:19の版にて、太字部分が追記されています。
- 20条・21条に明記された兵役と納税の義務は宗教上の理由で拒否は出来ないのと同様であるという見解。
この記述だと、兵役・納税と同様に「神社の崇敬も捉えられますが、先行の文章
- 「臣民タルノ義務」の範囲が議論の的になったが、内務省は神社への崇敬はこれに含まれないという見解を持っていた
との整合性が採れていません。追記の理由・論拠を教えて頂きたく思います。
--神祇官 2007年9月29日 (土) 10:28 (UTC)
- 元の文章だと単に、「兵役と納税の義務」が拒否出来ない、という解釈も可能であり、もしそうだとするとつながりが不明。神祇官氏の修正した新しい文章では「これ」という指示語が加えられ、指示内容が「兵役と納税」なのか「神社への崇敬」なのか未だに不明確です。内務省は国民の義務は「兵役と納税」だけだから、「神社への崇敬」の義務は無いと主張した、ということでしょうか。それならば単に当方の誤読に基づく誤った編集です。指示語の「これ」を明確にして下されば解決すると思います。それから、現在の記述では軍隊・学校(修学旅行や修身教科書授与奉告祭での神社参拝強要なども)・官公庁などにおける敬神の義務の説明がつきません。神社以外の場所での敬神の義務についての内務省の見解をご存じでしたら、ご加筆下さい。--Memosa 2007年9月29日 (土) 12:12 (UTC)
- 一週間を経ましたが、「これを宗教上の理由で拒否できない」という記述の指示語「これ」が「兵役と納税」を指すのか、「神社への崇敬」を指すのか、未だにご返事が頂けません。現状では文意不明ですので、来週末には該当部付近を削除させていただきたく思います。しかし、他人が折角お書きになったものを大幅に削除するのは気が引けますので、できればご自身でご修正下さい。--Memosa 2007年10月6日 (土) 14:48 (UTC)
- 元の文章だと単に、「兵役と納税の義務」が拒否出来ない、という解釈も可能であり、もしそうだとするとつながりが不明。神祇官氏の修正した新しい文章では「これ」という指示語が加えられ、指示内容が「兵役と納税」なのか「神社への崇敬」なのか未だに不明確です。内務省は国民の義務は「兵役と納税」だけだから、「神社への崇敬」の義務は無いと主張した、ということでしょうか。それならば単に当方の誤読に基づく誤った編集です。指示語の「これ」を明確にして下されば解決すると思います。それから、現在の記述では軍隊・学校(修学旅行や修身教科書授与奉告祭での神社参拝強要なども)・官公庁などにおける敬神の義務の説明がつきません。神社以外の場所での敬神の義務についての内務省の見解をご存じでしたら、ご加筆下さい。--Memosa 2007年9月29日 (土) 12:12 (UTC)
- 補筆いただきありがとうこざいます。指示語が「兵役と納税の義務」を指していたことはよく分かりました。しかしながら、そうだとすると、以下の二つの文
・起草者である伊藤博文・井上毅は、神社への崇敬は臣民の義務に含まれないという見解を持っていた
・(20条・21条に明記された兵役と納税の義務は宗教上の理由で拒否することが出来ない、という見解)
- の関係が分かりません。括弧に入れられた後者は前者の見解を別視点から補説したものなのか、それとも単なる付け加えか、文脈が不明です。私だけが不勉強で分からない、というのなら良いのですが、『百科辞典』ですので、高校生程度の学力でも誤解無く読解できるような分かりやすさも必要かと思います。出典と比較したいと思いますので、『近代の神社神道』『国家神道とは何だったのか』の何頁の記述に拠るものなのか、大変にお手数ですが、ご教示下さい。--Memosa 2007年10月7日 (日) 16:25 (UTC)