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ノート:大南寔録

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改名提案

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この史料の正式名称は図版からも分かるように『大南寔録』ですから、『大南寔録』に名称を変更すべきです。また、読みも「いなんじつろく」です。「寔」は「實」の避諱字ですが、学界でも『寔録』の表記が定着しています。--Nkymysnr 2011年1月21日 (金) 10:32 (UTC)[返信]

画像を見ると、「録」の字体が「錄」になっており、記事の冒頭の表記も『大南寔』とされていますが、学会では、『大南寔』ではなく『大南寔』という表記が定着しているのでしょうか。 --Gugh 2011年1月29日 (土) 10:04 (UTC)[返信]
「録」と「錄」は単に新字体と旧字体の違いですから、現在では、ごく一部の旧字体に拘る出版物(学術雑誌なら『東洋史研究』など)を除いて、『大南寔』の表記が定着しています。--Nkymysnr 2011年1月29日 (土) 11:04 (UTC)[返信]
避諱字は区別するが、旧字体は区別しないということでしょうか。そうであれば、そのような一般的ルールがあることが分かる資料か、『大南寔』の表記が定着していることが分かる資料を示していただけませんか。--Gugh 2011年1月29日 (土) 13:22 (UTC)[返信]
さしあたり、桜井由躬雄『ベトナム村落の形成』、藤原利一郎『東南アジア史の研究』、山本達郎(編著)『ベトナム中国関係史』、『岩波講座 東南アジア史』第4巻と第5巻。いずれも『大南寔録』です。最初の3冊は日本のベトナム史研究を代表する著作で、『岩波講座 東南アジア史』は日本の東南アジア史研究の集大成的シリーズ。この史料の影印本を出している慶応大学言語文化研究所のページも『大南寔録』です。(すみません。書名を付け忘れました--Nkymysnr 2011年1月29日 (土) 14:52 (UTC)[返信]
資料の提示ありがとうございました。当方でもCiNiiで確認した結果、『大南寔』の表記が定着していることが確認できましたので、改名に賛成いたします。 --Gugh 2011年1月30日 (日) 05:02 (UTC)[返信]
(賛成)正式名称は『大南寔錄』、「実(實)」と「寔」は意味が異なる文字であるため絶対的な区別が必要(避諱字を採用し始めたら中国関連記事がメチャクチャになります)。「錄」は常用漢字体が「録」であるため常識的に置換が可能。問題視している部分は字体の問題でなく用字の問題であるため「明らかに、ページ名に誤字・脱字があるとき」を適用して即時改名でも妥当なレベルと判断する。--Yonoemon 2011年1月29日 (土) 13:42 (UTC)[返信]
『大南寔録』の表記が定着していることが確認できたので改名自体には賛成します。ただし、今回の改名提案は「避諱字」を採用するものと認識しており、Yonoemonさんの「避諱字を採用し始めたら中国関連記事がメチャクチャになります」というご意見はこれに反対するもののようにも解せます。この分野には詳しくないため、当方に何らかの誤解があるのかもしれませんので、お手数ですが「避諱字を採用し始めたら中国関連記事がメチャクチャにな」るという点について具体例を挙げてご説明いただけませんでしょうか。 --Gugh 2011年1月30日 (日) 05:02 (UTC)[返信]

Gughさんにも賛成いただけるようになりましたので、改名で合意されたと見なしたいと思います。改名・移動作業自体は、本文を修正・増補したいので、即時実行ではなくすこし時間をいただければと思います。--Nkymysnr 2011年1月30日 (日) 11:10 (UTC)[返信]

一応賛意は表させていただきましたが、上記のとおり、Yonoemonさんの「避諱字を採用し始めたら中国関連記事がメチャクチャになります」というご意見が気にかかります。改名はYonoemonさんの真意を確認した後の方がよいのではないでしょうか。当方の賛否も最終的にはその後に決めたいと思います。 --Gugh 2011年1月30日 (日) 11:39 (UTC)[返信]
(消極的賛成)手元の中国で出版されたベトナム史料書籍の記述が「寔」が正字で「実」が避諱字と誤表記されていたためNkymysnr氏の記述を勘違いしていました。新版が書店に並んでいるのを見たらこっそりと修正されていました...正式表記は「大南実録」であれば積極的な改名の必要はないと思います。手元にあるThe Australian National UniversityのLi Tana教授の論文では「実」が使用されていましたし…ただし本場ベトナムでの史学会の動向はというと「実」だろうが「寔」だろうがベトナム語ではどちらも「Đại Nam thực lục」なんで両者を厳密に区別しているとは思えなくなってきました。
避諱字の一番身近な例として「康熙帝」があります。康熙帝の諱が「玄燁」であったため「玄燁」が避諱字とされまして「燁」は用例が少ないので影響が少ないですが、「玄」の方はありとあらゆる方面で使用されていたため別字への書き換えができず、当時の文書では「玄」の最後の1点を書かないということで対処しています(欠画)。当時の史料が点足らずであった(しかも検証可能)から、正式名称は「玄」ではなく「点足らずの“玄”」とする訳にはいかないでしょう。また「弘文学院」などでは清国留学生に対して授与する文書には乾隆帝の「弘暦」を避けて「宏文学院」としたもの(改字)を正式に授与していますが、これも根拠に改名提案はおろかリダイレクトの作成も考えられないと思います。
その他にも『説文字解』では漢朝の歴代皇帝の諱に使用されている字(弘や恭)には字義に「諱」と記していますが、現在の辞書でこれらの意味を記載しているものはないという事例などもあります。もちろん「観音菩薩」のように「観世音菩薩」が李世民の避諱字となり改称され、唐滅亡後も定着した例や、「建業」を西晋の愍帝の「司馬鄴」を忌諱して「建康」と改称、その後の南朝で「建康」が定着した例もありますので、一概に否定することはできません。私も『史学雑誌』や『東洋史研究』ベトナム史関連では「寔」に親しんでいましたが、現在在住している中国やゆかりの深い台湾では「実」(台湾の中央研究院など)を使用するのが一般的なのでどちらが優勢かの判断はしかねます。現状ではどちらも使用されており、またどちらかに完全な優位性がなければ、本来の名称である「大南實錄」を常用漢字に置換した「大南実録」を採用し。避諱字として「実」が「寔」に改字されたとした方がガイドラインには合致し、「弘文学院」を「宏文学院」に改名せよのような避諱字を根拠とした恣意的な史料の解釈による無用のトラブルを避ける意味でも積極的な改名を提案するには至りません。しかしベトナム史は専門でありませんし、またベトナム語の知識も十分でないので、お二人の意見で改名となれば改名でいいと思います。--Yonoemon 2011年1月31日 (月) 03:43 (UTC)[返信]
了解です。現在草稿執筆中ですので、Yonoemonさんのご意見も考慮してできるだけ充実した記事にしたいと思います。--Nkymysnr 2011年2月4日 (金) 13:56 (UTC)[返信]

改名しました。--Nkymysnr 2011年2月19日 (土) 17:14 (UTC)[返信]