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ノート:大山 (神奈川県)

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江戸時代以前の祭神について 大山が天保六年に幕府地誌調所に提出した『大山地誌調書上』には山頂の石尊社は以下(最後尾引用文)のように記されています。『新編相模国風土記稿』もそれに基づいて記述されています。江戸後期の祭神は鳥石楠船尊で、大山祇神が正式の祭神になったのは明治以降の阿夫利神社という組織が成立してからの事です。 川島先生には普段お世話になっておりますが、宗教的なことと古代中世についてはあまり検証していらっしゃらないので、江戸期の庶民の俗信をそのまま記述されているようで残念ながら誤解も多いです。 また、『延喜式神名帳』での神名は「アフリノカミ」であって「石尊権現」ではありません。「石尊権現」の初出は『大山縁起』真名本です。


一 石尊社 桁行壱丈弐尺参寸 不動尊本堂ゟ石尊宮/梁間八尺弐寸/社迄道法弐拾八町/阿部利神社 鳥石楠船尊 本地十一面観音 秘蔵 別所町観音寺ニ在之/同社拝殿 間口六間弐尺 奥行八尺--城川隆生会話2020年4月7日 (火) 04:53 (UTC)相模国霊場研究会 城川隆生[返信]