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ノート:大避神社

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大避神社が元・大闢神社であったとの出典不明説について

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「大避神社に関する事象・景教礼拝堂説」に2018年6月時点存在した記述――神社の呼称である「大避」は、延喜式以後であり、それ以前は「大闢(だいびゃく)」と書かれていた。――は出典不明の為、削除します。私も出典を色々と探してみましたが、これを示す資料は見つからず、また、当の大避神社にも問い合わせましたが、宮司はこの話があることはご存知ではありましたが、「そう信じている人たちがいる」話であるとの事、また、この話の根拠となる確かな出典は「ない」との話でした。 この話を記述された方は、もし確かな出典があるのなら、それを明記したうえで再記述願います。--Tanayuka会話2018年7月6日 (金) 03:22 (UTC) [返信]

(追記)問題の記述について、その後、記述者の方はどうも司馬遼太郎短編全集にある『兜率天の巡礼』(とそつてんのじゅんれい)を見て記述したのではないかという考えに至りました。しかし、問題はそれが「小説」という「創作」の媒体である事です。司馬さんは小説を書くに当たっても、膨大な資料を収集し、それに基いて執筆したと言われますが、逆にその記述の正確さを問題にされることもあります(→司馬遼太郎#歴史観#フィクションへの批判)。上記の文献においても私が検証してみますと、まず大避神社にまつわっている秦河勝の伝説を登場人物に語らせている部分がありますが、これも実際に残る伝説に比べて多少の相違を含んでいます。この伝説の原典は『風姿花伝』と考えられていますが、司馬小説での「赤い壺」は、『風姿花伝』やこれを元にしたと考えられる諸伝説では単に「壺」であり、大和の泊瀬川から揚がった童子(秦河勝)が「異相をそなえ」というのも、実際の伝説では、坂越に流れ着いた後の話なのです。他にも実際の伝説との相違は出て来る様です。司馬さんは、作中登場人物の思い違いとすればよいと考え、これに正確さを求めることをしなかったのかも知れませんが、小説読者はそれを読んで、その伝説のをそのまま信じてしまう恐れがあります。

そこで問題の話ですが、司馬さんの小説文ではこうあります。「この神社は、延喜式以後大避神社と書くがそれ以前は、大闢とも書いたと古記録にある。大闢、だいびゃくとは、――漢訳聖書を見たことががあるか」(中略)「ダビデの漢訳語だ。この神社は、ダビデの礼拝堂であった。秦一族は、古代キリスト教の一派宗教を信じていたというのが私の説である。(後略)」と登場人物に語らせています。この話からしますと、『延喜式』に「大避」或は「大闢」の記述があってしかるべきですが、ところがこの『延喜式』を見てみますと、これの巻第九神祇九に神名の一覧がありますが、その中に京都にある大酒神社について「大酒神元名大辟神」とはありますが、播州坂越の大避神社については全く何も記述がありません。延喜式はかなり量の多い法令文書ですが、他の所にも、私の見た限りでは、大避神社の記述はありませんでした。

また、上記の話中人物の語る「古記録」とは何なのか、例えば『日本書紀』を始めとする『六国史』では、『続日本後記』に唯一「大避神」(葛野郡)が見つかるだけですし(索引による調査)、『古事記』『風土記』には「オオサケ」の記述はありませんでした(同)。『類聚三代格』や、延喜式以前の法令集である『弘仁式』(残欠)でも結果は同じでした。また、『今昔物語集』や、前記『風姿花伝』とそれに基づいて書かれたと推定されている『播州赤穂郡坂越浦大酒大明神縁起』『播州赤穂郡志』『播磨鑑』各著の該当部分、また、京都・大酒神社ゆかりの広隆寺の『広隆寺縁起』『広隆寺資材校替実録帳』『太秦広隆寺租税録』も見てみましたが、坂越(や京都)のオオサケが元「大闢」であったとの記述は見つかりませんでした。また、平凡社の『日本歴史地名大系』の赤穂市や相生市辺りの各「オオサケ神社」の項目も見ましたが、やはり結果は同様でした。

以上の事より、問題の記述「この神社は延喜式以後は~、それ以前は大闢~」は削除するのが適当と考えます。小説ゆえの司馬さんのフィクションであったのか、或は司馬さんの思い違い、或は資料の誤読であったのではないか、というのが私の感想です。もし、問題の記述を復活させたく思われるのでしたら、「大闢」と書かれた「信頼できる古記録」を見つけて、それを出典として明記すべきだと考えます。--Tanayuka会話2018年7月8日 (日) 06:04 (UTC)[返信]

加筆した後にこのノートに気づいたのですが、日ユ同祖論として扱い、出典もあるのでまあ大丈夫かなと思います。私が付けた出典には司馬が参考にしたと思われる文献も書いてあるようなので読んでみるといいかもしれません。 --Voncercue会話2023年10月7日 (土) 10:06 (UTC)[返信]
追記。あと、Wikipediaは真実を検証する場ではないのでその点はご理解ください。「Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」」、このあたりをご一読いただけると良いかと思います。 --Voncercue会話2023年10月12日 (木) 11:04 (UTC)[返信]