ノート:奥井潔
表示
「戦争は楽しかった」という奥井先生の発言は、ぼくも確かに授業中に聞いたので個人的には確実な事実なのですが、客観的にというと、奥井先生が書き残していなければだめなものでしょうか。印象的な発言だったので覚えている人が数千人はいるはずです。現時点で、この発言があったと証言する人間が2人(記事を書いた方とぼく)いるわけですが、これが3人になっても「信頼できる情報源が公表・出版している内容」にはなりません。同様に1000人になっても。しかし、一方で聴講者の中に著名人がいて、著書にその思い出を書けばそれは条件に適うのでしょうか。これはどうも変な気がします。「要出典」の趣旨、考え方は、多くのケースに有効だと思うので、要出典のままにしておくべきと思いますが、せめてノートにでも、おれも聞いていたということを書きとめておけば、この情報の客観的な確度が増すと思います。ぼくは74年から75年にかけて、2学期間しか聴講していませんが、戦争の話は一度きりでした。このとき「戦争は楽しい」といいながら、「そうでも思わないとやりきれない」という含みを残し、戦争のつらさばかりをひきずっている人への反発を込めていたように記憶しています。(mumlob)