ノート:対証
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この記事は2023年4月4日に削除依頼の審議対象になりました。議論の結果、削除となりました。 |
コメント
[編集]この「対証」という用語ですが、サルトルやヘーゲルの訳書などで使われている言葉なのでしょうか? 「自証」「衆証」とともに哲学辞典をいくつか参照してみたのですが、まったく見当たりませんでした。「自証」の項目はまだしも語の用例が記されているのですが・・・。--125.193.25.111 2009年9月4日 (金) 21:57 (UTC)
対証・自証・衆証について
[編集]- 10年以上前にIPユーザの方から「自証」以外の概念について疑義が提示されましたが、それ以降、追記などが無い状態です。
- そもそも、出典としてサルトル『存在と無』が挙げられていますが、それに「対証」という概念が出てくるのでしょうか。
- 唐突に記載のあった「純丘曜彰によれば」という箇所について、かなり昔に削除したのですが、このたび、利用者:超超超超超(会話 / 投稿記録 / 記録)さんという、あからさまに私を揶揄するアカウントにより記載が復活されました。
- もうこの時点で不信が募っているのですが、特に怪しい箇所について独自研究タグをつけましたので、記載の復活を希望する超超超超超さんの方で、具体的な(純丘曜彰以外の)出典を記載いただくようお願いします。
- 1ヶ月ほどお待ちして出典の記載がない場合は、対証・衆証については削除依頼を出したいと思います。--超(会話) 2021年4月18日 (日) 15:19 (UTC)