ノート:小笠原信興
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個人的には別に長忠でも氏助でも信興でもどうでもいいんですが、同名の人物が存在する長忠以外の場合には記事名に括弧をつける必要はないですよ。--Kangoshiyouichi 2007年12月11日 (火) 02:35 (UTC)
黒田基樹さんの論文を読んでいたのですが、「長忠」は軍記物に見られるが関連文書では皆無で、氏助→信興が打倒であると説明しています。わたしも本文内で説明しておけば何でもいいかもとは思いますが、やはり、「信興」にするべきかも。--でここ 2008年4月27日 (日) 09:05 (UTC)
信興への改名提案を出しておきました。長忠のままだと加筆に支障がでてきたように思えたので。--Kangoshiyouichi 2008年5月8日 (木) 21:51 (UTC)
- 実は、本記事以外でも、穴山勝千代→穴山信治など、武田氏研究で用いられている呼称とは異なる記事名や用語が使われている例が散見されます。勝千代の例ですと、やはり「信治」の名が不確実で武田氏研究においては「穴山勝千代」が用いられているのですが、wikipediaにおいて少なくとも武田関係のみを眺めますと、どうも不安な項目が多い印象を受けます。信興の例だけではなく、武田関係記事の記事名や用語の統一を行う必要があるように思います。武田氏研究者の柴辻俊六氏によれば、従来の武田研究や近年の『戦国遺文』や『山梨県史』における史料調査の集成が『武田信玄大辞典』に集成されていると聞きます。これは用意に参照できる文献ですし、問題意識を持たれている方で共同して精査を行うことが可能であると思いますが、いかがでしょうか?--でここ 2008年6月9日 (月) 12:47 (UTC)
- 私はただの歴史ファンにすぎませんので、その辺りは詳しい方に任せようと思います。岡家利と岡利勝の件で力不足を痛感しましたので。--Kangoshiyouichi 2008年6月9日 (月) 13:08 (UTC)
- いえいえ、個別に検討するためのたたき台としてのチェック作業ですから、「武田信玄大辞典」を参照できれば、どなたでも参加可能であると思います。同文献も武田POVである可能性はありますから個別にきちんと検討する必要は感じますし。わたしも気が付いた点があれば指摘するようにしますが、kangoshiyouichiさまほか皆様も、お気づきになられた点がありましたら是非指摘してください。--でここ 2008年6月10日 (火) 02:53 (UTC)
- それなら私でもできそうですね。編集するときはなるべく気をつけてみることにします。--Kangoshiyouichi 2008年6月10日 (火) 14:39 (UTC)