ノート:山野井泰史
K2に関して
[編集]K2では所々で残置ロープを使い、上部で韓国隊と合流して交代でラッセルしたと、山野井氏は著書に書いています。そのため山野井氏はK2に関して「単独とはいわない」と話しています[1](出典はリンク切れのためキャッシュ)。 山野井氏のK2は日本語としては単独と言えなくもないですが、国際的には「単独という記録」として記す価値があるのはsoloのみであり、フィックスロープ使用や、他隊との協力をした場合はsoloとは言えません。Wikipediaでは世界的観点から記すという方針があるため、K2からは単独という表記は抜きました。--Maulits(会話) 2013年6月2日 (日) 01:17 (UTC)
2021年5月25日 (火) 09:17の編集について
[編集]報告 表題の編集について説明します。 2021年5月25日付け新聞にて得た情報を付記しました。これまで2018年4月13日 (金) 13:58に付記された脚注不足のテンプレートがそのままになっていましたが、当時は2つしか脚注がなかったところ、現時点では25を数えるに至り、またそれぞれの脚注は本文中での位置も指定されており、この指摘はもはや該当しないと考えましたので、テンプレートを除去しました。その代わり、本文中、出典が定かではない記述が見受けられましたので、とくに「概要」部分に関しては具体的箇所を指摘するとともに、記事全体にBLP(存命人物の出典明記)のテンプレートを貼って注意喚起しました。すでに提示されている参考文献において該当記述部分が見つかる場合は、出典要求を除去して参照記号を入れておいてください。あとは、細かな修正(かなふり、表記スタイルにしたがった変更など)です。--直蔵(会話) 2021年5月25日 (火) 00:26 (UTC)