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ノート:慰安婦/定義

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慰安婦の定義について

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慰安婦いあんふ)とは日中戦争太平洋戦争当時に、旧日本軍軍人の性的相手をする施設にいた婦女の総称である。従軍慰安婦じゅうぐんいあんふ)とも呼ばれる。

とありますが、ただ居ただけの女性が慰安婦と呼ばれていたわけではないと思われます。そこで私は、

日中戦争太平洋戦争当時に、 慰安所と呼ばれる場所で、旧日本軍の性の相手をさせられた女性の総称である。[1] 従軍慰安婦じゅうぐんいあんふ)とも呼ばれる。

と辞書という定義を語るにはもっともな出典元を明記したわけですが、それが中立性を欠いているのであれば、中立性を保った定義に関する出典元を明記していただければ幸いだと思います。--125.31.104.101 2007年5月20日 (日) 16:37 (UTC)[返信]

125.31.104.101さん、初めまして。よく誤解されやすいことなのですが、ウィキペディアの公式方針である「中立的な観点」とは、「すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない」ということです。ですから、特定の辞書を出典として定義を記述したからといって、「ウィキペディアの言う中立的」であることにはならないことを御理解下さい。「旧日本軍の性の相手をさせられた女性」との表現は明らかに、強制されたということを意味しています。もちろん、いろんな経緯で“性の相手をさせられた”と表現してよい同情すべき悲惨なケースがあったことを否定するつもりは毛頭ありませんが、現実にはすべての慰安婦が強制させられたのではないことを示す資料や証言もあります。通常の仕事より稼げるということで応募したという証言などもありますし、慰安婦は「性的奴隷」であったとする主張に対し、慰安婦制度を公娼制度の元での商行為であったとする反論があります。軍による強制性を認めた「河野談話」に対しても、根拠がないとして見直しを求める声も少なからずあります。ですから、一概に「性の相手をさせられた」と表現することは辞書百科事典としての正確さを欠きますし、「あらゆる観点からの描写を平等に扱い」とするウィキペディアの方針からも外れてしまうことをどうか御理解下さい。「2007年5月21日 (月) 01:41」の版で慰安婦の定義に「要出典」のテンプレートが貼られましたが、定義自体は特定の出典により記述するものではないと思います。議論があることに関しては、「○○という議論がある」という事実を出典と共に記述するのが、ウィキペディアの方針であると思います。--モトカル 2007年5月20日 (日) 23:09 (UTC)— 2007年5月20日 (日) 18:29 (UTC)[返信]

慰安婦の定義の試案

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現在は慰安婦の定義を、「旧日本軍の性の相手をさせられた女性」など、強制的なものだとする表現の編集がこれまで何度かありました。確かに慰安婦が性的奴隷であったとの主張があり、慰安婦がほとんど報酬をもらっていなかったとする主張も実際にありますが、慰安婦は公娼制度が存在していた時代において、その延長上にある商行為(「売春」)であるとする見方もあり、激しい議論があるのは衆知のことです。

ウィキペディアにおいては、様々な観点を公平に扱い、特定の観点から記述しない「中立的な観点」という公式の方針があり、論争のある問題においては殊更この方針が重要になってきます。 現在のところ、慰安婦を一律には定義できないので、“軍人の性的相手になったということが、自発的であるか強制的であるかを示唆しない”「旧日本軍の軍人の性的相手になった婦女」と表現し、 “様々な議論があるという事実”を明記し、一つの思案として次ぎのように記述することを提案します。個人的見解からではなく、辞書百科事典としてのウィキペディアの方針を元に議論され、一定の合意が得られ、より妥当で洗練された記述が生まれることを望みます。

慰安婦(いあんふ)とは日中戦争や太平洋戦争当時に、 慰安所と呼ばれた施設で旧日本軍の軍人の性的性行為の相手になった婦女の総称である。従軍慰安婦(じゅうぐんいあんふ)とも呼ばれる。

旧日本軍が慰安婦を強制連行したのか否か、慰安婦は、商行為であったのか、強制的なものであったのかや、慰安婦制度は他国にも見られるものであるのか、日本独自のものであるのかなど、様々な主張があり、日本の国としての責任や女性の人権などの観点をめぐり、今日まで、政治的・社会的に大きな議論を呼ぶ問題となっている。--モトカル 2007年5月20日 (日) 23:09 (UTC)—2007年5月20日 (日) 18:28 (UTC)[返信]

あなたの言いたいことは分かりましたので、wikipediaの方針である出典の明記にご協力ください。あと、wikipediaは辞書ではありません。(参照:Wikipedia:ウィキペディアは何でないか)私からは以上です。--125.31.104.101 2007年5月20日 (日) 18:35 (UTC)[返信]
wikipediaは辞書ではなく、百科事典でしたね。事典という意味のつもりで言葉を間違えていました。御指摘ありがとうございます。訂正しました。あと、「出典の明記にご協力ください。」というのは冒頭の定義のことでしたら、現在の「慰安婦(いあんふ)とは日中戦争や太平洋戦争当時に、旧日本軍の軍人の性的相手をする施設にいた婦女の総称である」という定義は、その定義が妥当かは別にして、「日中戦争や太平洋戦争当時という時期」や「慰安所が旧日本軍の性的行為を行なう施設であったこと」、「慰安婦がそこにいて、軍人の相手をしたこと」などは衆知の事実であり、議論のない事柄なので、出典の明記の問題はないと思います。ウィキペディアとしてどう定義するかということをウィキペディアの方針を元に議論すべきと思います。--モトカル 2007年5月20日 (日) 23:09 (UTC)[返信]
「そこにいた婦女」では、経営者のおかみさんや、全くの飯炊き係の女性がいた場合も含んでしまいかねず、「娼婦」の方がいいと思います。都市にある大規模な慰安所ではいただろうと思います。
それにしても「定義」という言葉は事典には似合いませんね。ことがらを事典の側が定義するというのは。「そのような事として扱われている区分け」ということでしょう。その意味の一つに、辞書的に事典を引く読者のための解説があったりするわけでしょう。定義と言うなら「(事柄や用語でなく、事典の体系上の)項目の定義」というべきでしょうか。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 03:54 (UTC)[返信]
娼婦では売春をする女性という意味になり、中立性を欠くと考えられます。慰安婦がそこにいて、軍人の相手であったことは事実であるとして、『した』という表現では強制は無かったという意味に取られかねないと思います。最低でも『させられた、あるいはした。』ぐらいの表記は必要だと思います。
ところで、中立性も大事ですが、重要なのは出典の明記だと思うのですが・・・Wikipedia:検証可能性が満たされないと意味がありません。ここで言う慰安婦とは、広辞苑大辞林での慰安婦とは違うものなのでしょうか?そうであるならば、そのことも明記するべきだと思います。--125.31.104.101 2007年5月21日 (月) 11:44 (UTC)[返信]

私は概論以下が充実していれば定義は細かく気にしませんが。しかし、出版社も商売ですから、批判しそうな人におもねりかねないですね。信頼できる情報源にはなりません。

あるサイトで見たのは、「従軍慰安婦:日中戦争や太平洋戦争中、朝鮮などアジアから「女子挺身隊」の名で動員され、兵士相手に慰安所で性の相手となることを強要された女性たち。1990 年代に入って韓国、中国、フィリピンなどの元従軍慰安婦から補償と謝罪要求が提起された(三省堂の大辞林)。」 ですと。 「従軍慰安婦」という合成熟語の用法の定義としてならわかりますが、それなら事典の「慰安婦」には、この定義は関係ないということです。

さらに、こういういかにも定義めいたものは、それ以外のあり方を消し去ります。それは完全に中立に反します。そんなものの孫引きを検証可能性だとの言葉だけで従えますか?――現に、大辞林のその説明はばかばかしいものになっているでしょう。中立のない、事実としての客観性のない、ただコピーのような検証可能性というのは、その検証方法自体がまちがいです。それだけなら、無責任な切り貼り作業でしかありません。

およそ、情報というものはすべてがイミテーションです。だからその信頼性はオリジナル(事実)とどれだけ近いかによります。コピーとしてしか根拠を持たないものを基本にしてしまうなんて、もはや真実(客観的)は関係ない存在になります。それでは事典ではなく、同語反復のことば遊びです。そんな編集でも人が集まってくるから意味があると思うのは、戦時中やバブルの中にいるのと変わりません。

私も百科事典を調べたことがありますが、「強制された」という言葉はなかったと思います。ただ短すぎて使えなかった。別名娘子軍とも呼ばれたとあったのだけど、出典が千田夏光とのみされていたのが問題。材料として信頼できるのは、問題化以前の事典辞書と考えていますが、それ以前の事典がなくて。より古い辞書には、確か、外地で軍の相手をした娼婦、だったかと思う。また従軍には、二つの意味がある、というのはありました。そんなことは読まなくてもわかる。――訂正――赤十字の看護婦も軍看護婦と同じに従軍看護婦と呼ぶというのは辞書を見てわかりました。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 14:10 (UTC)[返信]

追伸。ネットで調べるとこんなのを見付けました。
「従軍慰安婦[広辞苑] 日中戦争・太平洋戦争期、日本軍によって将兵の性の対象となることを強いられた女性。多くは強制連行された朝鮮人女性。」
誰が、「広義の強制性」だと読めるでしょうか?つまり、125.31.104.101さんの望みはこういう記述だと。もしも今記述が変わっているなら、しょっちょう記述の変わるものをまねして書き込め、と。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 14:39 (UTC)[返信]
逆に考えられないでしょうか?将兵の性の対象となることを強いられた女性以外は慰安婦ではなかったのかもしれないということです。慰安婦は居なかったという説もあるぐらいですからそれはありえるわけです。--125.31.104.101 2007年5月21日 (月) 16:10 (UTC)[返信]
(挿入)わざとでないなら失礼しました。しかし「慰安婦は居なかった」という説は、事柄でなく言葉への主観なのではないのでしょうか。--如月の弥 2007年5月23日 (水) 03:48 (UTC)[返信]
厳密に「定義」と考えても、ここにいる編集者がすべて同意するような定義はありえないでしょうし、そうやってわざわざ定義する意味もあまりにないように思います。冒頭に何を書くかの問題だと思っておけばよいのではないでしょうか。そうしないとそこだけで編集合戦、保護になってしまいます。--火の鳥 2007年5月21日 (月) 22:30 (UTC)[返信]

モトカルさん、「旧日本軍の軍人の性的相手をする施設にいた婦女の総称である」では、性行為の部分が全て排除されてしまっていて、逆にNPOVに反すると思います。それに、例えば、壕にいた慰安婦はどうなるんだとか、そういう議論になってしまい、行き着く果ては「女性」でしか括れなくなります。「強制性が全くなかった」という主張はあり得ないことはないかもしれませんが、少なくとも秦も含めてまともな歴史学者はそのような主張はしていないと思いますし、そこがこの問題の出発点でもありますので、そこまで配慮するというのは行き過ぎかと。--火の鳥 2007年5月21日 (月) 22:42 (UTC)[返信]

火の鳥さん、私の試案は「慰安所と呼ばれた施設で旧日本軍の軍人の性的相手になった婦女の総称」です。おっしゃる通り、「性的相手をする施設にいた婦女」との表現は、議論のある「性的相手をした」のか「性的相手をさせられた」のかについての記述をうまく避けているとは思いますが、「慰安婦自身が性的相手をした」という一番肝心なことがぼやけているので、よくないですね。しかし、「軍人の性的相手をした」という表現は、それが自発的なものであることだけを意味するわけではありません。以前にも書きましたが、「3年間の服役“させられた”人」は、もちろん自分で望んで服役したわけではなく、法による強制を受けたわけですが、「3年間服役”した”人」とも表現もできます。しかし、「軍人の性的相手をさせられた」という表現は、それが強制的であったことのみを意味し、自発的に相手をしたという要素は少しも含みません。実際に、当時の「公娼制度」における仕事として自発的に慰安婦になることを選んだ人もいるのですから、「させられた」という表現は正確さを欠き、偏った観点からの記述として、あらゆる観点を公平に扱うべきとする「中立的な観点」という方針に反する記述だと言えます。しかし、「性的相手をした」という表現だけでは、「慰安婦制度は強制的なものであった」と批判する側の観点を置き去りにすることになるので、慰安婦が「商行為」であったとする側と強制的に性的奴隷とされたものだとする側の間で議論があることを記述すればよいと思います。
それから、「出典の明記」は「検証可能性」という公式な方針にとって欠かせないものではありますが、これは書かれた“情報”のソースを明らかにするというものであって、衆知の事実で、特に異論がないものにまで出典を付ける必要はないと思います。そうでないと、脚注は出典で恐ろしいほど膨れ上がってしまいます。今、問題となっているのは、“情報の明示“という問題ではなく、百科事典として、どう記述するかという“記述”の問題で、特定の出典により決めるものではありません。ウィキペディアの「中立的な観点」という方針をよく理解すれば、『広辞苑』や『大辞林』などの辞書の定義であっても、様々な観点の内の一つに過ぎないことがわかると思います。最初、これらの辞書が慰安婦を強制的なものであることが自明のように定義していることに驚きましたが、よく考えると、結局、辞書(字引)というもは使われている“言葉の意味”を示すものであって、“事柄の説明・解説”をする「事典」ではないということに思い至りました。ですから、主に使われている言葉の意味を示した辞書の定義を出典として、慰安婦を定義することはそういう観点からも相応しくないと思います。それより、このノートで、ウィキペディアの方針に基いて議論すべきと思います。--モトカル 2007年5月21日 (月) 23:11 (UTC)[返信]
モトカルさん、丁寧に有り難うございます。仰るとおりで、慰安婦自身が性行為の相手となったという点がぼやけない方がよいかと思います。しかし、「性的相手」というのは少し婉曲すぎる気がしますので、「性の相手」「性行為の相手」くらいでよいのではと思います。少し内容的な話になりますが、「自発的に慰安婦になることを選んだ人もいるのですから、「させられた」という表現は正確さを欠き・・「中立的な観点」という方針に反する」という点には少し違和感があります。別に表現自体は「した」でもかまわないのですが、そもそも私の認識では、自発的に辞めることができない場合がほとんどで(物理的なもの、借金・業者との関係等理由は様々)、「慰安婦であり続けることを強制されている」のが圧倒的多数であるので、「させられた」という表現の方が適切だと思っています。売春婦の雇用の際に求められるべき必要な手続もとられておらず、客観的にも、当時の法認識に照らしてでさえ必要な人権保障がない状態だったと。日本人の売春婦だった女性が望んで慰安婦になった例もあると思いますが、回想録でも、やめたくてもやめられなかったとか、想像以上にひどい、という例があがってきているわけです。そういうことや、他の証言と併せて考えると、慰安婦になるキッカケのところだけ取り出して、強制性の全体を否定しようとするのは少しおかしいと思っています。それに、仮に性行為の部分でも「満足している慰安婦」が存在したとしても、その存在するかどうか分からない例だけを必要以上に持ち上げて、強制性の全体を否定しようとすることは問題だし、本来はそれは「中立的な観点」ではないと思っているわけです。これが私の認識ですし、多くの歴史学者の認識だと思っています(秦以外)。残念ながらマスメディアの多数の認識にはならないわけですが。このように、大きな認識の溝があることをご承知いただければと思います。--火の鳥 2007年5月22日 (火) 01:16 (UTC)[返信]
火の鳥さんのおっしゃる通り、慰安婦の説明は「性行為の相手」をしたという表現の方がいいですね。ただ、「慰安婦であり続けることを強制されている」のが圧倒的多数であるのかそうでないのかという点に正に論争があるので、圧倒的多数であるということを事実として定義するわけにはいかないと思います。個人的な認識自体を表明することはかまわないのですが、ノートでの議論は慰安婦に対して様々な観点があることをふまえ、“個人的に”このように記述したいという観点からではなく、“ウィキペディアとして”どういう記述をするべきかを話し合ってほしいと思います。「(強制連行されたかされていないかという)慰安婦になるキッカケのところだけ取り出して、強制性の全体を否定しようとするのはおかしい」というご意見はよくわかります。ですから、私の試案では「性的相手になった婦女」とだけ書くと、自発的なものととられかねないので、強制されたという主張と商行為だったとする主張の間で議論があることも直後に言及しているので、決して「強制性を否定する」ようにはなっていないので、その点はご理解下さい。--モトカル 2007年5月22日 (火) 10:56 (UTC)[返信]
では、モトカルさんの試案については、私からは特に異論ありません。一点、ご理解頂きたいのは、この問題に関しては、ネットでの言論も含めて事実が正しく伝わっていないということがあまりにも多いことです。例えば、産経新聞の古森氏は、慰安婦「契約の下で雇用」米陸軍報告書、大戦時に作成」と記事を書いていますが、読んでみると何のことはない、これは本記事中にもあるミッチーナ関連の文書なのです。しかし、ここでは、偽りの説明で集められたとか、慰安婦の生活が困窮していたとか、契約の原文にある「forced」などは意図的に避けられているわけです。そうすると、前提知識のない読者は、新証拠が発見され、彼が報道している内容だけが記載されていると思いこんでしまうわけです。この手法は、反対側の立場も同様で、朝日新聞でも似たり寄ったりのところがあります。そうなってくると、一体どこに認識の違いがあるのかが分からなくなってくるわけです。しかし、それは対話を重ねていくことで、ある程度明確にすることもできます。特にモトカルさんのようなまともな対話が可能な方とは、できるだけ話して、相違点を明らかにしておきたいと思っています。少々前置きが長くなりましたが、私とモトカルさんとの認識の違いは、「「慰安婦であり続けることを強制されている」のが圧倒的多数であるのかそうでないという点にまさに論争がある」という点にある事が分かりました。しかし、この部分は価値観の違いではないような気がします。私はこの点は論争はあまりないと思っています。それは、「慰安婦であり続けることを強制されている」という言い方の問題かも知れませんが、少なくとも、慰安婦が自由に帰郷できたり、自由に就労を拒否できた(ミッチーナは読み方に議論があるのでそれ以外)例が大半であったという説は、まともな学者では見たことがないからです。私が無知なだけかもしれませんので、何か根拠があれば教えてください。ブログの類でありふれているのは承知しています。--火の鳥 2007年5月22日 (火) 19:42 (UTC)[返信]

メデイアが右左それぞれの立場から自身の主張に沿うように報道するということはその報道や主張に対する批判を載せることで浮き彫りにされることがありますね。それは様々な観点を取り上げるウィキペディアならではの長所であると思います。ただ、私と火の鳥さんとの認識の違いは、「慰安婦であり続けることを強制されているのが圧倒的多数であるのかないのかという点にある」というのはちょっと違います。私は「慰安婦であり続けることを強制されているのが圧倒的多数ではない」と思っていると述べたのではありません。「強制されているのが圧倒的多数ではない」との見方がはっきりとある以上、圧倒的多数という観点で記述するのはウィキペディアの方針に適っていないことを述べたまでです。わたしは個人的な見解をウィキペディアにおいて述べ合う必要はあまりないと思っています。それより、憲法論議のように、ウィキペディアの公式方針やガイドラインなどに基いて、ウィキペディアとしてどう記述すべきかということがもっと話し合われるべきだと思います。残念ながら、編集合戦が起こるような論争のある記事のノートにおいては、個人的見解を戦わせることが多いのではないかと思います。ウィキペディアの方針に基いて議論することで、基本理念である方針の解釈や適用が洗練され、明確になってゆくのが本来あるべき姿ではないかと思うようになりました。ですから、個人的な見解の相違点を述べあうのではなく、ウィキペディアの記事があらゆる方面からより洗練され、充実したものになるために、情報を持ち合い、より妥当な編集がどういうものであるかを話し合いたいと思っています。--モトカル 2007年5月23日 (水) 12:52 (UTC)[返信]

いやいや、私は別に個人的見解を戦わせようとしているのではありませんし、ウィキペディアにおいて自分の個人的見解のみを記事にしたいと思っているわけでもありません。むしろバランスを取りたいと思っている点では共通していると思います。
そこで、「『強制されているのが圧倒的多数ではない』との見方がはっきりとある」のは、根拠がどこにあるのかをお尋ねしたのです。つまり、本来歴史学者の間にほとんど論争がないはずのところを、論争があると誤認していませんかと問いかけているわけです。それは見解の問題ではなくて、具体的なソースがあるかどうかという問題です。モトカルさんは「中立」を強調されますが、私からすると、モトカルさんの編集は、お言葉を借りれば、「強制連行を問題視しない立場」からの編集に偏っていると思われます。それは恐らく反対側の立場からの編集が多い私に対しても同じ事がいえるのでしょう。この対立は、以前申し上げたとおり、歴史学者の認識をベースにするか、ジャーナリスティックな意見(代表的なものが産経、朝日等)をベースにするかという問題が絡んでいると思っています。私は、学者あるいはそれに準ずる者以外のもの、特に当事者以外の論評ものは、重視されるべきでないと思っています。建設的に議論を進めるとすれば、この部分を話し合った方がいいかもしれませんね。--火の鳥 2007年5月23日 (水) 19:32 (UTC)[返信]
便乗でちょっとだけ書かせてもらいますが、事実認識を正確に表現するなら、どちらの側の学者でも大差ない内容になるでしょうが、それを表現する姿勢が違うのだと思います。その表現を認識と取らせたい、まるで印象操作を目的にしているような学者の活動も見えるので、私はそれを認識の考慮にいれたくない。するとそれは認識の対立だと思うと人も出てくる。結局、学者にだまされないように、微妙な部分を積み上げるしかないのでは、と思います。(付け加えると、何が多数であるかは、統計学の分野でしょう。統計学者ならば口にできないことを、研究者は感情の重みをつけてあいまいに表現していることが多いと思います。直接経験者でないのに理的に整っていない文、資料がわかりにくくしてあるような論文、などの学者も見えますし。)--如月の弥 2007年5月24日 (木) 04:19 (UTC)[返信]
確かに如月さんのおっしゃることも一理あると思います。ただ、「学者にだまされないように」ではなくて、「ジャーナリストやメディアにだまされないように」した方がいいとは思いますが。といっても、この問題ではもう区別が難しいのかも知れませんね。何が多数かは統計学の分野での立証が必要というのは、ありうるとは思いますが、現代ならともかく当時の正確な数字を把握するのは無理ですし、時代の特殊性もありますから、批判としてならともかくこの分野でそのまま適用するのは無理でしょう。そうでないと何も語れなくなります。残っている資料と証言と時代背景から、何が多数であったかを推定していくのがまさに歴史の分野だと思います。いずれにせよ今後具体的な場面で議論した方がいいですね。失礼しました。--火の鳥 2007年5月24日 (木) 12:14 (UTC)[返信]
火の鳥さんの「個人的見解のみを記事にしたいと思っているわけではない」、「バランスを取りたいと思っている」という見解を聞いて安心しました。
「『強制されているのが圧倒的多数ではない』との見方がはっきりとある」との表現は正確でなかったかもしれないですね。特定の学者の見解ということではなく、慰安婦がすべて性の奴隷のように強制されたとは考えず、基本的には公娼制度の元での商行為であったという反対の見方があることを述べたまでです。「歴史学者の間にほとんど論争がない」という事実関係はよく知りません。論争のある問題では特に、どちらかが多数であるとか少数であるとかと記述することに慎重でないといけないと思います。しかし、それが自明のことであれば記述してもいいと思いますが、一般の人は学者の研究の動向はほとんどわからないでしょうから、やはり、どういう見解が多数であるとかは何らかの出典がそう述べているという形で、出典を伴って記述されるべきと思います。
また、私の編集が「強制連行を問題視しない立場」からの編集に偏っていると思われているとしたら大変残念なことです。確かに加筆する内容は慰安婦制度を弁明する側の内容が多いのですが、だからといって、その見解を事実のように書いたり、大多数の意見であるかのように書いたり、ウィキペディアの方針上問題のない反対意見を意図的に排斥するようなこともしていないつもりです。○○が××と主張(批判・反論)しているという事実そのものを端的に書いているまでです。それにそちら側の記述にも正確さや公平さが欠けていることがわかれば、妥当な記述に修正したりもしています。吉田証言を強制連行についての捏造と表現していたのを吉田は「時と場所だけは事実ではないことを認めた」という表現に修正したりもしています。それに普通の人より反対側の主張や見解をも加筆していることも知っていただけたらと思います。慰安婦を性奴隷だとする湯浅謙や「日本の戦争責任資料センター」の見解を加筆したり、「日本軍慰安婦」という挺隊協が使う呼称や、慰安婦が海軍では「特要員」の名の下に戦地に送られたことの証拠として挙げられた軍の資料を載せたのも私です。どちらの意見も過不足なく充実させたいと思っています。
あと、「学者あるいはそれに準ずる者以外のもの、特に当事者以外の論評ものは、重視されるべきでない(真実に近づくためには重要ではないという意味からでしょうか?)」という見解は個人的なものであってウィキペディアには反映させるべきでないと思います。「中立的な観点」や「検証可能性」という方針をよく読めば結局ウィキペディアは真実を明らかにするものではないと思います。ウィキペディア自体はこれが事実だ、真実だと示すものではありませんが、そこで公平に提示された様々な観点を元に、人それぞれが自身の考えを持てばよいのですから、当事者以外の論評も重要でないとしないで、それらの見解もまんべんなく載せるのがよいと思います。
それから、慰安婦が売春を行なったという観点のみで定義している冒頭の記述はウィキペディアに相応しくないので、異論がなければ、「性の相手となった」を「性行為の相手をした」に修正した試案の記述に変更したいと思いますが--モトカル 2007年5月24日 (木) 13:03 (UTC)[返信]

少し私の言い方が強すぎたかもしれませんので、その点お詫びいたします。私の編集との相対的な意味でお考え下さい。上記のモトカルさんの編集も拝見しております。本記事が保護にならずにここまで充実してきたのは、バランスを取ろうとされている姿勢があるモトカルさんや如月さんの貢献が大きいと思っております。学者の認識を重視した方がいいというのは、この問題に関しては、明らかに誤っていたり恣意的だと思われる解釈が多々あり、政治的に利用しようという要素がかなり強いからです。何をもって「中立」を考えるべきかは非常に難しい問題で、例えば、「中立的観点」の、「疑似科学が科学的な見方とあたかも平等に張り合うような説であるがごとく紹介するという何かインチキな「フェア」の概念に基づいて論争をフェアに描写することではありません。」というあたりが参考になるでしょうか。本記事では「疑似科学」とまでは言いませんが、しかし、学者の意見と、専門外のジャーナリストやメディアの意見は、区別しなければならないと思います。それは真実に近づくという目的というよりは、ウィキペディアの存在意義の問題だと思います。--火の鳥 2007年5月25日 (金) 02:13 (UTC)[返信]

性の相手をさせられたで良いとおもいますけど。「レジを打たされた」とか「買い物に行かされた」と同じニュアンスになりますし、(この表現は中立的ではないかも知れませんが、)慰安所で働いていたということは、恐らく誰かの指示のもとで動いていたのではないかと思います。--125.31.104.101 2007年5月24日 (木) 23:14 (UTC)[返信]
125.31.104.101さんは、慰安婦の定義についての節で、小学館発行の国語辞典、『大辞泉』の定義を元に、「旧日本軍の性の相手をさせられた」と慰安婦を定義することを提案された方かと思いますが、「性の相手をさせられた」という表現は慰安婦はすべて強制されたということになり、何度も述べているように、「商行為」か「性奴隷」かということが論争になっており、事実関係が明らかにもなっていない現状において、「慰安婦はすべて強制された」という“特定の観点からのみの記述”となり、「特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱うべきとする中立的な観点」という方針に明らか反するものです。慰安所で働いていたということは、恐らく誰かの指示のもとで動いていたのではないかという個人的な推測を記述の根拠にすることはできないと思います。
火の鳥さん、私の編集方針を理解して下さってありがとうございます。「疑似科学が科学的な見方とあたかも平等に張り合うような説であるがごとく紹介する」ということは間違った「フェア」の概念であるということはよくわかります。しかし、学者の意見と、「専門外のジャーナリストやメディアの意見は、区別しなければならない」というのはどう区別するとおっしゃってるのかちょっとわかりません。学者の中にもイデオロギーが先にあり、意識的か無意識的かは別に、それに沿うような調査・研究をしていることもあり得るでしょうし、ジャーナリストは学問的研究はしませんが、慰安婦問題をめぐる様々な動向に対し、関係者への取材により、重要な真実を伝えてくれることもあります。
火の鳥さんは慰安婦問題ではなく、慰安婦や慰安所についての実情を知るという点でおっしゃってるのかも知れませんが・・・ただ、学者の意見をどれほど信じるかどうか、学者の中の誰を信用し、しないかなどは人それぞれの判断があるので、学者といういうだけでその意見に重きを置くというのもどうかと思います。実際、意見の持ち主が、学者であるのか、ジャーナリストであるのか、弁護士であるのか、政治家であるのかは示されるわけですから、その肩書きや、人物により、人それぞれが判断するのがよいと思います。それに、それぞれの主張や見解に大きな問題があれば、誰かから異論や反論が出ていると思われるので、それを載せることである程度のバランスは取れてくると思います。--モトカル 2007年5月26日 (土) 11:09 (UTC)[返信]
ちょっと待ってください。強制されて無い人は唯の売春婦ではないのですか?というより、慰安所に居なかった人でも慰安婦になるのですか?慰安婦とは何ですか?唯の売春婦ですか?しっかりと定義ができていないと意味がわかりません。--125.31.104.101 2007年6月14日 (木) 04:18 (UTC)[返信]

韓国軍の慰安婦

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韓国軍にも慰安婦がいたようですし、日本に限って話すものではないでしょう。これの記述も必要です[2]210.231.12.30 2007年10月24日 (水) 08:38 (UTC)[返信]

保護解除後、コチラも使ってください。

  • 「朝鮮戦争時に韓国軍の慰安婦存在」(中央日報)韓国の新聞が「慰安所」という言葉を使っています。
  • 韓国は朝鮮戦争時だけでなく、ベトナム戦争時にも慰安婦制度を行なっている。例えば、東亜日報1961年9月1日,9月14日日付の紙面上で慰安所で従事する慰安婦を登録制度とし、その内容を伝えている。
  • 「韓国政府資料「後方戦史(人事編)」の資料もある。ここには慰安婦、慰安所を設置した目的(強姦や性病の予防)、慰安所の場所と管理(性病防止のための軍医の配置等)、慰安婦の慰安行為回数等が載せてあり、慰安所廃止理由として、「公娼廃止の潮流に従って檀紀4287年(1954年)3月早々 これを一斉に廃止した」と記載されている。つまり日本は売春合法の時に慰安所設置制度があったが、韓国は売春違法の時代に慰安所を設置していたことであり、そのためにその後、設置を廃止するに至っている点である。--210.252.201.4 2007年12月6日 (木) 17:03 (UTC)[返信]