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ノート:神浦元彰

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クラスター爆弾の子弾とグレネードを間違えたとか、ある個別なことに長く紙面を割く必要は無いと考えられますよ。江畑さんや小川さんでも生放送で言い間違えとかあるし、神奈川大学のシュバイツァーと似た教授も「サリンは素人でも簡単に作れる」と放言してしまい以後世論をミスリードしてしまった…というのはありますよ。同じ少年工科学校出身の小川さんに比べて俺は言葉が下品だなとか本人も言っていますし、政治家の重大失言とかに比べて重要度は低いので無くても良いかと。--219.103.247.9 2008年1月26日 (土) 09:19 (UTC)[返信]

ウェブ上での発言で指摘を受けながらも訂正しないとか、訂正するべき場面でこっそり削除というのは、軍事評論家としての資質を問われる、重要な問題だと思います。--202.94.128.242 2008年1月27日 (日) 03:43 (UTC)[返信]

自分的に「批判」は正の部分負の部分両面の方が良いともっと広い意味で「評価」にしました。「逆神」という仇名がiza語で紹介…というのは今や刑事民事裁 判でも判断材料になる「公序良俗どこ吹く風な会社」の意味の2ちゃん語みたいに大きく広報しないといけない題材でもないですし、「資質を問われる」という見方も過剰反応です。あるお総菜屋さんがいつも凄く不味かったとして、禁止薬物も腐敗した食材も使っておらず単に「不味い」というだけで「資質を問われる」と糾弾されることはないですし、旨くても不味くても「ウチは総菜屋だ!」と堂々名乗ればそこは総菜屋さんです。好みの問題ではないでしょうか。--61.127.102.100 2008年1月29日 (火) 08:08 (UTC)[返信]

いいえ、題材として必要です。「逆神」の渾名はマスコミにも紹介されるほど広く認知された事実であり、百科事典に載せるに十分足る題材です。そして上でも書かれているように、神浦氏への最大の批判は「訂正するべきをしない、乃至訂正したことを知らせない」という、「軍事」の二文字を除去してなお評論家としてあるまじき執筆姿勢にこそあります。
上に挙がった江畑氏は湾岸戦争についての分析を誤ったエピソードがありますが、後日自己批判を含めた訂正を真摯に行いました。神浦氏に求められているのはまさにこの「過ちを改むるに憚ることなし」の姿勢です。本文中に挙げられた事項は多くが発表直後に指摘されています(私もメールで指摘しました)。しかしクラスター爆弾の件のように該当記述を告知なく削除するのも十分姿勢を疑われますが(それでも訂正するだけまだマシですが、他方で謝罪を伴う訂正も行っていることからダブルスタンダードの批判をネット上では受けていますね)、弾道ミサイル防衛ミサイルのデータのように未だに認識を改めない事項も多々あります。
もっとも、一応残しましたがえひめ丸事件の際の誤記なんかは私は問題にしてません。誤記・入力ミスはそれこそ誰にでもあります。指摘に応じて訂正さえすれば何の文句もありません(打ち間違いが多いのも事実ですけどね)。

--124.154.85.209 2008年1月30日 (水) 04:14 (UTC)[返信]

しばらく見ない間に、非難も擁護も含めてバランスの取れた記事になっていますね。ただ「逆神」というのはそう評された事実はあっても武部幹事長の「偉大なるイエスマン」のように後世までずっと残る、歴史的な渾名でもないので過去にこう評された。のみの書き方で良いかと。「ワドル」を「ワヒド」はインドネシアのワヒド大統領からしたらとても嫌でしょうが批判材料ほどではないので無しでもいいですね。広く一般民衆向けのジャーナリストじゃないけど、面白いという点で氏は見られていいと思います。--124.44.212.24 2008年1月30日 (水) 09:17 (UTC)[返信]