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ノート:西遊記

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沙悟浄(さ ごじょう)

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『流沙河は名前の通り河のように流れる流砂を表していたが、水の流れる河と誤解されている。そのため日本では“河童の妖怪”とされている。』 出典元はどこでしょう?


西遊記を元にした作品について

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うーん。ベースにした作品というキーワードでは様々な作品が書き加えられていきそうなので、個人的にはどこかで分離したいです。
せめて以下のような二分割(今の分類はいい加減)。見出しは改善の余地があるでしょう。


西遊記を原作とする二次創作作品

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  • アニメ作品
  • TVドラマ作品
    • 西遊記(夏目雅子主演)
  • 文学作品
    • 悟浄出世(中島敦
    • 悟浄歎異(中島敦)
  • その他の作品
    • ゴーゴー悟空(人形劇)


牛魔王との戦いで、変化する「黒鳳」、「丹鳳は鳥の王者」 この2種類の鳥は一体どんな鳥なんでしょうか? 想像上の鳥なのか、実在の鳥なのかわかりやせん。

西遊記のモチーフを借りた作品

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  • 漫画作品
    • DRAGON BALL(鳥山明)
    • きまぐれ悟空(吾妻ひでお)
    • 西遊妖猿伝(諸星大二郎)
    • 悟空道(山口貴由)
    • 最遊記(峰倉かずや)
    • 三獣士(田中加奈子)
    • ビバ☆うさぎ小僧(真鍋譲治)
    • GO!WEST(巣田祐里子)
  • 西遊記をベースにしたアニメ作品
    • SF西遊記スタージンガー(TVアニメ)
    • 幻想魔伝 最遊記
  • 西遊記をベースにした文学作品
    • SF西遊記(石川英輔)
  • その他の作品
    • 飛べ!孫悟空(人形劇)

もちろん、この作品はどちらに分類するかで議論となるものが出てくることは多分に考えられますが。

--
Lupinoid 14:05 2003年3月31日 (UTC)

  • (コメント)分離の基準を明確にするため、「どのようなアレンジがされているか」で種別分けしては如何でしょうか。以下に例示します。--202.233.212.130 2007年12月6日 (木) 12:49 (UTC)[返信]
    • 玄奘三蔵の天竺取経と言う大筋はそのままに、登場人物やエピソードを改変したもの
      西遊記(堺正章、夏目雅子など)
    • 宝物の探索もの
      ドラゴンボール(経典→7つのドラゴンボール、集めると願いが叶う)
    • 蔓延する悪の元凶の排除を目指して旅するもの
      最遊記

と学会の『トンデモ世紀末の大暴露』を読んでいたところ、明代の西遊記と、南遊記、北遊記、東遊記を合わせて『四遊記』として、エリート出版から発行されていることが書かれていました。googleで4作品名を入れ検索したところ、少ないですが1190件ヒットしました。これらの作品の存在は、記事に記載するに値する内容のものなのかわかりませんが、これらの作品に詳しい方で記事の必要性を感じられる場合は加筆されるか四遊記等の項目を作成し詳述していただきたいと思います。因みに、現在ある東遊記の項目はマンガ作品の記事でこれとは無関係です。--えすぱ 2007年5月16日 (水) 12:37 (UTC)[返信]

メンテナンス

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黄門☆じごく変(中津賢也)削除しました。これは題名通り水戸黄門モチーフです。まんま西遊記ならいいとして、お供(しもべ)をつけて旅をしたら西遊記が元だ、とは言えないでしょう。また、影響を受けた作品もモデルとされる、とか元ネタにしている、には出典が必要では?---219.40.151.3

同じジャンプ漫画の珍遊記は翻案作品だがドラゴンボールは違う、というのは線引きがわからないですね。基準を明確にしてほしいです。--大和ゆら男会話2023年6月14日 (水) 15:39 (UTC)[返信]

作者について

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呉承恩説を復活させるような編集がおこなわれましたが、福音館文庫のような、子ども向けのダイジェスト版の作者表示を典拠にするのは、無理です。差し戻しますので、ご容赦を。 --ねこぱんだ 2008年3月14日 (金) 13:34 (UTC)[返信]

呉承恩復活と言うわけではない。完訳版が呉承恩の名前を載せていないからといって、それが日本の共通認識であるという書き方がおかしいと言っている。もしそれが共通認識だったら、子供向けの本でも作者名は削られているはず。「呉承恩という説が一般的であったが、近年否定する意見が強い」程度にしておくべき。太田辰夫・中野美代子の研究があることはわかりますが、その主張が支配的だというのは、一体どういう根拠で言っていることなのですか?--Roberto Hongo 2008年3月16日 (日) 11:05 (UTC)[返信]
とりあえず、集英社の『世界文学事典』(2002年、ISBN 978-4-08-143007-9)の西遊記の項目をごらんください。福音館の本がいつ出版されたか知らないのですが、1980年代以前では、論拠にはならないでしょう。 --ねこぱんだ 2008年3月16日 (日) 15:17 (UTC)[返信]
福音館文庫版は2004年の刊行です。岩波少年文庫は2001年です。社会思想社から現代教養文庫として発行されたものは2000年の刊行で、やはり「呉承恩」が作者になっています。太田辰夫や中野美代子の研究が正しいものだとしても、やはり「呉承恩説は取るに足らない、信じるに値しない」ということが、日本の常識、日本人の総意のように言ってしまうには時期尚早だと思います。少なくとも、まだ常識レベルには達していません。すくなくとも、現在の書き方は改めるべきです。『世界文学事典』にはどう書かれているのですか?--Roberto Hongo 2008年3月19日 (水) 13:04 (UTC)[返信]
横から首をつっこんで申し訳ないですが、現在の表現に、「呉承恩説は取るに足らない、信じるに値しない」ことが日本の常識だと書かれている訳でもなく、また、Wikiは事典の事典でもないので、現在の学者の説を、現時点での表現で記すことに、私は違和感を感じません。また、下の方に記述される、本書の成立とも呼応しており、問題ないと思います。--Mooko 2008年3月19日 (水) 23:32 (UTC)[返信]
私には、「日本では」という言葉から、それが日本の常識であるという解釈しかできませんでした。少なくとも、日本の学者の常識であるということになると思いますが、呉承恩否定説は、西遊記研究家の大方が賛同しているものなのですか?それともねこぱんださんが、「呉承恩否定説には説得力があり、正しいものだ」と判断したものなのですか?前者だとしても、「研究者の間では、信じるに値しない説とされている」と、条件を付加するべきです。
また、否定説が正しくても、2004年刊行の本でまだ呉承恩の名前が出ているものがあるということは、現在の日本では、まだ「呉承恩説」が、西遊記の専門家以外の間では広く知れ渡っていると思います。専門家でないとはいえ、まだ呉承恩が信じられているのなら、百科事典にそのことを記すことは正しいことだと思います。
「長いこと、著者は呉承恩であるというのが一般的であったが、確証は無い。日本では近年太田辰夫・中野美代子らが異論を唱えている」
「福音館文庫版などは『呉承恩作』としているが、太田辰夫が訳した平凡社版や、中野美代子が訳した岩波文庫版には作者名が書かれていない」
という書き方は、現状を正確に描写していると思うのですが、どうでしょうか。もし太田・中野以外にも呉承恩否定説を唱えている者が多く居るのであれば、その度合いによって、「太田辰夫・中野美代子など、異論を唱えている学者も多い」とか「多くの研究者の間では、信ずるに値しない説とされている」など、その旨を書き足せばいいと思います。少なくとも、無条件で、呉承恩否定説が正しく、支配的であるという書き方は、時期尚早であると思います。--Roberto Hongo 2008年3月20日 (木) 05:04 (UTC)[返信]

『世界文学事典』の呉承恩の項目には、「魯迅が……小説『西遊記』の作者に呉承恩を当てたことから、その名が取りざたされるようになった」「小説『西遊記』の版本に、呉承恩の名前や別号を記したものがないため、呉承恩の「西遊記」が、小説の西天取経物語を指すのか、あるいはその戯曲、あるいは全く別の紀行文を指すのか、現在まだ定説はない。」とあります。

また、西遊記の項目には、1574年の資料の存在をもとに、「呉承恩は、最大限改編者であり得ても、〈作者〉ではないことがわかる」とあります。両項目とも、執筆は磯部彰さんです。

たしかに、否定説が支配的とまでは言いがたいともいえますが、とりあえず、呉承恩説も歴史が浅いもので、三国志演義の羅貫中や水滸伝の施耐庵のような、長い言い伝えではないということは、わかります。とりあえず、今の版の表記でいいのではないでしょうか。 --ねこぱんだ 2008年3月20日 (木) 14:29 (UTC)[返信]

それならば、「作者について」という節を新設し、「『世界文学事典』には……と書かれている」と詳しい説明を入れることが適切ではないでしょうか。現在の文章は、情報源が記されておらず、呉承恩説も呉承恩否定説も、成立経緯や流布具合の実態がわかりません。正確な情報がわかっているにもかかわらず、出し惜しみする意味はありません。少なくとも、
・魯迅が呉承恩説の提唱者であること
・呉承恩説に証拠はないこと
・『世界文学事典』によれば、「最大限改編者であり得ても、〈作者〉ではない」こと
・現在の完訳は作者名を記していないこと
・福音館文庫や岩波少年文庫版には「呉承恩」の名が作者として記されているなど、今だ呉承恩説が広く流布していること
以上5つは記す必要があると思います。呉承恩の項目と内容が重複する箇所が出ると思いますが、西遊記の作者として言及するのであれば、「呉承恩」の項目に書くより、「西遊記」の項目に書くほうが適切ではないかと思います。細かい内容は議論の余地ありとして、とりあえず「作者について」の節を作ることに、賛同していただけますか?--Roberto Hongo 2008年3月20日 (木) 16:14 (UTC)[返信]

そうですね。いいと思います。その場合、呉承恩説以前の、丘長春説のあたりから順を追って書くことが必要になるでしょう。そのうちに準備してみましょうか。 --ねこぱんだ 2008年3月21日 (金) 05:57 (UTC)[返信]

一応上に上げた5つを「作者について」として書いておきたいと思うのですが、同意してもらえますか?--Roberto Hongo 2008年3月22日 (土) 12:11 (UTC)[返信]
よろしいと思います。とりあえず、ここでいったん、議論を終結させてもいいでしょう。 --ねこぱんだ 2008年3月22日 (土) 16:26 (UTC)[返信]

2009年10月時点で、導入部の著者についての記述が日本語としておかしい文になっています。修正は詳しい方におまかせしますが、導入部は「著者については諸説が存在し、明確でない。詳しくは後述。」として、『淮安府史』以下の記述を原作者の節に移したほうが良いのではないでしょうか。--アルビレオ 2009年10月29日 (木) 09:39 (UTC)[返信]

(もはや終わった話題かもしれませんが)『西遊記』の作者、ならびに呉承恩について、「西遊記の成立史」という記事を設けて、そこで説明をしてみました。--トホホ川会話2012年7月31日 (火) 14:35 (UTC)[返信]