ノート:雅号
この記事は2005年9月24日に削除依頼の審議対象になりました。議論の結果、削除となりました。 |
戸籍名
[編集]平安初期に律令の戸籍制度が有名無実化してから、明治時代に戸籍が復活するまで日本に戸籍は存在しません。ですから、明治に生きていなかった吉田寅次郎矩方こと吉田松陰や、山鹿素行に戸籍名はありえません。木戸信長さんは明治の元勲の雅号に特別な思い入れがあるようですが、もう少し歴史を一歩引いたところから見渡して冷静な記述を心がけていただけませんでしょうか。そうそう、私のことを共産主義者呼ばわりしないでくださいね。私は共産主義思想の前提となっている発展段階史観には否定的な見解を持っておりますので。--ウミユスリカ 2005年9月24日 (土) 08:41 (UTC)
そういう変な考え方をする人がいることは自由かもしれませんが、正しく引用すれば「ガチガチの共産主義者」です。「ガチガチの共産主義者」に対しては(ガチガチではない)共産主義者たちでさえ既に否定してしまっている世界的に知られた当然の話です。そもそも、そういう個人攻撃などこちらは全くしておらず、勝手に、そういう部類の雅号抹殺主義者として名乗りを上げている人たち(「管理人」)が、雅号摩擦主義者よろしく、わたし木戸信長を、全く不当に個人攻撃しているというだけの話に過ぎません。勿論、雅号抹殺主義者のバカ「管理者」たちこそ、異常なまでに中立的な観点を欠いており、異常なまでに日本の実際の歴史的人物の人名を無視しており、雅号の記事を抹殺するために異常なまでに削除、削除要求、「中傷」「暴言」と決めつけての中傷、執筆者の木戸信長に対する投稿ブロック要求、そして延々10日以上も続けられた投稿ブロックを、具体的かつ論理的に何の正当な理由も示さずに繰り返し続けておりました。そういう、Wikipediaの方針にも、Wikipedia百科事典の記事編集にも全く不適格な「管理者」たちに対しては、Wikija-l@Wikipedia.orgのメーリングリストから「管理者」解任動議を何度も提出しております。取りあえず、そのバカ「管理者」の別ハンドルネームとして考えられるハンドルネームを含めて、14のハンドルネーム使用者に対して、「管理者」解任動議を提出しております。以下、「管理者」解任動議が出されている人たち。 1.Suisui 2.Lusheeta 3.Tekune 4.Tietew 5.Brevam 6.style 7.miya 8.Tekune 9.Lem 10.Aphaia 11.sphl 12.Goki 13.たとゥ 14.たね 15.上記の者たちへの「管理者」解任動議に対し、10日以上も「非会員の投稿」という虚偽理由で保留を続けているメーリングリストの司会者 + 16.意味不明の件名・文字化けの本文という迷惑メールを送り続ける等の技術的な劣悪さ・怠慢等の理由で、2005年9月時点での日本版ウィキペディアの技術スタッフ全員 +
ウミユスリカさんも、そういうバカ「管理者」の別ハンドルネームだったのかと、今、分かりましたので、「ウミユスリカ」のハンドルネーム使用者に対しても、「管理者」不適格者として、後で追加で「管理者」解任動議を提出することにいたします。ウミユスリカさんの上記投稿も、悪意の揚げ足取りによる中傷投稿に過ぎず、歴史的事実の説明としても、およそかけ離れ過ぎています。Wikipedia:ウィキペチケットを御参照ください。
守護、地頭たちは、領民を戸籍的に把握し続けており、何より神社やお寺の名簿が戸籍(代わり)になっていました。江戸時代は、その上に、全国の寺社を寺社奉行配下に置いたため、全国津々浦々の寺社・信徒たち(つまり、ほぼ国民全員)が幕府組織の下部組織として統制されてしまいました。そこから詳細な人別帳が(幕府のために)つくられました。更にその上に、寄合組織や五人組制度があったため、幕府の捕吏たちは、お尋ね者を(現代よりも遙かに)容易に捉えることが出来たと推察できます。つまり、朝廷が、平安以後、戸籍を再び持つことが出来るようになったのは明治維新以後からですが、その間、武家政権は武家政権なりの戸籍を(間接的ながら)持っていた、と言わざるを得ないわけです。武士たちが、戸籍の機能を朝廷から分捕ってそのまま政権を張り続けていたからこそ、武家政権は、徳川慶喜の代まで政権として長続きし得たわけです。戸籍的な機能を平清盛が取り上げ、源頼朝が取り上げ、途中で「天皇親政」をブチ上げた御醍醐天皇も登場しましたが、あえなく敗れ、足利義満が再び(同様に間接的ながら)完全掌握し、戦国時代を経ても、やはり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康とより厳密に完全把握されていったわけです。そのため、明治維新では、封建ファシズムの下部組織と成り果てていた感があった仏教施設は、旧封建勢力による政権奪還の道具とされないようにするため、また宗教としては江戸時代の間ずっと死んでいたという事情もあって、「廃仏毀釈」運動に晒されます。万春木戸信長 2005年10月4日 (火) 02:09 (UTC)
- 日本人の人名記述に関しては私も現状に関して思うところがいろいろとありまして、不満に思っている部分があったこともあって、刺激的な表現になってしまったことをお詫びします。木戸さんのお考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、お互いに持っている視点や情報の相違は建設的に議論をすればよりよい記述につながるのではないでしょうか。日本語版ウィキペディアはまだまだ、発展途上で、記事名のあり方から記述のフォーマットまで、見直すべき点を多く抱えています。 そこでお願いがあるのですが、一部に意に添わない点もあるかと思いますが、木戸さんのお考えをお聞かせいただけませんでしょうか。そこから建設的な議論につなげていければ幸いと存じます。以前に木戸信長さんのノートで紹介されたチャットルーム[1]でも、木戸信長さんのウィキペディア継続参加を願う議論が時々行われていますので一度いらしてみてはいかがでしょう。この呼びかけも、そこでの議論を踏まえて執筆したものです。--ウミユスリカ 2005年10月4日 (火) 06:20 (UTC)
- どう考えても、妄想と悪意だけで滅茶苦茶な偽証や削除を行っている管理人(禁止されている多重アカウント含む)とは、どんな人も、建設的な議論は不可能だと思われます。江戸時代には、何重にも戸籍が士農工商別に存在しております。家系図などは、江戸時代の藩の分限帳や給禄帳からつくったりしているほどです。ここの戸籍でも製本百科事典の「戸籍」でも、江戸時代に戸籍が存在したことは当然、説明されております。「踏み絵」の仕組みを考えるだけでも、中学生でも分かり得るごくごく当たり前の話です。妄想による意味不明の記事を書き込んでいるウミユスリカさんと、木戸信長氏の署名入りの正しい記述のほうを管理者権限を濫用して削除しているTietewさん(ウミユスリカさんもTietewさんも余りにもあり得ない妄想を当然のように妄想しているので同一人物と考えざるを得ません)とは、木戸信長氏に平に謝罪すべきでありましょう。また、管理者側の妄想や無知や失礼による無期限の投稿ブロックは直ちに解除されるべきでありましょう。更に、TieTewさんさんについては、管理者権限を濫用して、木戸信長氏の事実どおりの署名入り記事のほうを削除している極めて悪質な管理者かつ極めて悪質なユーザーであることは明々白々でありますので、木戸信長氏の百万倍、無期限の投稿ブロックを為され続けるべきでしょう。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
- 「明治時代に戸籍が復活するまで日本に戸籍は存在しません。ですから、明治に生きていなかった吉田寅次郎矩方こと吉田松陰や、山鹿素行に戸籍名はありえません」という妄想こそ、あり得ません。Tietewさんは、どうして、このようなあり得ない妄想に、ウミユスリカさん同様、固執し続けているのでしょうか。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
- Tietewさんは、ノートで編集会議も開かず、管理者権限を悪用して、妄想を訂正している木戸信長氏の署名入り記述のほうを被害妄想患者的に削除しているのでしょうか。
- 「日本人の人名記述に関しては私も現状に関して思うところがいろいろとありまして、不満に思っている部分があったこともあって」の箇所、全く意味不明なんですけど、ウミユスリカさん、説明してもらえないでしょうか。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
- [刺激的な表現になってしまったことをお詫びします]、これも全く意味不明なんですが、ウミユスリカさん、説明してもらえないでしょうか。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
- 「木戸さんのお考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、お互いに持っている視点や情報の相違は建設的に議論をすればよりよい記述につながるのではないでしょうか」とありますが、ウミユスリカさんは、木戸信長氏と具体的にどういう点で一致していて、どういう点で一致していないのでしょうか。読んでいても、全く意味不明です。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
- ウミユスリカさんは、言っていることとは逆に、なぜ、号や雅号の記事の削除に反対せず、木戸信長氏への嫌がらせ的な無期限ブロックにも反対していないのでしょうか。余りにも不自然です。やはり、Suisui=Tietewと同一人物で、もっともらしく偽装工作して虚偽事実の捏造で木戸信長氏を名誉棄損しようとしているだけだからでしょうか。--LoveandPeace 2005年11月11日 (金) 23:09 (UTC)
まず確認しておきたいんですが、LoveandPeaceさん=木戸信長さんと判断してよろしいんですね。また、はっきり断言しておきますが、私ウミユスリカとTietewさんは別人です。私はネット人格の継続性にこだわっていますので、このハンドルネームすら昔パソコン通信のNiftyで使っていたものと同一のものを使っています。だいたい、闘病中できつい自覚症状に苦しんでいる身で多重ハンドルなどというめんどくさい事をしたくもありません。さて、
- 歴史学的に言って、戸籍とは文字通り「戸」という単位で住民把握をするシステムに限定されるんです。それ以外の単位での住民把握は歴史学用語として厳密に戸籍と区分されているんです。製本百科辞典でも、例えば平凡社の世界大百科事典では10世紀に戸籍が形骸化、さらにその形骸化した戸籍も13世紀に完全消滅、その後の中世社会では支配者は「家」は把握していたが、その中の成員構成には全く関心を失ったのでそもそもの住民リストを記述した帳簿は作成されなかったことが明記されています。これは、人頭税方式をとった律令制時代と、耕地面積あたりの名田単位課税の中世社会の根本的な相違ですね。また、江戸時代の家数人馬改帳や宗門人別改帳などは、成員把握が復活していますが、これは戸とは似て非なる、使用人や遠縁の親戚なども含んだ経営体としての「家」ごとに作成されています。古代の「戸」と中世や近世の「家」、さらには近代戸籍法上の「戸」というのはそれぞれ似て非なるものであり、歴史学的にきっちり分析すべき日本史上の重要事項です。これらをごっちゃにしてしまうと、そもそも歴史学が成立しなくなってしまいます。
- 私はTietewさんとは別人ですので、彼に質問してください。
- 私の現状への不満とは、諱と通称、本姓と名字、号など非常に複雑な構成要素の組み合わせから成り立っている明治維新以前の日本人の人名に対し、個々の人物記事でそれらの要素の相互の関係がまだいいかげんにしか記述されていないことが多いということです。木戸信長さんのスタンスも、雅号に注目しておられる点は評価しますが、他の人名要素との関係性の記述でバランスを欠いていると判断しております。
- 「刺激的な表現」とは「そうそう、私のことを共産主義者呼ばわりしないでくださいね。私は共産主義思想の前提となっている発展段階史観には否定的な見解を持っておりますので。」をちょっと余計な一言だったのではと考えたからです。木戸信長さんが、ご自分の思想と合わない意見を共産主義者と断じているように見えてカチンと来たものですから。そういう所から出た感情的な表現をお詫びしたわけです。
- 木戸信長さんと一脈通じるなと思っているのは、上記にも述べましたように、明治維新以前の人物の人名の複雑な要素をどう記事におり込んで行くかという点を議論する仲間になれるのではないかと思った点です。一致しない部分は雅号への思い入れが極端過ぎて全体のバランスや実証的に接近できる歴史的事実との乖離を引き起こしているのではと感じた部分です。
- 本当はきっちり意見を出して記事のブラッシュアップによる存続も提案したかったんですが、持病の症状がきつくてそれだけのエネルギーがありませんでした。私の優先度としては、まずは専門の生物学の記事の投稿が最優先であり、次いで歴史記事の投稿となります。自分自身の本文投稿内容に直接関係しない政治議論は体調が悪いときには一番後回しにしてしまっています。本当は、ウィキペディア内の合意形成というのはないがしろにしてはいけないのですが、あまり無理をしても長続きしないと判断して最低限の関与にとどめています。