バルタザール・ファン・デル・アスト
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バルタザール・ファン・デル・アスト Balthasar van der Ast | |
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バルタザール・ファン・デル・アスト画『果物と貝殻のある静物』(1620) マウリッツハイス美術館 | |
生誕 |
1593年か1594年 ミデルブルフ |
死没 |
1657年 デルフト |
バルタザール・ファン・デル・アスト(Balthasar van der Ast, 1590年代 - 1657年)は、オランダの画家。静物画で知られている。
生涯
[編集]バルタザール・ファン・デル・アストはミデルブルフで羊毛を扱う商人の家に生まれた。生年は不明だが、1618年に25歳であったとの記録が残っているため、1593年か1594年生まれと考えられる。1609年、父親が亡くなった後、姉のマリアと、マリアの夫であるアンブロジウス・ボスハールトの下に身を寄せた。ボスハールトはファン・デル・アストを静物画の画家になるべく手ほどきをした。[1] 同じように、ボスハールト亡き後、彼の3人の息子たちを教えたのはファン・デル・アストであった。[1]
ファン・デル・アストはボスハールト家と共にユトレヒトに移り、その地で聖ルカ組合に登録した。[1] ルーラント・サーフェリーも同じころ組合に登録しており、サーフェリーの影響を受けたと思われる。[1] ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘームもファン・デル・アストの弟子であったと思われる。[1]
1632年までユトレヒトで過ごし、デルフトに移り1633年6月22日にその地の聖ルカ組合に加わっている。[1] 1633年2月に結婚し、二人の娘をもうけている。ファン・デル・アストは1657年にその地で亡くなった。
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『籠に入った花』(1622年頃)
ナショナル・ギャラリー (ワシントン) -
『籠に入った果物』(1622年頃)
ナショナル・ギャラリー (ワシントン) -
『果物、貝殻、昆虫』(1620年代)
エルミタージュ美術館
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『花』(1620年代)
アムステルダム国立美術館 -
『陶器の花瓶といろいろなチューリップ』
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『花』