ピエールフランチェスコ・パボーニ
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選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Pierfrancesco Pavoni | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | イタリア | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
競技 | 陸上競技 (短距離走) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
種目 | 60m, 100m, 200m | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1963年2月21日(61歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出身地 | ローマ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 182cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 70kg | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
引退 | 1991年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
成績 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
オリンピック |
100m 2次予選5組4着 (1988年) 4x100mR 5位 (1988年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
世界選手権 |
100m 7位 (1987年) 200m 7位 (1987年) 4x100mR 2位 (1983年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
地域大会決勝 |
ヨーロッパ選手権 100m 2位 (1982年) 4x100mR 4位 (1982年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
自己ベスト | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
60m | 6秒55 (1990年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
100m |
10秒22 (1986年) 10秒13w (1989年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
200m | 20秒38 (1987年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
400m | 45秒71 (1985年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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編集 |
ピエールフランチェスコ・パボーニ(Pierfrancesco Pavoni、1963年2月21日 ‐ )は、イタリア・ローマ出身で短距離走を専門にしていた元陸上競技選手。
1983年ヘルシンキ世界選手権男子4×100mリレーの銀メダリストである。また、1987年ローマ世界選手権男子100mではオリンピックも含め、この種目でイタリア選手初のファイナリストになった選手である。4×200mリレーの元室内世界記録保持者、60mの元室内イタリア記録保持者。
経歴
[編集]1982年9月のヨーロッパ選手権に出場すると、男子100m決勝で10秒25(-0.8)のジュニアイタリア記録(当時)を樹立。優勝したフランク・エンメルマンには0秒04及ばなかったものの、ジュニアの選手ながらシニアの国際大会で銀メダルを獲得した。
1983年8月のヘルシンキ世界選手権に出場すると、男子4×100mリレーの全てのラウンドでイタリアチームの3走を務め[注 1]、決勝では38秒37のイタリア記録(当時)を樹立。37秒86の世界記録(当時)を樹立して優勝したアメリカには及ばなかったものの、3位のソビエトには0秒04差で競り勝ち銀メダルを獲得した[1]。
1984年2月11日の競技大会男子4×200mリレーでイタリアチームの1走を務め[注 2]、1分22秒32の室内世界記録(当時)を樹立した[2]。
1987年3月のインディアナポリス世界室内選手権男子60mに出場すると、個人種目では自身初の世界大会ファイナリストとなった。迎えた決勝では6秒59をマークし、リー・マクレー(6秒50)、マーク・ウィザースプーン(6秒54)に次ぐ3位に入り銅メダルを獲得した[注 3][3]。
1987年8-9月に地元で開催されたローマ世界選手権に出場すると、出場した男子100m、男子200m、男子4×100mリレーの全てで決勝に進出した。それぞれ7位、7位、6位に終わりメダルを獲得することはできなかったが、男子100mではオリンピックを含めてもイタリア選手初のファイナリストという快挙を成し遂げた。この大会を最後に、イタリアから世界選手権100mとオリンピック男子100mのファイナリストは誕生していない[注 4][4][5]。
1989年3月のブダペスト世界室内選手権男子60mに出場すると、準決勝を室内イタリアタイ記録(当時)の6秒58で突破し、2大会連続でファイナリストとなった。決勝では6秒61とタイムを落としたものの、アンドレス・シモン(6秒52)、ジョン・マイルズ=ミルズ(6秒59)に次ぐ3位に入り、2大会連続で銅メダルを獲得した[6]。この大会を最後に、イタリアから世界室内選手権60mのメダリストは誕生しておらず、パボーニはこの種目でメダリストになった唯一のイタリア選手である[7]。
自己ベスト
[編集]記録欄の( )内の数字は風速(m/s)で、+は追い風を意味する。
種目 | 記録 | 年月日 | 場所 | 備考 |
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屋外 | ||||
100m | 10秒22 (+1.8) | 1986年9月11日 | オスティア | |
10秒13w (+2.9) | 1989年8月25日 | デュースブルク | 追い風参考記録 | |
200m | 20秒38 (0.0) | 1987年8月10日 | グロッセート | |
400m | 45秒71 | 1985年8月17日 | モスクワ | |
室内 | ||||
60m | 6秒55 | 1990年3月7日 | ピレウス | 元室内イタリア記録 |
主要大会成績
[編集]備考欄の記録は当時のもの
年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 | 備考 |
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1981 | ヨーロッパジュニア選手権 (en) | ユトレヒト | 100m | 3位 | 10秒39 (+3.6) | |
4x100mR | 4位 | 40秒62 (4走) | ||||
ワールドカップ (en) | ローマ | 100m | 6位 | 10秒51 (+0.2) | ||
4x100mR | 6位 | 39秒67 (1走) | ||||
1982 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | ミラン | 60m | 4位 | 6秒68 | |
ヨーロッパ選手権 (en) | アテネ | 100m | 2位 | 10秒25 (-0.8) | ジュニアイタリア記録 | |
4x100mR | 4位 | 38秒96 (1走) | ||||
1983 | 世界選手権 | ヘルシンキ | 100m | 2次予選4組5着 | 10秒44 (-1.2) | |
200m | 1次予選棄権 | DNS | ||||
4x100mR | 2位 | 38秒37 (3走) | イタリア記録 | |||
地中海競技大会 (en) | カサブランカ | 100m | 優勝 | 10秒24 | 大会タイ記録 | |
4x100mR | 優勝 | 38秒76 | ||||
1984 | オリンピック | ロサンゼルス | 100m | 1次予選10組4着 | 10秒72 | |
1985 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | ピレウス | 60m | 準決勝1組6着 | 6秒73 | |
世界室内大会 | パリ | 60m | 予選3組3着 | 6秒80 | ||
ワールドカップ (en) | キャンベラ | 4x100mR | 5位 | 38秒76 (3走) | ヨーロッパ代表 | |
4x400mR | 4位 | 3分01秒46 (1走) | ヨーロッパ代表 | |||
1986 | ヨーロッパ選手権 (en) | シュトゥットガルト | 200m | 準決勝2組7着 | 20秒85 (0.0) | |
4x100mR | 5位 | 38秒86 (3走) | ||||
1987 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | リエヴァン | 60m | 2位 | 6秒58 | |
世界室内選手権 | インディアナポリス | 60m | 3位 | 6秒59 | ||
世界選手権 | ローマ | 100m | 7位 | 16秒23 (+1.0) | ||
200m | 7位 | 20秒45 (-0.4) | ||||
4x100mR | 6位 | 39秒62 (4走) | ||||
1988 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | ブダペスト | 60m | 5位 | 6秒64 | |
オリンピック | ソウル | 100m | 2次予選5組4着 | 10秒33 | ||
4x100mR | 5位 | 38秒54 (3走) | ||||
1989 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | デン・ハーグ | 60m | 4位 | 6秒62 | |
世界室内選手権 | ブダペスト | 60m | 3位 | 6秒61 | ||
1990 | ヨーロッパ室内選手権 (en) | グラスゴー | 60m | 2位 | 6秒59 | |
ヨーロッパ選手権 (en) | スプリト | 100m | 予選3組3着 | 10秒57 (-0.9) |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ メンバーは、1走ステファノ・ティリ、2走カルロ・シミオナート、4走ピエトロ・メンネア。
- ^ メンバーは、2走ジョヴァンニ・ボンジョルニ、3走ステファノ・ティリ、4走カルロ・シミオナート。
- ^ 当初はベン・ジョンソンが優勝し、パボーニは4位に終わりメダルを逃したが、その後ベン・ジョンソンはドーピングで失格となり、順位がそれぞれ繰り上がった。
- ^ オリンピック女子100mはジュゼッピーナ・レオーネが1956年メルボルン大会で5位、1960年ローマ大会で銅メダルを獲得している。
出典
[編集]- ^ “第1回世界選手権男子4×100mリレー決勝リザルト”. 国際陸上競技連盟 (2016年9月21日). 2016年9月21日閲覧。
- ^ “Progression of IAAF World Records 2015 edition (ebook) / INDOOR RECORDS(P.417参照)”. 国際陸上競技連盟 (2015年). 2017年8月28日閲覧。
- ^ “第1回世界室内選手権男子60m決勝リザルト”. 国際陸上競技連盟 (2016年9月21日). 2016年9月21日閲覧。
- ^ “World Championships Beijing 2015 Athletics Statistics Handbook (ebook) (RESULTS FROM PAST MAJOR CHAMPIONSHIPS参照)”. 国際陸上競技連盟 (2015年). 2016年9月21日閲覧。
- ^ “Rio 2016 Olympic Games Athletics Statistics Handbook (ebook) (OLYMPIC ATHLETICS FINALS参照)”. 国際陸上競技連盟 (2016年). 2016年9月21日閲覧。
- ^ “第2回世界室内選手権男子60m決勝リザルト”. 国際陸上競技連盟 (2016年9月21日). 2016年9月21日閲覧。
- ^ “World Indoor Championships Portland 2016 Athletics Statistics Handbook (ebook) (COUNTRY INDEX参照)”. 国際陸上競技連盟 (2016年). 2016年9月21日閲覧。
外部リンク
[編集]- ピエールフランチェスコ・パボーニ - 国際オリンピック委員会
- ピエールフランチェスコ・パボーニ - オリンピックチャンネル
- ピエールフランチェスコ・パボーニ - Olympedia
- ピエールフランチェスコ・パボーニ - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- ピエールフランチェスコ・パボーニ - 国際陸上競技連盟
- ピエールフランチェスコ・パボーニ - TrackField.brinkster.net