ファルネーゼ家
表示
ファルネーゼ家(Farnese)は、イタリアの貴族の家系。ローマ教皇、枢機卿、パルマ公などを出したことで知られる。
概要
[編集]トスカーナ出身のアレッサンドロ・ファルネーゼが教皇(パウルス3世、在位:1534年 - 1549年)に即位したことで勢力を伸ばした。
パウルス3世はパルマとピアチェンツァを教皇領から切り離し、1545年、ピエール・ルイージが初代パルマ公になり、その後1731年まで、ファルネーゼ家がパルマ公を継いだ。
ローマにアントニオ・ダ・サンガッロ、ミケランジェロが設計したファルネーゼ宮(1515年から建設、現フランス大使館)が、カプラローラにはジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラが設計したパラッツォ・ファルネーゼがある。
主な人物
[編集]- ピエール・ルイージ - 初代パルマ公(パウルス3世の子)
- アレッサンドロ・ファルネーゼ - 枢機卿(ピエール・ルイージの長男)
- オッターヴィオ・ファルネーゼ - 第2代パルマ公(ピエール・ルイージの次男、アレッサンドロの弟)
- アレッサンドロ・ファルネーゼ - 第3代パルマ公(オッターヴィオの子、パウルス3世の曾孫)
- エリザベッタ・ファルネーゼ - 第6代パルマ公の孫娘、スペイン王フェリペ5世妃
系図
[編集]ピエルルイージ・ファルネーゼ (1435年 - 1487年) モンタルト領主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アレッサンドロ 教皇パウルス3世 | バルトロメオ モンタルト領主 | ジュリア (教皇アレクサンデル6世愛人) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
ピエール・ルイージ | ラーテラ公家 (1668年断絶) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アレッサンドロ 枢機卿 | オッターヴィオ | ラヌッチョ 枢機卿 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
アレッサンドロ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラヌッチョ1世 | オドアルド 枢機卿 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
オドアルド1世 | マリーア =モデナ公フランチェスコ1世 | ヴィットーリア =モデナ公フランチェスコ1世 | フランチェスコ 枢機卿 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラヌッチョ2世 | アレッサンドロ ネーデルラント総督 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
オドアルド2世 | ドロテア・ゾフィア (プファルツ選帝侯フィリップ・ヴィルヘルム娘) | フランチェスコ | アントニオ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
エリザベッタ | フェリペ5世 スペイン王 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スペイン・ブルボン朝 ブルボン=パルマ家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||