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ファルマス子爵

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ファルマス子爵(第2期)
Viscount Falmouth

紋章記述

Arms:Ermine a Rose Gules barbed and seeded proper Crest:A Falcon close proper Supporters:On either side a Sea-Lion erect on its tail Argent guttée de l'armes
創設時期1720年6月9日
創設者ジョージ1世
貴族グレートブリテン貴族
初代初代子爵ヒュー・ボスコーエン
現所有者10代子爵イヴリン・ボスコーエン
相続人エヴリン・ジョージ・ボスコーエン閣下
付随称号ル・ディスペンサー男爵E
ボスコーエン・ローズ男爵
現況存続
邸宅トレゴスナン英語版
旧邸宅ミアワース城英語版
モットー我慢は知識に勝る
(Patience Passe Science)

ファルマス子爵: Viscount Falmouth)はイギリスの子爵貴族グレートブリテン貴族爵位。これまでに2度創設されており、第1期はイングランド貴族として、現存する第2期はグレートブリテン貴族としての叙爵である。

歴史

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フィッツロイ家(第1期)

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国王チャールズ2世の庶子ジョージ・フィッツロイ(1665-1716)1674年10月1日イングランド貴族として「ノーサンバーランド伯爵」に叙せられたが、その際に伯爵位の従属爵位として「コーンウォール州におけるファルマス子爵(Viscount Falmouth in the county of Cornwall)」を授けられた例が第1期の創設にあたる[1][2]。ジョージは1683年には「ノーサンバーランド公爵」に上ったが、子のないまま死去したためにすべての爵位は廃絶した[1][3]

ボスコーエン家(第2期)

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6代子爵を描いたカリカチュア。(Spy作,『バニティ・フェア』誌,1877年9月号)
子爵家の現邸宅であるトレゴスナン英語版
子爵家旧邸宅のミアワース城英語版

ホイッグ党所属の庶民院議員ヒュー・ボスコーエン(1680-1734)王室監査官英語版枢密顧問官を務めた政治家で[4]、彼が1720年にグレートブリテン貴族として「ファルマス子爵(Viscount Falmouth)」及び「ボスコーエン・ローズ男爵(Baron Boscawen-Rose)」に叙された例が第2期の創設にあたる[5][6][7]

その子である2代子爵ヒュー(1707–1782)が子供のないまま死去したため、爵位は甥ジョージ・イヴリン(3代子爵、1758–1808)に継承された[註釈 1][5][8][9]。これ以降は現在に至るまで3代子爵の系統によって爵位は継承されている[5]

その息子の4代子爵エドワード(1787–1841)ウルトラ・トーリー英語版に属して、ウェリントン公爵内閣の提出したカトリック解放法案に激しく抵抗した政治家である[10]。彼は1821年のジョージ4世即位記念叙爵に際して、連合王国貴族爵位の「ファルマス伯爵(Earl of Famouth)」に陛爵した[10][11][12]

しかし、その子の2代伯ジョージ(1811–1852)が生涯未婚のまま没すると、伯爵位はわずか2代にして廃絶した[11][9]。一方で、子爵位は初代伯の弟ジョンの長男イヴリンが継承した[5][9]

6代子爵イヴリン(1819-1889)クラシック競馬の馬主として名を馳せた人物で[13]、彼の専属騎手フレッド・アーチャーは8084回騎乗して2748勝を挙げた戦績を誇る[註釈 2][15][14]。また、彼の代に子爵家の抱える地所は25,910エーカー[註釈 3]に達して、コーンウォール州の総面積の3.41%を占めた[16]

その子である7代子爵イヴリン(1847–1918)は1891年に母メアリーから古いイングランド貴族爵位の「ル・ディスペンサー男爵」を継承したため、以降は現在に至るまで同男爵位が子爵位に付随する[5][9]

その孫にあたる9代子爵ジョージ(1919-2022)コーンウォール州統監英語版を務めた[5]

その子の10代子爵エヴリン(1955-)がファルマス子爵家の現当主を務めている。

子爵家の邸宅は、コーンウォール州トゥルーロの近郊に位置するトレゴスナン英語版[5]。かつての邸宅にはケント州ミアワース英語版に位置したミアワース城英語版があった[9]

現当主の保有爵位

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現当主である第10代ファルマス子爵エヴリン・ボスコーエンは、以下の爵位を有する。

フィッツロイ家

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ファルマス子爵(第1期;1674年)

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  • 初代ファルマス子爵(初代ノーサンバーランド公爵)ジョージ・フィッツロイ (1665–1716)(1716年にファルマス子爵位廃絶

ボスコーエン家

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エドワード・ボスコーエン提督。子爵家の出身。

ファルマス子爵(第2期;1720年)

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ファルマス伯爵(1821年)

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ファルマス子爵(第2期;1720年)

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爵位の法定推定相続人は現当主の息子であるイヴリン・ジョージ・ウィリアム・ボスコーエン(1979-)[17][18]

法定推定相続人の法定推定相続人はその息子であるイヴリン・ラルフ・コンスタンティン・ボスコーエン(2015-)[18]

脚注

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註釈

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  1. ^ ジョージ・イヴリンは2代子爵の弟で、ラゴスの海戦を指揮した海軍軍人エドワード・ボスコーエン提督を父に持つ人物。
  2. ^ 騎手アーチャーの勝利のうち、半数以上がファルマス卿の勝利回数だという[14]
  3. ^ に換算すると、約104.9㎢に相当。子爵家はコーンウォール州土地所有者上位10人の一角を占めた[16]

出典

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  1. ^ a b J. M. Rigg; Kilburn, Matthew. "FitzRoy , George, duke of Northumberland". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/9633 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  2. ^ 海保 1999, p. 57-58.
  3. ^ 海保 1999, p. 58-59.
  4. ^ Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (2002). "BOSCAWEN, Hugh II (c.1680-1734), of Tregothnan, Cornw.". In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (eds.). The House of Commons 1690-1715 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年2月1日閲覧
  5. ^ a b c d e f g Falmouth, Viscount (GB, 1720)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年8月11日閲覧。
  6. ^ Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, Herbert Arthur, eds. (1926). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Eardley of Spalding to Goojerat) (英語). Vol. 5 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 246–247.
  7. ^ "No. 5859". The London Gazette (英語). 11 June 1720. p. 4. 2020年8月11日閲覧
  8. ^ Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (英語) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 741.
  9. ^ a b c d e Arthur G.M. Hesilrige. “Debrett's peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc : Free Download, Borrow, and Streaming” (英語). Internet Archive. pp. 362-363. 2020年8月11日閲覧。
  10. ^ a b K. D. Reynolds. "Boscawen, Edward, first earl of Falmouth". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/2932 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  11. ^ a b Falmouth, Earl of (UK, 1821 - 1852)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年8月11日閲覧。
  12. ^ "No. 17724". The London Gazette (英語). 14 July 1821. p. 1461. 2020年8月11日閲覧
  13. ^ Owners and Breeders”. Throughbred Bloodlines. 12 January 2016閲覧。
  14. ^ a b Archer, Frederick James (1857–1886)”. National Horseracing Museum. 13 December 2016閲覧。
  15. ^ ダニエル・クレイグ『競馬 サラブレッドの生産および英国競馬小史』中央競馬ピーアールセンター、1986年、82-83,262-263頁。 
  16. ^ a b Cahill, Kevin (2001). Who Owns Britain. Canongate Books. ISBN 9780862419127 
  17. ^ Evelyn George William BOSCAWEN personal appointments - Find and update company information - GOV.UK” (英語). find-and-update.company-information.service.gov.uk. 2024年9月9日閲覧。
  18. ^ a b Morris, Susan (2018). 『Debrett's Peerage and Baronetage 2019』 (150 ed.). London,England: Marston Book Services. pp. 2583-2584. ISBN 978-1999767006. https://www.google.co.jp/books/edition/Debrett_s_Peerage_and_Baronetage_2019/99tHEAAAQBAJ?hl=ja&gbpv=1&dq=Earl%20Jellicoe%20Debrett's%20Peerage%20and%20Baronetage%202019&pg=PA2583&printsec=frontcover 

参考文献

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関連項目

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