コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ダークツーリズム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブラックツーリズムから転送)
原爆ドーム

ダークツーリズム英語: Dark tourism)とは、災害被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした観光のこと。ブラックツーリズム: Black tourism)または悲しみのツーリズム: Grief tourism)とも呼ばれている[1]

似た概念としてタナツーリズム: Thanatourism)があるが[2]、これは古代ギリシア語で神格化された死を意味するタナトスに由来しており、暴力的な死をよりはっきりと示す時に使われ、多くの人命が失われた歴史に限らず人権問題と関係した施設も対象とする[1]ダークツーリズムより限定的な意味で使われる。

概説

[編集]
アンネ・フランクの家」で列をなす人々(アムステルダム)

ダークツーリズムの基本的な目的として、その悲惨さを後世に伝えていくために関連施設を保存すること(保全目的)と、現地を訪れることで災害や戦争の悲惨さを追体験すること(学習目的)が挙げられる[3]。一般的に観光は娯楽性のあるレジャーであるが、ダークツーリズムにおいては学びの手段として捉えられる[4]

日本においては、慰霊や慰撫に対する日本人の特殊な性質から、従前よりいわゆる「負の遺産」が観光資源として機能してきた[注釈 1][4]。作家の東浩紀やジャーナリストの津田大介チェルノブイリ原子力発電所を対象とした紀行を発表し、その後『福島第一原発観光地化計画[8]』を刊行したことで、災害の被災地をも対象することと併せて「ダークツーリズム」という言葉の認知度が上がった[5][9][10]

研究

[編集]

ダークツーリズムの概念は、1996年グラスゴー・カレドニアン大学英語版の教授、ジョン・レノン(英語: J. John Lennon)とマルコム・フォーリー(英語: Malcolm Foley)によって「人類の悲しみの場をめぐる旅」として提唱された[1][4][5][9][11]

日本での学術発表は2008年にフンク・カロリン(ドイツ語: Funck Carolin)が紹介したのが始まりであるとされ[9][12]、観光学を専門とする井出明らが研究を進めている[1][9]

批判的な見方・留意点

[編集]
ナショナル・セプテンバー11メモリアル&ミュージアム

関連施設の周辺は宿泊施設や土産店などが立ち並ぶ観光スポットになりがちなため、被害者や遺族の悲しみをビジネスに利用しているに過ぎないとするダークツーリズムへの批判もある[3][13]

なお、併設される資料館などには、中立的立場を逸脱して政治的に偏った立場からの展示がなされる場合も多い[3]

また、訪問者の無理解や倫理観の欠如により、当事者に対して心無い言葉が投げかけられる事案も発生している。特に当該地において心の傷が癒えてない人々が存在する場合には注意を要する[4]。被災地の観光は被災社会・被災者の復興に寄与する可能性を秘めているものの、「まなざしをめぐる軋轢」や「観光利益の帰属先を巡る軋轢」を回避するには地域社会との合意形成が肝要である[14]

ダークツーリズムのスポット

[編集]
旧アウシュヴィッツ強制収容所
旧アウシュヴィッツ強制収容所
海軍司令部壕
海軍司令部壕
ムランビ虐殺記念館
ムランビ虐殺記念館
博物館網走監獄
博物館網走監獄
成田空港 空と大地の歴史館の展示資料
成田空港 空と大地の歴史館の展示資料
第五福竜丸船体
第五福竜丸船体
プリピャチの廃墟
プリピャチの廃墟

日本語では「負の遺産」という呼称が用いられることが多いが、英語等の他言語ではこれに相当する語(例:Negative Heritage)は一般的ではない[15]

ダークツーリズムの対象となる場所の例として、以下のようなものが挙げられる。

戦争・虐殺にまつわる場所

[編集]

日本国内

日本国外

災害にまつわる場所

[編集]

日本国内

日本国外

刑務所

[編集]

日本国内

日本国外

人権侵害・事故等にまつわる場所

[編集]

日本国内

日本国外

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 日本以外においても、「アンネの日記」で知られるユダヤ人少女アンネ・フランクの隠れ家への訪問など、提唱以前から旅の一形態として広く知られていた[5]。井出明はヨーロッパで特にダークツーリズムが広がりを見せている背景として、キリスト教の教えを通じて「天国と地獄」「天使と悪魔」「生と死」のように相反する概念を一対とする価値観を身につけ影の部分を残す行為に違和感を持たないこと、石造りの建造物が多く容易に取り壊しができないこと、ホロコースト否認への対抗でユダヤ社会やポーランド政府がアウシュヴィッツを観光地化したことなどを挙げている[6][7]
  2. ^ 山岳ベース事件で殺害された活動家が埋められた[41]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n ダークツーリズム」『知恵蔵』https://kotobank.jp/word/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0コトバンクより2022年5月15日閲覧 
  2. ^ Heritage, Museums and Galleries: An Introductory Reader, by Gerard Corsane, 2005. Page 266
  3. ^ a b c ダークツーリズム」『日本大百科全書』https://kotobank.jp/word/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0コトバンクより2022年5月15日閲覧 
  4. ^ a b c d 井出明日本におけるダークツーリズム研究の可能性」(PDF)『進化経済学会論集』第16巻、進化経済学会、2012年3月、CRID 10102822570911127132022年12月25日閲覧 
  5. ^ a b c ダークツーリズム」『知恵蔵mini』https://kotobank.jp/word/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0コトバンクより2022年5月15日閲覧 
  6. ^ 世界で注目「ダークツーリズム」 取り入れ方を知り、いつもとちょっとちがう旅に”. 朝日新聞GLOBE+ (2019年8月15日). 2021年3月9日閲覧。
  7. ^ 風来堂 2017, pp. 19–20.
  8. ^ 東浩紀 (2013-11-15). 福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2. ゲンロン. ISBN 978-4-907188-02-3. OCLC 864827035. https://www.worldcat.org/oclc/864827035 
  9. ^ a b c d 竹内正人; 竹内利江; 山田浩之『入門 観光学』(初)古今書院、2018年、239-251頁。ISBN 978-4-623-07763-2OCLC 1027622420 
  10. ^ インタビュー:井出明「ダークツーリズムの可能性」GRAPHICATION No.193 2014.7. p.20
  11. ^ Foley, Malcolm; Lennon, J. John (1996-12-01). “Editorial: Heart of darkness”. International Journal of Heritage Studies 2 (4): 195–197. doi:10.1080/13527259608722174. ISSN 1352-7258. https://doi.org/10.1080/13527259608722174. 
  12. ^ カロリン, フンク「「学ぶ観光」と地域における知識創造(「知識・学習」と地理学,2007年度秋季学術大会シンポジウム)」『地理科学』第63巻第3号、地理科学学会、2008年、160-173頁、doi:10.20630/chirikagaku.63.3_160 
  13. ^ Jayson Blair (2002年6月29日). “Tragedy turns to tourism at Ground Zero” (英語). THE ACE. 2013年6月3日閲覧。
  14. ^ 間中光「「観光を通じた災害復興」研究に関する基礎的考察」『観光学評論』第4巻第1号、2016年、19-32頁、doi:10.32170/tourismstudies.4.1_19 
  15. ^ 風来堂 2017, p. 20.
  16. ^ 風来堂 2017, p. 116.
  17. ^ 風来堂 2017, pp. 80–83.
  18. ^ 丹賀砲台園地”. 佐伯市観光大百科. 2021年1月17日閲覧。
  19. ^ 風来堂 2017, p. 117.
  20. ^ 風来堂 2017, pp. 90-95・102-113.
  21. ^ 風来堂 2017, pp. 136–143.
  22. ^ 風来堂 2017, pp. 204–211.
  23. ^ 風来堂 2017, pp. 220–221.
  24. ^ 風来堂 2017, pp. 196–203.
  25. ^ 風来堂 2017, pp. 118–195.
  26. ^ 風来堂 2017, pp. 72–75.
  27. ^ 井出 2017, pp. 173–185.
  28. ^ 風来堂 2017, p. 114.
  29. ^ 井出 2017, pp. 66–73.
  30. ^ 風来堂 2017, p. 176.
  31. ^ 風来堂 2017, p. 223.
  32. ^ 風来堂 2017, p. 222.
  33. ^ 風来堂 2017, pp. 64–67.
  34. ^ 風来堂 2017, pp. 68–71.
  35. ^ 風来堂 2017, pp. 54–57.
  36. ^ 井出 2017, pp. 110–113.
  37. ^ 風来堂 2017, p. 119.
  38. ^ 風来堂 2017, p. 115.
  39. ^ 風来堂 2017, p. 118.
  40. ^ 井出, 明; 深笛, 義也 (2020-03-30). “開港40年 遺されたものと失われたもの 成田空港ダークツーリズム”. 空港をゆく 改訂版 (イカロス出版): 114-119. 
  41. ^ 赤軍元メンバー「過ち認めきってない」永田死刑囚病死”. asahi.com. 朝日新聞社 (2011年2月7日). 2021年2月18日閲覧。
  42. ^ 風来堂 2017, pp. 44–47.
  43. ^ 風来堂 2017, pp. 48–53.
  44. ^ 風来堂 2017, pp. 128–135.
  45. ^ 風来堂 2017, p. 177.
  46. ^ Korstanje, M. 2011. "Detaching the elementary forms of Dark Tourism". Anatolia, an international Journal of Tourism and Hospitality Research. Vol 22(3), pp. 424-427
  47. ^ Korstanje, M. 2012. "Review of The Discourse of Tragedy : what Cromagnon Represents". Essays in Philosophy, Vol. 13(1), pp. 392-394. Oregon, USA

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]