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ブリウド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Brioude


地図
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏
(département) オート=ロワール県
(arrondissement) ブリウド郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 43040
郵便番号 43100
市長任期 ジャン=ジャック・フォーシェ
2001年 - 2008年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du Brivadois
人口動態
人口 6 676人
2007年
人口密度 494人/km2
住民の呼称 Brivadoises/Brivadois
地理
座標 北緯45度17分42秒 東経3度23分06秒 / 北緯45.295度 東経3.385度 / 45.295; 3.385座標: 北緯45度17分42秒 東経3度23分06秒 / 北緯45.295度 東経3.385度 / 45.295; 3.385
標高 平均:?m
最低:414 m
最高:622m
面積 13.52km2 (1 352ha)
Brioudeの位置(フランス内)
Brioude
Brioude
公式サイト Site officiel de la ville de Brioude
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ブリウドフランス語:Brioudeオック語:Briude)は、フランスオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏オート=ロワール県コミューン

地理

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県北部に位置するブリウドは、オーヴェルニュ地方の小さな高原、リマーニュ(fr)に接している。古い名をBrivaといい、これは橋を意味していた。

歴史

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サン=ジュリアン聖堂

コミューン南部から出土した陶器の破片から名前が確認されており、ラ・テーヌ文化の時期からブリウドに人が定住していた[1]

最盛期のブリウドの名を知らしめたのは聖ユリアヌス信仰の出現である。ブリウデで生まれローマ兵士となったユリアヌス(フランス語名Julien)はキリスト教に改宗し、ディオクレティアヌス帝時代の迫害で殉教した[2]トゥールのグレゴリウスはその著作でユリアヌスについてふれている。オーヴェルニュ出身で西ローマ皇帝になったエパルクス・アウィトゥス(fr)は、殉教者ユリアヌスの墓の近くに埋葬されたという。

475年以降、オーヴェルニュを支配していた西ゴート王エウリックは、聖ユリアヌスのバシリカを拡張するため近くの古い遺跡を解体させた。

12世紀から建設され14世紀に完成したバシリカ、サン=ジュリアン・ド・ブリウド聖堂は、高さが72mあり、オーヴェルニュ最大のロマネスク建築である。

クリュニー修道院の第5代院長となったオディロンは、若いころサン=ジュリアン・ド・ブリウド聖堂で学んだ。

聖王ルイ時代から特に、王の権威は徐々に町そのものに移行し、アンシャン・レジーム期の終わりまでブリウド伯爵の称号を持つ聖職者が自治体のいかなる試みにも反対する体系ができあがった。

ブリウドには郡裁判所があったが、ダティ法相時代に廃止された。

経済

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農業(穀物生産、ウシの飼育)、食品加工、木材加工、観光(フライフィッシングが知られる)が盛ん。オーヴェルニュで生産されるヒマワリの約12%がブリウド周囲で栽培される。

交通

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  • 道路 - A75がコミューンの西10マイルを通過する
  • 鉄道 - TERセヴェンヌ線

出身者

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姉妹都市

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脚注

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  1. ^ Notamment lors des fouilles de l'institution Saint-Julien par l'abbé Cubizolles, voir P. Cubizolles, "matériel archéologique de Brioude et de la région saugaine remis au C.N.R.S. de Clermont-Gerrand, in Almanach de Brioude, t. 59, 1979, p. 253-259 et Carte archéologique de la Gaule. La Haute-Loire, B. Rémy, M. Provost (dirs.), Paris, 1994,p. 53-56, art. 040.
  2. ^ Voir G. Fournier,Les origines de Brioude, in Almanach de Brioude, t. 40, 1960, p. 9-58 et du même auteur, Les origines de Brioude. Notes complémentaires, in Almanach de Brioude, t. 41, 1961, p. 31-42.