ポミエ (ロワール県)
Pommiers | |
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行政 | |
国 | フランス |
地域圏 (Région) | オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏 |
県 (département) | ロワール県 |
郡 (arrondissement) | ロアンヌ郡 |
小郡 (canton) | ボエン=シュル=リニョン小郡 |
INSEEコード | 42173 |
郵便番号 | 42260 |
市長(任期) |
アンリ・シェルブラン[1] (2014年-2020年) |
自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes des Vals d'Aix et d'Isable |
人口動態 | |
人口 |
363人 (2014年) |
人口密度 | 15人/km2 |
地理 | |
座標 | 北緯45度49分48秒 東経4度03分57秒 / 北緯45.83度 東経4.06583333333度座標: 北緯45度49分48秒 東経4度03分57秒 / 北緯45.83度 東経4.06583333333度 |
標高 |
平均:? m 最低:318 m 最高:408 m |
面積 | 23.84km2 |
公式サイト | pommiers.fr |
ポミエ (Pommiers)は、フランス、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏、ロワール県のコミューン。
地理
[編集]県中部にあり、サンテティエンヌから41km離れており、フォレ地方の平原にある。
歴史
[編集]ポミエにおける人の定住の最古の痕跡は青銅器時代にさかのぼる。実際に、コミューンにおいてこの時代の墓が発掘されている。しかし、そこは現在の村落の場所ではなかった。
ガロ=ローマ時代の村は、トラヤヌス帝時代にさかのぼる。この時代の遺跡は今でも見ることができる。軍隊の境界標、教会の主祭壇(サルコファガスを再利用したもの)、大理石製の石柱も教会で再利用されている。
修道士たちが初めてポミエに定住したのは9世紀である。彼らベネディクト会派修道士たちが、村に最初の教会であるサン・ジュリアン教会を建てた。この建物は現在住居として使われている。10世紀、修道士たちはクリュニー修道院の改革に従い、クリュニーの指導の下で繁栄した。彼らは現在のポミエの教会、サン・ピエール・エ・サン・ポール教会を建てた。百年戦争中の14世紀から15世紀に変わるころ、村は要塞と城壁に囲まれていた。村は古い州のフォレに属していた。
1789年、フランス革命とともに、修道士たちは小修道院から追放され、建物は没収され国有財産として売却された。様々なブルジョワ階級の家系が建物の主人となって、建物をシャトーに変えて暮らしていた。
1946年、カトリックの在俗献身者、マリー・テレーズ・ド・ロズモンはシャトーを購入し、引退した司祭たちを迎える会を創設した。しかし1990年代には、会はシャトーを維持する手段がなくなり、ロワール県議会に売却され、以降に修復が行われ、見学が可能になった。
人口統計
[編集]1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2007年 | 2014年 |
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437 | 410 | 322 | 323 | 296 | 374 | 385 | 363 |
参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[2]、2006年以降INSEE[3][4]。
ギャラリー
[編集]-
門と教会の塔
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ローマ時代の境界標
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古い橋
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修道院の回廊
脚注
[編集]- ^ "POMMIERS". le site de l'association des maires de France. 2015年5月31日閲覧。.
- ^ http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=27428
- ^ https://www.insee.fr/fr/statistiques/2534314?geo=COM-42173
- ^ http://www.insee.fr