ミュールシング
ミュールシング (英語 mulesing) は、羊への蛆虫(クロバエ科のヒツジキンバエなどの幼虫)の寄生を防ぐため、子羊の臀部(陰部と表現されることもある)の皮膚と肉を切り取ること[1]。名前は考案者のジョン・ミュールズ (John W. H. Mules) にちなむ[1]。
1930年代から、オーストラリアでメリノ種に対し広く行われるようになり、ニュージーランドでも行われていた。
羊毛用に品種改良されたメリノ種は、多くの羊毛を採取するために皮膚面積が広く、全身の皮膚に深い皺がある。そのため、臀部・陰部の皺に糞尿がたまりやすく、蛆虫が繁殖しやすい。そうなると、羊は蛆虫に皮膚や肉を食い破られ、死に至ることもある。それを予防するため、ミュールシングがなされる。ミュールシング以外では、薬品を使う方法(ケミカルトリートメント)などがある。
批判、分かれた対応[編集]
ミュールシングの多くは無麻酔でおこなわれ、また傷跡の治療なども行われない。そのこともあり、動物愛護の面から批判がある。
Australian Wool Innovationの市場情報レポートによると、オーストラリアの46%のウールが麻酔なしでミュールシングされたものであると推定される[2][3]。
- ニュージーランドの対応
非難の声が高まったので、ニュージーランドの羊毛産業界は2007年からミュールシングの段階的廃止を進め、さらにニュージーランド政府が2018年10月にこれを廃止すると正式に法律で定めた[4]。
- オーストラリアの対応
他方、オーストラリアのほうは、ミュールシングをやり続けている国として最後の国となってしまった[5]。
2004年、アメリカ合衆国の動物愛護団体「PETA」はオーストラリアにミュールシングの停止を訴え、小売店にオーストラリア産羊毛製品のボイコットを訴えた[6]。2008年2月には、スウェーデンに本社を持ち世界各国に展開する大手衣料品会社ヘネス・アンド・モーリッツ (H&M)がオーストラリア産ウールを使用しないことを発表した[7]。
オーストラリアの羊毛産業は、"2010年までにミュールシングを廃止する"と約束していたが、2009年にその約束を放棄してしまった[8]。
オーストラリアのウール生産業者の頂点に位置する団体 Wool Producers Australia (WPA)は、「ミュールシングの代用になると誰もが(universally)認めたものしか採用しない」とのポリシーを表明しており、これは結局のところ、オーストラリアのウール生産のステークホルダー(利害関係者)全員が認めないと廃止しない、ということを暗に主張している[5]。この主張が示していることは、羊毛生産業が成長しつつある他の国はすでにミュールシングを廃止したというのにオーストラリアの生産業者たちは苦痛に満ち時代遅れとなったミュールシングというやり方にいまだに固執しつづけているということであり、オーストラリアという国が動物福祉に関してはリーダーシップをとることができない残念な国だということを世に知らしめる結果を生んでいる[5]。
脚注[編集]
- ^ a b Ellis, Sue (2005年7月20日). “Australian wool in animal rights row”. BBC 2007年11月7日閲覧。
- ^ “Mulesing under pressure from Merino wool value chain players”. MOFFITTS FARM (2016年5月2日). 2019年8月10日閲覧。
- ^ There's Nothing Like Australia's Cruelty Youtube オーストラリアの農業従事者から動物保護団体PETAに送られてきた動画
- ^ Kristen Frost (2018年9月10日). “New Zealand prohibits the practice of mulesing in sheep”. farm online national. 2019年8月10日閲覧。
- ^ a b c RSPCA, No matter how it’s spun, mulesing and sheep welfare don’t knit together
- ^ Hogan, Jesse (2004年10月15日). “Farmers ridicule US wool ban”. Melbourne: The Age 2008年3月1日閲覧。
- ^ 羊への残虐行為を批判、オーストラリア産ウールがボイコットされる:オーストラリアニュース2008年02月16日08時00分 JAMS.TV Pty Ltd
- ^ “Mulesing Deadline Delay”. Animals Australia (2009年7月28日). 2019年8月10日閲覧。