ヤラアーンドゥー
ヤラアーンドゥー[1](Yaraandoo, Yaraändoo, Yaraan-doo[注 1]; 「白いガムトリー(⇒ユーカリの木)のある所」を意味する[8])は、オーストラリア・アボリジニの神話の一つにおいて南十字星を指す言葉[注 2]。
アボリジニの伝承として、以下のような話が伝わっている[10][注 3][注 4]。
原初の頃、天空の王バイアメが地上に居た時、2人の男と1人の女を創造した。バイアメは彼らに食べられる植物について教え、地上を去った。
しばらくして、旱魃が発生し、彼らは飢え始めた。男のうちの1人と女は動物[注 5]を狩って殺し、その肉を食べて空腹を満たした。もう一人の男は肉を食べることを固辞し[注 6]、2人の元を去った。2人は彼を追いかけた。
彼は飢えにより、白いユーカリの木(Yaraän[5] ヤラアーン[11])の下で倒れた。すると、2人は彼の傍に燃えるような2つの眼を持った黒い人影を見た。それは死の精霊ヨウィー[12] (Yowi[5]) であった。人影は彼の死体を木の洞に落とし入れた。木は大地を離れ、天空へと飛び上がって行った。また2羽のバタンインコ[13] (Mooyi[5] ムーイー[14]) がそれを追って行くのが見えた。
天空に上がった木は、天空の神々が住まう地に繋がる天の川 (Warrambool[5] ワーランブール[15]) の近くに根を下ろした。静寂が訪れ、木はしだいに見えなくなっていった。残された2人に見えるのは、4つの燃えるような眼だけであった。2つは死の精霊の眼であり、残りの2つは死んだ男の眼である。これが今の南十字星であり、ヤラアーンドゥー(白いユーカリの木のある所[16])と呼ばれている。また2羽のバタンインコは南の指極星(ケンタウルス座α星・β星)となり、ムーイーと呼ばれている。またこれが人間の死の起源であるという[5][注 7]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 綴りとしては、Yaraandoo[2], Yaraändoo[3], Yaraan-doo[4], Yaraän-doo[5], Yaraan-do[6][7] がみられる。
- ^ アボリジニの神話における、南十字星に関する神話や南十字星を指す言葉は他にもある。例えばヌーンガーの人々における Koodjal Koodjal Djookan (四姉妹を意味する)[9]など。
- ^ Fuller, Norris & Trudgett (2013), p. 13によると、古くはK・ラングロー・パーカーの1914年の報告 (Parker (1914), p. 8) に以下に記載するような詳細な伝承がみられ、その後、伝承収集者たちによって繰り返し語られているという(例として1968年の文献が挙げられている)。
- ^ 主に大陸東部のカミラロイ族(ユーアライを含む)の伝承として言及されている。『幻想世界神話辞典』では大陸南西部・ヌーンガー地方のダーエン民族の伝承でもあるとしている。
- ^ Greenway (1965), pp. 8–9ではカンガルーラット、Reed (1965), pp. 34–36ではカンガルーとなっている。
- ^ Reed (1965), pp. 34–36では理由を「バイアメから教わったことではないから」「お前たちがこのような事をしたせいで、恐ろしい事が起こるだろう」「バイアメの子らを食べるなら飢えた方がましだ」としている。
- ^ ただしアボリジニの神話における死の起源説話は他にもある。Reed (1965), p. 21 "Ber-rook-boorn" など。
出典
[編集]- ^ 「ヤラアーンドゥー」の表記はパーカー & 松田訳 (1996), p. 28(「南十字星」の章); p. 307(「アボリジニー用語集」の章)にみられる。
- ^ Parker 1930, p. 20.
- ^ Parker & Drake-Brockman 1953, p. 235.
- ^ Spender 1988, p. 385.
- ^ a b c d e f Greenway 1965, p. 9.
- ^ Reed 1965, p. 36.
- ^ Haynes 1992, p. 133.
- ^ パーカー & 松田訳 (1996), p. 28(「南十字星」の章); p. 307(「アボリジニー用語集」の章)では「白いガムトリーのある所」とし、 p. 26 訳注にて「オーストラリアでは一般にユーカリの樹をガムトリーと言い」と説明している。原著であるParker & Drake-Brockman (1953), p. 10 では
the place of the white gum-tree
。その他、 Heynes (2012), p. 74 ではa white eucalyptus tree
(白いユーカリの木)と表現されている。二宮 (2007), p. 109 でも「白いユーカリの木」とされている。 - ^ “Koodjal-koodjal Djookan”. Noongar Boodjar Language Cultural Aboriginal Corporation. 2023年8月16日閲覧。; incubator:Wp/nys/Koodjal Koodjal Djookan (Southern Cross) も参照。
- ^ 主にGreenway (1965), pp. 8–9を参照して記載した。Reed (1965), pp. 34–36も参考とした。
- ^ 「ヤラアーン」の表記はパーカー & 松田訳 (1996), p. 26(「南十字星」の章); p. 307(「アボリジニー用語集」の章)にみられる。
- ^ 「ヨウィー」の表記はパーカー & 松田訳 (1996), p. 27(「南十字星」の章)にみられる。 p. 308(「アボリジニー用語集」の章)では「ヨーウィー」の表記となっている。原著であるParker & Drake-Brockman (1953), p. 10(「南十字星」の章) では「Yowi」、 p. 235(「アボリジニー用語集」の章)では「Yowi (yowee)」となっている。
- ^ パーカー & 松田訳 (1996), p. 27(「南十字星」の章)では「黄色い冠毛の白いコッカトゥー(バタンインコ)」としている。他、Greenway (1965), p. 9 では
yellow-crested white cockatoos
the white cockatoos
となっている。 - ^ 「ムーイー」の表記はパーカー & 松田訳 (1996), pp. 27, 28(「南十字星」の章); p. 306(「アボリジニー用語集」の章)にみられる。
- ^ 「ワーランブール」の表記はパーカー & 松田訳 (1996), p. 27(「南十字星」の章); p. 308(「アボリジニー用語集」の章)にみられる。p. 27 では丸括弧書きで「ワーランブール(銀河)」と訳している。
- ^ Greenway (1965), p. 9
the place of the white gum-tree
参考文献
[編集]- Fuller, Robert S.; Norris, Ray P.; Trudgett, Michelle (2013). "The Astronomy of the Kamilaroi People and their Neighbours" (英語). arXiv:1311.0076 [physics.hist-ph]。
- Haynes, R. D. (1992). “Aboriginal Astronomy”. Australian Journal of Astronomy 4 (3): 127-140. Bibcode: 1992AuJA....4..127H . - リンク先のPDFは、親ページによると著者の許可を得て掲載しているとのこと。
- Haynes, Roslynn D. (2012). “Astronomy and the Dreaming The Astronomy of the Aboriginal Austraians”. In Helaine Selin. Astronomy Across Cultures : The History of Non-Western Astronomy. Springer Science & Business Media. pp. 53-90 - 74頁、伝承部分はHaynes (1992)と同様の文だが、出典が追記されており、Reed (1965)を参照しているとのこと。
- Parker, K. L. [in 英語] (11 April 1914). "A Kamilaroi Legend of the Southern Cross". The Mail. Adelaide. p. 8.
- Parker, Katie Langloh (1930). “Yaraandoo : A Kamilaroi Legend of the Southern Cross”. Woggheeguy : Australian Aboriginal Legends. F.W. Preece & sons. pp. 20-21
- Parker, Katie Langloh (1953). Drake-Brockman, Henrietta. ed. Australian Legendary Tales. Angus and Robertson
- Greenway, John (1965). The Primitive Reader : An anthology of myths, tales, songs, riddles, and proverbs of aboriginal peoples around the world. Folklore Associates
- Reed, A. W. (1965). Aboriginal fables and legendary tales - 1998年(Internet Archive)、2006年(ISBN 978-1876334109)などの再版あり。
- Spender, Dale (1988). The Penguin anthology of Australian women's writing. Penguin Books
- 二宮, 公太郎「研究ノート : アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』2007年、105-113頁。 - 107-108頁に、ヤラアーンドゥーの名称の記載は無いが、南十字星の伝承の記載あり。113頁に参考文献として記載のある文献は以下。
- ジーン・A・エリス 著、国分寺翻訳研究会 訳、森秀樹 監修『オーストラリア・アボリジニの伝説――ドリームタイム』大修館書店、1998年12月。ISBN 978-4469244366。
- K・ラングロー・パーカー 著、松田幸雄 訳『アボリジニー神話』青土社、1996年3月。ISBN 978-4791754366。 - Parker & Drake-Brockman (1953) の抄訳(参考:アボリジニー神話 - CiNii 図書)
- 池田まき子『アボリジニのむかしばなし――オーストラリア先住民』新読書社、2002年9月。ISBN 978-4788091207。
関連項目
[編集]- ミキストリ (漫画) - 1990年連載開始の漫画。ヤラアンドの表記で登場するエピソードがある(1巻、136頁;Google Books)。作中では「アボリジニ最大の神」で「南十字星」「ガツムリー〔ママ〕の木に幽閉されている」「月男(ジャバナ)〔⇒ヨウィーからか?〕と2羽の神鳥カクトー〔⇒コッカトゥーからか?〕に守られている」とされている。
外部リンク
[編集]- ヨウィ - オーストラリア先住民族の神話・民話 - 幻想世界神話辞典 - ヤラアーンドゥーの解説あり。親ページ(オーストラリア先住民族(アボリジニ)の神話・民話)によると参考資料は『ユーカリの森に生きる―アボリジニの生活と神話から』(松山利夫、1994年、日本放送出版協会、ISBN 978-4140016978)。他、「星、星座の神話・民話」のページでも言及あり。