ラルス・ヘルミニウス・コリティネサヌス
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ラルス・ヘルミニウス・コリティネサヌス Lars Herminius Coritinesanus | |
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出生 | 不明 |
死没 | 不明 |
出身階級 | パトリキ |
氏族 | ヘルミニウス氏族 |
官職 | 執政官(紀元前448年) |
ラルス (もしくはスプリウス) ・ヘルミニウス・コリティネサヌス(ラテン語: Lars (Sprius) Herminius Coritinesanus、生没年不詳)は共和政ローマの政治家・軍人。紀元前448年に執政官を務めた。なお、カピトリヌスのファスティはこの年の部分が破損しており、彼の名前はリウィウスは「Sp. Herminius」[1]、ディオニュシオスは「Λάρος Έρμίνιος」[2]、ディオドロスは「Λαρῖνον Ἑρμίνιον」[3]、354年の年表では「Coritinesano (et Tricosto) 」と諸説ある。ここではT. R. S. Broughtonに従う[4]。
経歴
[編集]紀元前448年、ヘルミニウスは同僚のティトゥス・ウェルギニウス・トリコストゥス・カエリオモンタヌスと共に執政官に選出された。『ローマ古代誌』はこの年の記述が失われているが、リウィウスによれば、この年の護民官が、前年行われた選挙で定員10名のところ5名しか選出されていなかったため、残り5名が現職護民官によって決められ、その中にパトリキである紀元前454年に執政官を務めた2人も含まれていた[5]。護民官の1人ルキウス・トレボニウスはこのことに憤り、護民官選挙は定員の10名が決まるまで続けるとするトレボニウス法を提出した。それ以外では国内外とも平和であったという[6]。
出典
[編集]参考文献
[編集]- ティトゥス・リウィウス 著、岩谷智 訳『ローマ建国以来の歴史 2』京都大学学術出版会、2016年。
- T. R. S. Broughton (1951, 1986). The Magistrates of the Roman Republic Vol.1. American Philological Association
関連項目
[編集]公職 | ||
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先代 執政官 ルキウス・ウァレリウス・ポティトゥス マルクス・ホラティウス・バルバトゥス |
執政官 同僚:ティトゥス・ウェルギニウス・トリコストゥス・カエリオモンタヌス 紀元前448年 |
次代 執政官 マルクス・ゲガニウス・マケリヌス ガイウス・ユリウス・ユッルス |