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ラルス・ヘルミニウス・コリティネサヌス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ラルス・ヘルミニウス・コリティネサヌス
Lars Herminius Coritinesanus
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
氏族 ヘルミニウス氏族
官職 執政官(紀元前448年)
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ラルス (もしくはスプリウス) ・ヘルミニウス・コリティネサヌスラテン語: Lars (Sprius) Herminius Coritinesanus、生没年不詳)は共和政ローマの政治家・軍人。紀元前448年執政官を務めた。なお、カピトリヌスのファスティはこの年の部分が破損しており、彼の名前はリウィウスは「Sp. Herminius[1]ディオニュシオスは「Λάρος Έρμίνιος[2]ディオドロスは「Λαρῖνον Ἑρμίνιον[3]、354年の年表では「Coritinesano (et Tricosto) 」と諸説ある。ここではT. R. S. Broughtonに従う[4]

経歴

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紀元前448年、ヘルミニウスは同僚のティトゥス・ウェルギニウス・トリコストゥス・カエリオモンタヌスと共に執政官に選出された。『ローマ古代誌』はこの年の記述が失われているが、リウィウスによれば、この年の護民官が、前年行われた選挙で定員10名のところ5名しか選出されていなかったため、残り5名が現職護民官によって決められ、その中にパトリキである紀元前454年に執政官を務めた2人も含まれていた[5]。護民官の1人ルキウス・トレボニウスはこのことに憤り、護民官選挙は定員の10名が決まるまで続けるとするトレボニウス法を提出した。それ以外では国内外とも平和であったという[6]

出典

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  1. ^ リウィウス, 3.65.2.
  2. ^ ディオニュシオス『ローマ古代誌』11.51.1
  3. ^ ディオドロス『歴史叢書』12.27.1
  4. ^ Broughton, p.50.
  5. ^ リウィウス, 3.65.1.
  6. ^ リウィウス, 3.65.2-4.

参考文献

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関連項目

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公職
先代
執政官
ルキウス・ウァレリウス・ポティトゥス
マルクス・ホラティウス・バルバトゥス
執政官
同僚:ティトゥス・ウェルギニウス・トリコストゥス・カエリオモンタヌス
紀元前448年
次代
執政官
マルクス・ゲガニウス・マケリヌス
ガイウス・ユリウス・ユッルス