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ルドルフ・ミュンガー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ルドルフ・ミュンガー
Rudolf Münger
自画像 (1888年)
生誕 (1862-11-10) 1862年11月10日
スイス、ベルン
死没 1929年9月17日(1929-09-17)(66歳没)
スイス、ベルン
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ルドルフ・ミュンガーによるステンドグラスのデザイン

ルドルフ・ミュンガー(Rudolf Münger、1862年11月10日 - 1929年9月17日)は、スイスの画家、イラストレーターである。1880年から出版されたヨハンナ・シュピリの小説『アルプスの少女ハイジ』の装飾や挿絵を描いたことで知られている。

略歴

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ベルンで生まれた[1]。父親は建物の左官や装飾画を描く仕事をしていた。16歳からヌーシャテルで建築の装飾の訓練を受け、1年ほどオランダのユトレヒトに近いLaage-Vuurscheで見習いをした後1881年から父親の工房で働きながらベルンの美術学校で学んだ[2]

1883年から1888年の間、何度か中断しながらミュンヘンの工芸学校で学び[1]、1888年から1889年の間はパリで、アカデミー・ジュリアン国立高等装飾美術学校でも学んだ[1]

ベルンに帰国すると1898年まで工芸学校の教師を務め、その後フリーランスの画家になった。1890年に結婚し1894年までに2人の娘が生まれた[2]

1904年からベルンのベーレン広場の噴水の彫刻のデザインにかかわったり、ベルンの有名なレストラン「Kornhauskeller」などの装飾画を描き教会のステンドグラスもデザインした。

小説家イェレミアス・ゴットヘルフの著作やヨハンナ・シュピリの小説『アルプスの少女ハイジ』の装飾や挿絵を描いた。オットー・フォン・グライエルツ(Otto von Greyerz)が1907年から1925年まで6巻で出版した民謡集『Im Röseligarte』のイラストレーターとしても知られている。

1929年9月にベルンで脳卒中のため 66歳で亡くなった。[3]

作品

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脚注

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  1. ^ a b c Tapan Bhattacharya (trad. Denis Rohrer), « Rudolf Münger » dans le Dictionnaire historique de la Suisse en ligne, version du 7 mai 2008.}
  2. ^ a b Brigitte Bachmann-Geiser, « Rudolf Münger », sur SIKART Dictionnaire sur l'art en Suisse, 2014.
  3. ^ Ulrich Wehrli, « Rudolf Münger (1862-1929) : ein Künstler ausserhalb der Kunstströmungen seiner Zeit », Librarium (revue de la Société suisse des bibliophiles), vol. 3, no 41,‎ 1998, p. 166-182

参考文献

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  • Hans-Rudolf Christen et Anna C. Stiefel, Rudolf Münger (1862-1929): ein Berner Maler und seine Exlibris, Zurich, Schweizerischer Ex Libris Club, 2012, 70 p.
  • Burgerbibliothek Bern (dir.), Rudolf Münger und sein Künstlerkreis : schöne Welt im Kornhauskeller, Berne, Stämpfli, 2011, 127 p. (ISBN 9783727212284)
  • Hermann Wahlen, Rudolf Münger : ein Berner Maler, 1862-1929 : Leben und Werk, Berne, GS-Verlag, 1985, 102 p. (ISBN 3718530562)