レイマン・コントロール
レイマン・コントロール、ないし、レイマンコントロール(英語: layman control)は、一般的に行政等の分野において、専門家ではない一般市民に統制権限を委ねることをいい[1]、特にアメリカ合衆国の教育行政制度における重要な原則となっている考え方[2]。第二次世界大戦後の日本における教育委員会制度においても、プロフェッショナル・リー ダーシップ(professional leadership、専門的指導性)とともに重要な理念とされている[3]。
英語では、lay control ともいい、日本語では、素人統制、民衆統制、住民統制、民主的統制などの訳語があり[3]、さらにしろうと管理[2]などと訳されることがある。
日本の教育委員会制度における理念
[編集]日本の教育委員会制度の理念については、レイマン・コントロールとプロフェッショナル・リー ダーシップの調和にあるとされる[3][4]。
連合国軍占領下の1948年に導入された教育委員会は、従前の中央集権的な教育行政を排し、また地方の首長からも一定の距離を置いた独立した行政機関であり、「教育の専門家ではない非常勤の委員による合議制の執行機関で、教育の政治的中立性、安定性を確保しつつ、住民の意思と社会の良識を教育行政に反映させようという制度」としてレイマン・コントロールの理念に立つものであった[5]。教員の教育行政への参画を排除する考え方は、教員に労働者としての団結権を認める方針との関係の中で強調されたものであった[6]。
教育委員は、制度発足当初は公選制によって選ばれていたが、政治的対立が教育委員会に持ち込まれるなどしたため、1956年に「政治的中立性の確保と一般行政との調和の実現を目的として」「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定され、首長による任命制へと移行した[7]。現行のレイマン・コントロールについて、第41回中央教育審議会地方教育行政部会では、「専門家だけの判断に偏することなく、住民のニーズを適切に施策に反映させる仕組み」、「裁判員制度と同じで、専門家だけだと偏った方向へ行くという考え方が、レイマンコントロールに道を開いている」といった見解が述べられており、レイマンの概念についても「これまで素人という意味合いが強かったが、むしろ予断や偏見を排して事柄に臨む人たちと考えるべき」、「素人でなく、一般常識人と捉えるべき」といった見解が述べられている[8]。
脚注
[編集]- ^ 「レイマンコントロール」『デジタル大辞泉』 。コトバンクより2024年4月27日閲覧。
- ^ a b 「レイマン・コントロール」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』 。コトバンクより2024年4月27日閲覧。
- ^ a b c 雲尾周「書評 大畠菜穂子著『戦後日本の教育委員会―指揮監督権はどこにあったのか―』(勁草書房 2015年)」『日本教育経営学会紀要』第59号、2017年、167頁、2024年4月27日閲覧。
- ^ 大畠菜穂子「教育委員会と教育長の権限関係をめぐる立法過程:1949・50年の教育委員会法一部改正法案を中心に」『日本教育行政学会年報』第38巻、日本教育行政学会、2012年、82-98頁、CRID 1390001206120635520。「教育委員会制度は,合議体の教育委員会によるレイマン・コントロールと教育長によるプロフェッショナル・リーダーシップの抑制と均衡を理念として,1948年の「教育委員会法」(旧法)のもとに成立した。」
- ^ 戸田浩史「教育委員会は再生できるか ― 地方教育行政法改正を前に ―」(PDF)第348号、参議院事務局、2014年、CRID 1520854805645873792、2024年4月27日閲覧。
- ^ 古野博明「戦後教育行政制度改革と教育自治」『北海道大學教育學部紀要』第23号、1974年、145-186頁、CRID 1050564288945148032。
- ^ “2.教育委員会の在り方 1 教育委員会制度の現状と課題”. 文部科学省. 2024年4月27日閲覧。
- ^ “2.教育委員会制度の在り方”. 文部科学省. 2024年4月27日閲覧。