レボアルファアセチルメタドール
レボアルファアセチルメタドール(INN:levacetylmethadol)は、メサドンに似た構造をした合成オピオイドの1つである。なお、デクストゥロアルファアセチルメタドールは、レボアルファアセチルメタドールの光学異性体である。
構造
[編集]その構造から明らかなように、レボアルファアセチルメタドールには2箇所のキラル中心が存在する。したがって、その組み合わせによって、4通りの立体配座が存在する[注釈 1]。この4通りの混合物がアセチルメタドールである。その中の2通りの化合物に該当するアルファアセチルメタドールを、光学分割して、左旋性の分子だけにした物が、レボアルファアセチルメタドールである[注釈 2]。これらは、いずれも、化学式がC23H31NO2であり、したがって、そのモル質量は、約353.50 (g/mol)である。なお、常温常圧では固体として存在し、その常圧での融点は215 ℃である。
生理活性・毒性
[編集]作用持続時間
[編集]レボアルファアセチルメタドールは、CYP3A4で代謝されるものの、その半減期は、約2.6日と長い。さらに、レボアルファアセチルメタドールの生理活性は、レボアルファアセチルメタドールの代謝物もまた生理活性を有する分だけ、長く続く。具体的には、経口投与したレボアルファアセチルメタドールは、初回通過効果によって、脱メチル化反応を受け易いものの、脱メチル化されたノルレボアルファアセチルメタドールも生理活性を有する。そればかりか、その後、さらに代謝されて、さらに脱メチル化された、ジノルレボアルファアセチルメタドールも生理活性を有するのである。しかも、これらの代謝物の活性は、レボアルファアセチルメタドールよりも高い。これらが、レボアルファアセチルメタドールを投与した際に、作用持続時間が長い理由である。
また、しばしば薬物の生理活性は、その立体配置異性体によって異なり、それはアルファアセチルメタドールの場合にも言える。アルファアセチルメタドールの場合は、生理活性の継続時間の違いが見られる。右旋性のデクストゥロアルファアセチルメタドール(d-alphacetylmethadol)も生理活性を有するものの、左旋性のレボアルファアセチルメタドール(l-alphacetylmethadol)の方が、生理活性が長く継続する。
毒性
[編集]毒性については、ラセミ体の状態であるアルファアセチルメタドール(dl-alphacetylmethadol)のまま使うよりも低い。マウスを使った実験では、ラセミ体のままのアルファアセチルメタドールのLD50は、経口投与で118.3 (mg/kg)であった。これに対して、光学分割を行ったレボアルファアセチルメタドールを、マウスに経口投与した場合のLD50は、172.8 (mg/kg)であった。マウスに皮下注射した場合でも、ラセミ体のままのアルファアセチルメタドールのLD50は61 (mg/kg)なのに対して、レボアルファアセチルメタドールのLD50は110 (mg/kg)であった。
なお、アルファアセチルメタドールとはジアステレオマーの関係にあるベータアセチルメタドールは、アルファアセチルメタドールと比べて生理活性が弱い上に、アルファアセチルメタドールと比べて毒性が強いため、もはや、ベータアセチルメタドールは医療用途に用いられなくなった。
薬理
[編集]レボアルファアセチルメタドールは、オピオイドμ受容体の作動薬である。ただし、レボアルファアセチルメタドールは、これだけでなく、神経細胞のニコチン性受容体のNNα3β4受容体に対して、非競合阻害をする作用も有する[1]。
用途
[編集]レボアルファアセチルメタドールは、オピオイド依存症の患者に対して、その依存症から抜け出すための治療薬として、第2選択で用いられる場合がある。すなわち、メサドンやブプレノルフィンなどを用いても、オピオイド依存症を抜け出せなかった患者に対して用いる。したがって、それらで治療を試みていない依存症患者には、基本的に用いない。
レボアルファアセチルメタドールを用いる場合は、それを塩酸塩の形にして製剤化した薬剤を、経口投与して用いる。半減期が長いので、レボアルファアセチルメタドールは1週間に2回か3回の投与で充分である。
歴史
[編集]レボアルファアセチルメタドールは1993年にオピオイド依存症の治療薬として、アメリカ合衆国で認可された。なお、1993年8月までレボアルファアセチルメタドールは、アメリカ合衆国の規制物質法のスケジュールIに指定されていた。その後、スケジュールIIに変更された。
一方で、2001年にはレボアルファアセチルメタドールが致死性の不整脈を引き起こすとして、ヨーロッパの市場からは締め出された[2]。
また、2003年には、レボアルファアセチルメタドールの塩酸塩を、10 (mg/mL)の濃度で市販していた、商品名「Orlaam」のアメリカ合衆国での製造が打ち切られた[3]。
なお、例えば、オーストラリアやカナダなどでは、レボアルファアセチルメタドールの使用自体が認可されていない。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 立体異性体には、立体配置異性体だけでなく、立体配座異性体も含まれる。立体配置異性体には、鏡像異性体であるエナンチオマーと、鏡像異性体ではないジアステレオマーが含まれる。
- ^ 立体配置異性体のキラル中心での絶対配置と、光学活性の方向に、相関は無い。アルファアセチルメタドールの場合は、キラル中心の絶対配置が、いずれもS体であった場合に、たまたま左旋性(levo)だというだけの事である。なお、その鏡像異性体は右旋性(dextro)である。
出典
[編集]- ^ Xiao Y, Smith RD, Caruso FS, Kellar KJ (October 2001). "Blockade of rat α3β4 nicotinic receptor function by methadone, its metabolites, and structural analogs". The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics (英語). 299 (1): 366–371. PMID 11561100。
- ^ “EMEA Public Statement on the Recommendation to Suspend the Marketing Authorisation for Orlaam (Levacetylmethadol) in the European Union” (pdf). The European Agency for the Evaluation of Medicinal Products (19 April 2001). 2021年8月31日閲覧。
- ^ “Orlaam (levomethadyl acetate hydrochloride)” (html). US FDA Safety Alerts (20 August 2013). 10 October 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。20 August 2013閲覧。
参考文献
[編集]- Eissenberg T, Bigelow GE, Strain EC, Walsh SL, Brooner RK, Stitzer ML, Johnson RE (June 1997). “Dose-related efficacy of levomethadyl acetate for treatment of opioid dependence. A randomized clinical trial.”. JAMA 277 (24): 1945-1951. doi:10.1001/jama.1997.03540480045037. PMID 9200635.
- Jones HE, Strain EC, Bigelow GE, Walsh SL, Stitzer ML, Eissenberg T, Johnson RE (August 1998). “Induction with levomethadyl acetate: safety and efficacy.”. Archives of General Psychiatry 55 (8): 729-736. doi:10.1001/archpsyc.55.8.729. PMID 9707384.
- USA 3021360, Pholand A, "3-Acetoxy-4,4-diphenyl-6-methylaminoheptane", issued 12 February 1962, assigned to Eli Lilly and Company
- USA 2565592, Clark RL, "Alpha-d1-4-acetoxy-1-methyl-3,3-diphenylhexylamine and salts", issued 28 August 1951, assigned to Merck & Company
外部リンク
[編集]- “LAAM Drug Information” (html). Drugs.com. 2008年7月19日閲覧。
- “Monograph for Orlaam” (html). RxList. 2008年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年7月19日閲覧。
- “Levomethadyl Acetate”. DrugBank. 2008年7月19日閲覧。