ヴァシリー (コゼリスク公)
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ヴァシリー(ロシア語: Василий、1225年もしくは1226年 - 1238年)はチェルニゴフ公ムスチスラフの孫である。コゼリスク公。
1223年に息子と共にカルカ河畔の戦いに参加した。また、1238年のコゼリスク包囲戦(ru)において死亡した。ただしカルカ河畔の戦いで死亡したドミトリー(聖名)という人物をヴァシリーと同定する説もある[1]。
また、ヴァシリーの父の名はイヴァンとする説、ティートであるとする説がある[2]。
出典
[編集]- ^ Л.Войтович КНЯЗІВСЬКІ ДИНАСТІЇ СХІДНОЇ ЄВРОПИ
- ^ Чивилихин В. А. Память. Роман-газета № 16-17 (950—951). Госкомиздат, 1982.
参考文献
[編集]- Карачевские и Козельские князья // Русский биографический словарь : в 25 томах. — СПб.—М., 1896—1918.