ヴィルヘルム・シュティーバー
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ヴィルヘルム・シュティーバー(ドイツ語:Wilhelm Stieber、1818年 - 1882年)とは、プロイセンの警察官、諜報員。
経歴
[編集]ザクセンで生まれる。1863年から宰相ビスマルクと親交を深め、プロイセンの情報機構を率いてプロイセン・デンマーク戦争、プロイセン・オーストリア戦争でのプロイセンの勝利に貢献した。
プロイセンが次に目を付けたのはフランスであった。ビスマルクの命を受けたシュティーバーは2人の士官を連れてフランスに向かった。ギリシャ人商人を装いフランスに入ると、シュティーバーはビスマルクの許可を得て数千の農夫を雇い、フランス農民の手伝いをさせた、さらに、2人の士官は密かに大量の売春婦や「育ちの良い」女性を雇い、国境沿いのフランス軍の連隊がいる町へ派遣した。これらのエージェントは合わせて35000人に及び、スパイ網は主要都市に陣取る退役軍人達によって管理された。普仏戦争が始まるまでには、フランス軍の動員から、フランス軍の内部事情、食料の牛がどこに飼われているかといった事に至るまで、全てはプロイセンに筒抜けとなっていたのである。
また、ビスマルクは世論操作を行う為に「出版局」というプロパガンダ機関を秘密警察の管轄とした。これにより、対外情報、防諜、プロパガンダを行う近代的な情報機構が完成した。この方法は以後ヨーロッパ各国で取り入れられた。
参考文献
[編集]- 柏原竜一 「フランス情報機関の歴史 19世紀後半 ドイツとの戦争が生んだ情報機構」「ワールド・インテリジェンス」2007年3月号、ジャパン・ミリタリー・レビュー、2007年