ヴィルヘルム・ローレンツ
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カール・ヴィルヘルム・ローレンツ(Karl Wilhelm Lorenz、1886年3月14日 - 1918年7月13日[1])は、ドイツの天文学者、数学者。
生涯
[編集]ローレンツは、1886年3月14日にカールスルーエで生まれた。重度の心臓病のため何度も休学しながらも高校を卒業、ハイデルベルク大学に進学し、天文学と数学を学んだ[1]。1908年から1910年までケーニッヒシュトゥール天文台の助手を務めた[1]。1911年に博士号を取得、1916年に結婚したが、1917年に心臓病が再発して寝たきりの状態となった[1]。当時流行していたインフルエンザに感染し、1918年7月13日にマンハイムで肺炎により死去[1]。享年32歳。
ケーニッヒシュトゥール天文台に勤めていた1908年から1909年にかけて、4つの小惑星((665)サビーヌ、(674)ラケーレ、(678)フレデグンディス、(685)ハーミア)を発見した[2]。
出典
[編集]- ^ a b c d e Wolf, Max (1919). “Karl Wilhelm Lorenz”. Astronomische Nachrichten 208: 103. Bibcode: 1919AN....208..103W. ISSN 0004-6337.
- ^ “Minor Planet Discoverers”. 小惑星センター. 2020年8月6日閲覧。
著作・関連情報
[編集]- W. Lorenz: Photographische Positionsbestimmungen von 178 Nebelflecken. Veröffentlichungen der Großherzoglichen Sternwarte zu Heidelberg, Bd. 6, Nr. 4, S. 19–54 (1913).