ヴェルデン
紋章 | 地図 (郡の位置) |
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基本情報 | |
連邦州: | バイエルン州 |
行政管区: | シュヴァーベン行政管区 |
郡: | アウクスブルク郡 |
市町村連合体: | ヴェルデン行政共同体 |
緯度経度: | 北緯48度27分34秒 東経10度39分49秒 / 北緯48.45944度 東経10.66361度座標: 北緯48度27分34秒 東経10度39分49秒 / 北緯48.45944度 東経10.66361度 |
標高: | 海抜 466 m |
面積: | 17.98 km2 |
人口: |
3,841人(2023年12月31日現在) [1] |
人口密度: | 214 人/km2 |
郵便番号: | 86465 |
市外局番: | 08293 |
ナンバープレート: | A, SMÜ, WER |
自治体コード: |
09 7 72 216 |
行政庁舎の住所: | Am Marktplatz 1 86465 Welden |
ウェブサイト: | www.markt-welden.de |
首長: | シュテファン・シャイダー (Stefan Scheider) |
郡内の位置 | |
地図 | |
ヴェルデン (ドイツ語: Welden) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区のアウクスブルク郡に属す市場町で、ヴェルデン行政共同体の本部所在地である。
地理
[編集]ヴェルデンは、アウクスブルク=ヴェストリヘ・ヴェルダー自然公園内のホルツヴィンケル地域の中心である。
ヴェルデン地区とエーガッタ地区はツーザム川の支流であるラウグナ川の谷底に位置する。ロイテルンは、ツーザム川とラウグナ川との間の高台に位置している。
この町は、3つのゲマインデタイル(地理上の地区)で構成されている[2]。
- エーガッタ
- ロイテルン
- ヴェルデン
歴史
[編集]19世紀まで
[編集]町の名前 Welden は、「森に面した入植地」を意味する。この町は、ラグナ川の谷を北から切り拓いた開墾入植地として9世紀末に開墾され、定住がなされた。この集落の最初の文献記録は1156年になされた[3]。ヴェルデンは、ブルガウ辺境伯からレーエンを授かった騎士のヴェルデン家の本拠地であった。集落は1402年に市場町に昇格した。1597年にフッガー家がヴェルデンの領主権を買い取り、1764年にフッガー=ヴェレンブルク家が断絶するまでこれを保持していた。その後この町は、1806年にバイエルン王国に帰属するまでの数十年間オーストリアの一部(ヴェルデン保護領)であった。
20世紀
[編集]1903年12月5日からヴェルデンはアウクスブルクからの鉄道の終点であった。この路線は1986年まで旅客列車や貨物列車が運行していた。現在鉄道跡は自転車道となっている。
ヴェルデンは、1862年から1929年まではベツィルクスアムト・ツースマールスハウゼン(ツースマールスハウゼン管区)に、1929年からはベツィルクスアムト・アウクスブルク(アウクスブルク管区)に属した。このベツィルクスアムトは、1939年にラントクライス・アウクスブルク(アウクスブルク郡)と改組された。
1937年から1940年まで「Z-Hiag」という暗号名で、森の中に広さ 40 ha の爆薬原料の製造工場が建設された。経営母体はデグサのフランクフルトの子会社 Paraxol GmbH であった。製造されていたのはペンタエリトリトールやメタノール爆薬原料であった。1944年に製造はロケット燃料に切り替えられた。戦後、掩蔽壕は爆破された。その敷地はドイツ連邦軍が倉庫として利用している。
町村合併
[編集]市町村再編に伴い、1978年5月1日にロイテルンがヴェルデンに合併した。同時にシュトライトハイム(現在はツースマールスハウゼンに含まれる)に属していた小集落エーガッタもヴェルデンに編入された[4]。エーガッタは、学区や教会区の上では1978年以前からすでにヴェルデンに属していた。2002年に市場町昇格600周年を記念して、町全体で大規模な歴史祭が開催された。
住民
[編集]人口推移
[編集]1988年から2018年までの間にこの町の人口は、2,994人から3,808人まで、814人、約 27.2 % 増加した。
首長
[編集]1978年以降の町長を以下に列記する[5]。
就任年 | 名前 | 政党 |
---|---|---|
1978年 | ヘルマン・シュミット (Hermann Schmid) | CSU/SPD |
1990年 | ペーターベルクマイアー (Peter Bergmeir) | SPD/FWV |
2020年 | シュテファン・シュナイダー (Stefan Scheider) | FWV/WiR |
議会
[編集]ヴェルデンの町議会は16議席からなる[6]。
紋章
[編集]図柄: 金地。緑の丘の上、2本の緑のモミの木の間に銀の塔の遺構が描かれている[7]。
姉妹自治体
[編集]文化と見所
[編集]建築文化財
[編集]- カトリックの教区教会である受胎告知教会。マテウス・ギュンターのフレスコ(初期作品)がある。
- 城趾の近くにある聖テクラ奉納教会、1931年からカルメル会の修道院教会となっている。
- 後期ゴシック様式の十四救難聖人墓地礼拝堂
- 教区教会の近くにある旧「ウンテーレス・シュロス」(直訳: 下の城館)
- ヴェルデン修道院
自然文化財
[編集]- ガングホーファー=アレー(直訳: ガングホーファーの並木道)
埋蔵文化財
[編集]- 中世初期の環状土塁シュネーブルク
- テクラベルクの中世盛期のヴェルデン城趾
-
受胎告知教会
-
聖テクラ教会
-
十四救難聖人墓地礼拝堂
-
ヴェルデン修道院
人物
[編集]ゆかりの人物
[編集]- ルートヴィヒ・ガングホーファー(1855年 - 1920年)作家。1859年から1865年まで子供時代の大部分をヴェルデンで過ごした。
関連図書
[編集]- Ludwig Langenmair (1986). Markt Welden. ed. Welden: Ein Markt mit reicher Vergangenheit. Welden
- Marktgemeinde Welden, ed (2002). 600 Jahre Marktrecht – Welden feiert seine Geschichte. Welden
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ https://www.statistikdaten.bayern.de/genesis/online?operation=result&code=12411-003r&leerzeilen=false&language=de Genesis-Online-Datenbank des Bayerischen Landesamtes für Statistik Tabelle 12411-003r Fortschreibung des Bevölkerungsstandes: Gemeinden, Stichtag (Einwohnerzahlen auf Grundlage des Zensus 2011)
- ^ “Ortsteile mit Postleitzahl / Markt Welden / BayernPortal”. 2023年6月30日閲覧。
- ^ Hermann Endrös, ed. Führer zu archäologischen Denkmälern in Schwaben, Band 1: Archäologische Wanderungen um Augsburg. p. 115
- ^ tatistisches Bundesamt, ed (1983). Historisches Gemeindeverzeichnis für die Bundesrepublik Deutschland. Namens-, Grenz- und Schlüsselnummernänderungen bei Gemeinden, Kreisen und Regierungsbezirken vom 27.5.1970 bis 31.12.1982. Stuttgart / Mainz: W. Kohlhammer. pp. 767-. ISBN 978-3-17-003263-7
- ^ “Bürgermeister”. Markt Welden. 2023年7月1日閲覧。
- ^ “Marktgemeinderat”. Markt Welden. 2023年7月1日閲覧。
- ^ “Markt Welden / Bayerns Gemeinden”. Haus der bayerischen Geschichte. 2023年7月1日閲覧。
- ^ “Partnergemeinde”. Nové Strašecí. 2023年7月1日閲覧。
外部リンク
[編集]- “市場町ヴェルデンのウェブサイト”. 2023年7月1日閲覧。
- “Statistik kommunal 2022 Markt Welden” (PDF). 2023年7月1日閲覧。