三鷹跨線人道橋
三鷹跨線人道橋(みたかこせんじんどうきょう)は、かつて東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の三鷹駅 - 武蔵境駅間の線路上に架かっていた跨線橋である[1][2][3]。三鷹駅の西約400メートルに位置していた[4]。JR東日本の広報での表記は「三鷹こ線人道橋」である[1]。
歴史
[編集]1929年(昭和4年)、旧鉄道省が三鷹電車庫(後の三鷹車両センター)を開設する際に設置された[4]。全長93メートル、幅約3メートル、高さ約5メートル[4]。中央線の車両や留置線、富士山を見物できる人気スポットだった[4][3]。
太宰治ゆかりの地で[4][3][2]、太宰は弟子や編集者を連れてきていたほか、写真家・田村茂がマント姿の太宰を撮影した写真の撮影場所としても知られている[5]。
21世紀に入って老朽化が進み、2018年(平成30年)、管理していたJR東日本は三鷹市へ譲渡を提案したが、必要な耐震改修工事をすれば外観など文化的価値が損なわれ、工費も多額に及ぶなどの問題から三鷹市は譲受けを断念し[6]、その後、安全確保の観点から2023年(令和5年)12月10日を以て閉鎖し、撤去工事が行われることとなった[7][1]。
三鷹市では橋桁の一部と橋の南東側の階段の一部を記念に保存する[2][8]。三鷹市では歴史調査と資料調査、映像記録作成等を行い、3DスキャンによるVRコンテンツと360度カメラによる立体映像を作成した[9]。
橋の閉鎖・撤去以降は、三鷹駅寄りにある「堀合地下道」が代替のルートとなる[1]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d 『三鷹こ線人道橋の撤去に着手します』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道株式会社 八王子支社、2023年9月21日 。2023年11月25日閲覧。
- ^ a b c 平山亜理 (2023年9月24日). "太宰の愛した跨線橋、12月撤去へ 階段の一部を東京・三鷹市が保存". 朝日新聞デジタル. 朝日新聞. 2023年11月24日閲覧。
- ^ a b c "太宰治ゆかりの陸橋、12月に撤去開始 東京・三鷹、一部現地保存". 産経ニュース. 産経新聞. 2023年9月21日. 2023年11月24日閲覧。
- ^ a b c d e "太宰治も愛した「三鷹跨線橋」 12月の渡り納めイベントに応募殺到 申し込み4000人超". 東京新聞 TOKYO Web. 中日新聞社. 2023年11月23日. 2023年11月24日閲覧。
- ^ "[2] 陸橋 - Area3 太宰治の足跡コース" (PDF). みたか都市観光協会. みたか都市観光協会. 2023年11月24日閲覧。
- ^ “三鷹こ線人道橋の今後の取り扱いについて”. 三鷹市 (2021年9月7日). 2024年3月2日閲覧。
- ^ “太宰も愛した三鷹の名物 鉄道ファンに人気の跨線橋撤去へ JR東、12月にも着手”. 東京新聞 TOKYO Web. 中日新聞社 (2023年9月22日). 2024年3月2日閲覧。
- ^ “太宰治ゆかり「三鷹跨線橋」の一部を移設保存へ JR東と市が覚書 撤去時期は未定”. 東京新聞 TOKYO Web. 中日新聞社 (2022年2月11日). 2024年3月2日閲覧。
- ^ "事務報告書(令和4年度)". 三鷹市. 三鷹市. 2023年9月1日. 2023年11月25日閲覧。
"スポーツと文化部 - 00表紙裏表、目次、三鷹市概要、三鷹市行政機構図" (PDF). 三鷹市. 三鷹市. p. 158. 2023年11月24日閲覧。
外部リンク
[編集]北緯35度42分6.955秒 東経139度33分20.257秒 / 北緯35.70193194度 東経139.55562694度