伊賀市立上野総合市民病院
伊賀市立上野総合市民病院 | |
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情報 | |
正式名称 | 伊賀市立上野総合市民病院[広報 1] |
前身 |
上野市民医院[広報 1] ↓ 上野市国民健康保険直営市民医院[広報 1] ↓ 上野市国民健康保険直営市民病院[広報 1] ↓ 上野総合市民病院[広報 1] |
標榜診療科 | 内科、小児科、外科、心臓血管外科、整形外科、形成外科、産婦人科、歯科口腔外科、放射線科、麻酔科 |
許可病床数 | 281[広報 1] |
職員数 | 204 |
開設者 | 伊賀市[広報 1] |
開設年月日 | 1956年 (昭和31年) 6月1日[広報 1] |
所在地 |
〒518-0823 |
二次医療圏 | 伊賀サブ |
PJ 医療機関 |
伊賀市立上野総合市民病院(いがしりつうえのそうごうしみんびょういん)は、三重県伊賀市にある医療機関。伊賀市が設置する病院である。
概要
[編集]伊賀地域の中核病院である。
2013年(平成25年)3月に三重県がん診療連携推進病院、2016年(平成28年)10月に地域医療支援病院に指定されているほか、二次救急告示病院や三重県災害拠点病院にも指定されている[広報 1]。
1955年(昭和30年)4月に上野市民医院として開業、同年8月に上野市国民健康保険直営市民医院と改称され、1956年(昭和31年)6月1日に上野市国民健康保険直営市民医院として開院した[広報 1]。
当時は伊賀上野城周辺の上野市丸之内158番地に立地しており、当初、病棟は木造であったが、1958年(昭和33年)から1961年(昭和36年)にかけての第1期工事、1961年(昭和36年)から1962年(昭和37年)にかけての第2期工事により、鉄筋コンクリート造に改築された。1957年(昭和32年)7月、上野市を含む5町村で構成する伝染病隔離病舎組合の病舎および管理施設の建設、本院の病棟不足を解消するため、上野市平野東平尾2413番地に付属平野分院を開設した[広報 1]。
その後、本院・分院とも施設の老朽化、狭小化により地域医療の確保が困難となったため、1975年(昭和50年)度から1978年(昭和53年)度にかけて新病院への移転事業が行われ、1977年(昭和52年)12月に上野市四十九町831番地に新病院が完成した[広報 1]。
1978年(昭和53年)2月15日に統合・移転し、上野総合市民病院と改称された[広報 1]。
1995年(平成7年)度に西館増築工事に着手、1996年(平成8年)3月30日に新病棟が完成した[広報 1]。
本館は2004年(平成16年)度から順次病棟の大規模改修が行われた[要出典]。
2004年(平成16年)11月、伊賀市の発足により、伊賀市立上野総合市民病院と改称された[広報 1]。
2015年(平成27年)3月に職員用駐車場の一部を改修してヘリポートが完成し、ドクターヘリなどが離着陸可能となった[1]。