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下顎結合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
下顎結合
前側から見たヒトの下顎
内側から見たヒトの下顎
ラテン語 symphysis mandibulae
英語 mandibular symphysis
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下顎結合(かがくけつごう、英:mandibular symphysis)[1]は、脊椎動物の下顎の正中線上に位置する、左右の歯骨の結合。

ヒトにおいて[編集]

ヒトにおいて、下顎骨の外面は下顎結合を示す微かな稜が正中線上に存在する。乳児期においてはまだ左右の歯骨の縫合線である場合があり、典型的には生後1年以内の乳児期に癒合する[2]。橋本・松尾 (1973)の報告によれば、生後2か月頃から部分的な癒合が開始し、生後1年以内に癒合が完了するとされている[3]。またこの部分的な癒合の開始位置は橋本ほか (1970)によれば不特定であると見られている[4]。癒合後は骨梁吸収が起きて広範囲に骨髄腔が形成されるため、鋸歯状に突出した下顎骨下縁の骨梁を痕跡として残し、下顎結合の特徴が次第に失われていく[3]

下顎結合部の形態は遺伝、生力学的因子、上下あるいは近遠心方向の顎の異常に影響を受け、形態的変化が起きやすい[5]

ヒト以外の動物において[編集]

獲物を制圧するために強力な犬歯の咬合を用いる独居性の動物食性哺乳類は下顎結合が頑強である一方、群居性の動物食性哺乳類は咬合が浅く下顎結合も弱い[6]ヒゲクジラ類は濾過摂食の際、莫大な海水を取り込むため口腔を動的に拡張可能である。これは下顎と頭蓋骨の関節、特に左右の歯骨を2つの平面で独立して回転させることが可能な伸縮性のある下顎結合により実現されている。ヒゲクジラ類の巨大化を可能としたこの柔軟な顎は古鯨類の時点で存在せず、ヒゲクジラ類内の進化で獲得された可能性が高い[7]

Elephantiformesに属する多くの基盤的な長鼻目は非常に長い下顎結合を有する。この形質状態は現生のゾウを含む後の時代の数多くのグループにおいて失われている[8]。また束柱目の絶滅哺乳類であるデスモスチルスも長い下顎結合を持ち、食物の掘り起こしに用いられたという推測がなされている[9]

出典[編集]

  1. ^ 日本矯正歯科学会 編『歯科矯正学専門用語集医歯薬出版株式会社、2008年5月25日。ISBN 978-4-263-45617-0https://www.jos.gr.jp/asset/glossary_2008.pdf 
  2. ^ Becker, Marshall Joseph (Apr 1986). “Mandibular symphysis (medial suture) closure in modern Homo sapiens: Preliminary evidence from archaeological populations” (英語). American Journal of Physical Anthropology 69 (4): 499–501. doi:10.1002/ajpa.1330690409. ISSN 0002-9483. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ajpa.1330690409 2023年12月10日閲覧。. 
  3. ^ a b 橋本紀三、松尾芳樹「ヒト下顎結合部の癒合に関する組織学的研究 第3編 癒合前後期を中心として」『歯科基礎医学会雑誌』第15巻第4号、1973年、315-332頁、doi:10.2330/joralbiosci1965.15.315 
  4. ^ 橋本紀三、松尾芳樹、沢熊正明「ヒト下顎結合部の癒合過程に関する組織学的研究 (第2編)」『歯科基礎医学会雑誌』第12巻第1号、1970年、33-45頁、doi:10.2330/joralbiosci1965.12.33 
  5. ^ 遠藤敏哉、小貫まゆみ、長谷川優、下岡正八「非抜歯で治療したAngle I級叢生症例の下顎結合部の形態変化について」『小児歯科学雑誌』第39巻第3号、2001年、587-594頁、doi:10.11411/jspd1963.39.3_587 
  6. ^ Therrien, François (2005). “Mandibular force profiles of extant carnivorans and implications for the feeding behaviour of extinct predators”. Journal of Zoology 267 (3): 249. doi:10.1017/S0952836905007430. 
  7. ^ Fitzgerald, Erich M. G. (2012). “Archaeocete-like jaws in a baleen whale”. Biol. Lett. 8 (1): 94–96. doi:10.1098/rsbl.2011.0690. PMC 3259978. PMID 21849306. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3259978/. 
  8. ^ Li, Chunxiao; Deng, Tao; Wang, Yang; Sun, Fajun; Wolff, Burt; Jiangzuo, Qigao; Ma, Jiao; Xing, Luda; Fu, Jiao (16 August 2023). Longer mandible or nose? Co-evolution of feeding organs in early elephantiforms (Report) (英語). Paleontology. doi:10.1101/2023.08.15.553347
  9. ^ 犬塚則久「絶滅哺乳類デスモスチルスの復元」『バイオメカニズム』第9巻、1988年、7-19頁、doi:10.3951/biomechanisms.9.7