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中山信宝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中山 信宝(なかやま のぶとみ、弘化元年(1844年) - 文久元年3月1日1861年4月10日))は、常陸松岡藩の当主。水戸藩附家老・中山家13代。第3代当主・中山信守の三男。官位は従五位下、備前守。幼名、菊太郎、龍吉。

安政5年(1857年)1月、父の死により家督を相続した。同年12月29日、従五位下・備前守に叙任。翌安政6年5月より起きた水戸藩の騒擾事件の鎮圧に力を尽くしたが、明治維新まで混乱は収まることはなかった[1]。文久元年(1861年)1月3日に没した。16歳だったため子がなく、弟の信徴を養子とした。墓所は埼玉県飯能市の智観寺。

系譜

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父母

養子

脚注

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  1. ^ 小山譽城『徳川御三家付家老の研究』(清文堂出版、2006年) ISBN 4-7924-0617-X