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古河典子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
久邇典子から転送)
古河 典子
(典子女王)
続柄 久邇宮朝融王第5王女子

全名 古河 典子(ふるかわ のりこ)
身位 女王 →(皇籍離脱
敬称 殿下 →(皇籍離脱)
お印 [1]
出生 (1941-09-18) 1941年9月18日(83歳)
日本の旗 日本東京府東京市渋谷区
(現:東京都渋谷区広尾)久邇宮邸
配偶者 古河潤之助1967年 - 2018年・死別)
子女 古河潤一
古河智章
古河綾子
父親 久邇宮朝融王
母親 朝融王妃知子女王
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古河 典子(ふるかわ のりこ、1941年昭和16年〉9月18日 - )は、日本旧皇族久邇宮朝融王同妃知子女王の第5王女子。旧名は、典子女王(のりこじょおう)。皇籍離脱前の身位女王で、皇室典範における敬称殿下今上天皇の従叔母にあたる。

略歴

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1941年昭和16年)9月18日久邇宮朝融王同妃知子女王の第5王女子として誕生[2]。御七夜の9月24日に「典子」と命名された[2]1947年(昭和22年)10月14日皇室典範第11条1項により、皇籍離脱[3]。皇籍離脱後は、「久邇 典子(くに のりこ)」と名乗った。1967年(昭和42年)5月25日男爵古河従純の長男・古河潤之助と結婚[4][2]し、「古河 典子(ふるかわ のりこ)」となる。1968年(昭和43年)3月に長男・潤一が誕生した後、次男・智章、長女・綾子の2男1女をもうける[2]

血縁

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脚注

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  1. ^ 【ボンボニエールの物語vol.48】続・皇族 お印の物語”. TSUGUMI JAPAN&CULTURE 日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト (2021年7月14日). 2022年12月13日閲覧。
  2. ^ a b c d 『親王・諸王略傳』 典[典子①]”. nss.o.oo7.jp. 2024年11月4日閲覧。
  3. ^ 1947年(昭和22年)10月13日宮内府告示第16号
  4. ^ 「FRIDAY」1989年1月26日増刊号p36-37