覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?
「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」(かくせいざいやめますか? それともにんげんやめますか?)は、日本民間放送連盟(民放連)が1983年2月[1]より開始した、放送による啓蒙広告[2]「覚せい剤追放キャンペーン[1]」のために考案されたキャッチコピー[3]。
沿革
[編集]1982年11月15日[4]、民放連の番組委員会で本コピーを含む企画要項が決定された。コピーは日本テレビ放送網CM制作部所属(当時)のCMプロデューサー・田原節子により考案された[3]。翌1983年1月[4]に加盟各社の制作担当者や関係官庁に対する説明が行われ、同年2月1日[1]からキャンペーンが正式に開始された。
放送を終えたあともコピーの表現が人権問題であったという指摘が長期にわたってなされ[5]、2017年にはジャーナリストや薬物問題当事者の支援団体などの有志によって、「『人間やめますか』のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと」と明記された内容を含む「薬物報道ガイドライン」が提案されるに至った(後述)[6]。
薬物防止の効果に関する批判
[編集]社会学者の宮台真司と作家の藤井誠二が対談形式で2001年に指摘しているが、薬物依存からの回復を頑張っている人も人間なので「人間やめますか」という表現は人権問題である[5]。欧米諸国では学校教育でも薬物の特性や影響を教えているが、日本ではあらゆる薬物が一括で人間をやめる薬物として扱われ、廃人になりますということでは知識としても誤りで、どんな薬物にどんなリスクがあるのかと話し合える場がないと、回復の場からもはじき出されてしまう[5]。
ジャパンタイムズ紙のPhilip Brasorは2017年、日本では薬物使用で逮捕された芸能人は単に罪を犯したというだけでなく、「ヒトではない何か」として扱われていると指摘し、その原因は「人間やめますか」のコピーの影響によるものとした[7]。日本国外ではロバート・ダウニー・Jrのように薬物依存症になり刑務所に入ったこともある人物が世界でも有名な俳優となっているが、日本では薬物を使用した俳優の映画出演シーンはカットされ、国民は芸能人の薬物使用を忘れようとはせず烙印を押し続けている[7]。
薬物問題に詳しい国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦によれば、日本では「人間やめますか?」のコピーと、薬物依存症者をゾンビのように描く薬物防止キャンペーンによって「人間をやめた人たち、ゾンビのような人たち」だと認識されてしまっているという[8]。これに対して厳罰が効果を上げなかった諸外国では、犯罪者として社会から排除するのではなく薬物問題を健康問題として捉えるように変わってきており、国連もそうした言及を行うようになってきた[注 1][8]別の取材で、松本によれば「人間やめますか?」は、日本で薬物依存症になることは人間じゃないと認識される問題を生み出しており、社会から強く排斥され、治療のきっかけすら掴めないということがよく起こっているという[2]。
薬物依存からの回復施設、女性DARC(ダルク)ハウスを設立した上岡陽江によれば、「人間やめますか」では、自分は人間としてはダメだと回復から遠ざける影響の方が大きいとして、薬物自体ではなくて回復に対する無理解や寛容性のない社会が人生を壊すのだと指摘している[10]。荻上チキらは自身のラジオ番組を通じて、「薬物報道ガイドライン」を作成し2017年1月に厚生労働省で記者会見を開き、放送批評懇談会のラジオ部門大賞を受賞した[11]。この薬物報道ガイドラインは、松本俊彦のような専門家ら、ダルク、ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)といった薬物問題に取り組む団体が発起人となっており、薬物依存症を回復可能な病気として扱うよう促しており、『「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと』といった内容を含んでいる[6]。日本語の「更生」には薬物からの「回復」ではなく、刑務所での懲役を含蓄しているが、刑務所は依存症からの回復を治療する施設ではない[7]。そのため出所後も薬物使用の高い再犯率が維持されている。
その他
[編集]覚せい剤追放に関する広告はフジテレビのクロージング前や石川県でも放送されたが、これらは独自のものを放送した。なお、フジテレビでは不法電波[注 2]のCMと併せたものが1980年代中頃から1990年代前半(1992年頃?)まで放送されたが、同CMは日本民間放送連盟(民放連)が製作したCMのキャッチコピーを用いたものであった[注 3]。石川県では同県が製作したものが1987年頃にローカルCMとして放送された。
なお、1982年に製作された政府広報のCMには「母と子」という題があったが、インターネットでは「キッチンマザー」と呼ばれることが多い。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 「放送日誌(58年2月)」『月刊民放』1983年5月号(143)、コーケン出版、50頁、NDLJP:3470969/26。
- ^ a b 松本俊彦、川端裕人 (2017年4月11日). “第2回 “覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?”の弊害”. ナショナルジオグラフィック. p. 3. 2022年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ a b 田原総一朗、田原節子『私たちの愛』講談社、2003年、著者紹介頁。ISBN 4-06-211555-7。「CMプロデューサーとして社内で仕事を続ける。「人間やめますか」のコピーは有名。」
- ^ a b 「放送日誌(57年11月)」『月刊民放』1983年5月号(140)、コーケン出版、50頁、NDLJP:3470966/26。
- ^ a b c 宮台真司、藤井誠二『「脱社会化」と少年犯罪』創出版、2001年、74-85頁。ISBN 4-924718-42-4。
- ^ a b “薬物報道ガイドライン”. アスク (特定非営利活動法人). 2024年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ a b c Philip Brasor (2017年7月1日). “Once a drug user in Japan, always an outcast” (英語). Japan Times. 2024年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ a b 松本俊彦 (2018年11月12日). “「シャブ山シャブ子」を信じてはいけない”. PRESIDENT. p. 2. 2021年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ 国連システム事務局長調整委員会 (2019年2月27日). “Second Regular Session Report (November 2018, New York)” (英語). United Nation System. 2019年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。 国連システム事務局長調整委員会 (2019年3月15日). “国連システム事務局長調整委員会(CEB)が「薬物政策に関する国連システムの 共通の立場」で満場一致で支持した声明文の和訳”. 日本臨床カンナビノイド学会. 2019年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ 荻上チキ、上岡陽江 (2019年4月1日). “「人間やめますか」は患者へのマイナスの影響大 / 「薬物依存症」はバッシングでは治りません”. 婦人公論.jp. 中央公論新社. p. 2. 2022年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
- ^ “第54回ギャラクシー賞・ラジオ部門「荻上チキ・Session-22」が大賞に”. TBSラジオ (2017年6月1日). 2017年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
関連項目
[編集]- 覚醒剤
- ダメ。ゼッタイ。 - 麻薬・覚せい剤乱用防止センターによるキャンペーン運動。
- 城達也 - 日本民間放送連盟(民放連)が製作したCMのナレーションを務めた。