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伊藤君子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊藤君子
生誕 (1946-07-11) 1946年7月11日(78歳)
出身地 日本の旗 日本香川県小豆島町
学歴 武蔵野美術大学
ジャンル ジャズ
職業 歌手
担当楽器
活動期間 1982年 -
レーベル
公式サイト Kimiko Itoh official website

伊藤 君子(いとう きみこ、1946年7月11日[1] - )は、ジャズシンガー香川県小豆島町生まれ。武蔵野美術大学油絵科卒業。

来歴

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4歳のとき、ラジオ番組から流れる美空ひばりの歌声に魅了され、歌手を志す。19歳の時に上京後、武蔵野美術大学油絵科を卒業。その後アニメ制作会社に入社。「オバケのQ太郎」や「リボンの騎士」等の作品の下請けでトレースや色塗り等を行っていた。会社の専務の知り合いのハワイアンバンドに加入後、1969年、中原マキの芸名でポップ演歌歌手としてシングル「幸わせにふるえて」でデビューする。5枚ほどシングルを発売し、その後ジャズピアニストとの出会いをきっかけに、ジャズシンガーの道へ進み、1982年、アルバム『BIRDLAND』で伊藤君子として再デビュー。1984年4月より半年間ニューヨークに滞在しクラブ「サットンズ」に出演した[2]。 1987年にエディ・ゴメス『Power Play』(EPIC/SONY)の録音に参加した。1989年、日米同時リリースされたアルバム『Follow Me』が米ラジオ&レコード誌のコンテンポラリー・ジャズ部門の16位にチャート・イン(日本人女性歌手で初)[2]。 2004年、押井守監督の映画『イノセンス』主題歌を歌い話題となる。

音楽

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アルバム
  • 1982年 『バードランド (THE BIRDLAND)』
  • 1986年 『ア・タッチ・オブ・ラブ (A TOUCH OF LOVE)』
  • 1989年 『フォロー・ミー (FOLLOW ME)』
  • 1993年 『STANDARDS MY WAY』
  • 2000年 『KIMIKO』
  • 2004年 『一度恋をしたら (Once You’ve Been In Love)』
  • 2007年 『JAZZDAGA?JAZZDAJA!』(津軽弁のジャズ)インディーズ発売
シングル
  • 2004年『Follow Me』
1989年発表の同名曲を川井憲次が編曲したもので、映画『イノセンス』の主題歌に使用された。原曲はデミス・ルソスが1982年に発表したシングル曲で、ロドリーゴ作曲のアランフエス協奏曲第2楽章にハーバート・クレッツマーハル・シェイパーによる歌詞を付けたもの。
ミュージッククリップ

賞歴

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脚注

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出典

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  1. ^ 小曽根真 伊藤君子|village”. 2008年4月13日閲覧。
  2. ^ a b 伊藤君子プロフィール”. 2009年4月12日閲覧。

外部リンク

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