伊藤常七
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伊藤 常七[1](いとう つねしち、1881年(明治14年)1月1日[2][3] - 没年不明)は、日本の商人(紙類卸問屋[1]、洋紙商[2][4][5])、実業家、愛知県多額納税者[5][6]。万常紙店代表社員[1][2][7]。洋紙合同販売取締役[5][8]。高崎板紙監査役[8]。族籍は愛知県平民[2]。
人物
[編集]愛知県・伊藤常七の二男[5][8][9]。1896年、家督を相続し、萬作を改め襲名する[5]。「万常紙店」と称し、紙商を営む[9]。1910年、店の組織を会社に改め、「合資会社万常紙店」とし自ら代表社員となる[1]。
1924年、同業者の有志と図って洋紙合同販売の創立に努力し、設立後その取締役に推される[1]。1926年、名古屋紙商同業組合長に推され、続いて名古屋同業組合協会長にも就任する[1]。
貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する[3]。趣味は囲碁、謡曲[7]。住所は愛知県名古屋市中村区西日置町廻間口[4][8]、西区本重町4丁目[7]。店舗は西区下長者町2丁目[7]。
家族・親族
[編集]- 伊藤家
- 父・常七[9]
- 母・みた(1845年 - ?、愛知、伊藤喜市の長女)[2]
- 兄[2]
- 妻・いそ(1886年 - ?、愛知、佐藤與兵衛の姉)[9]
- 嗣子・覺太郎(1911年 - ?、王子製紙社員)[8]
- 二男[2]
- 四男[9]
- 長女[9]
- 二女(1908年 - ?、愛知、浅井友彦の長男の妻)[5]
- 三女[5]
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 『名古屋商工会議所議員名鑑 経済都市大名古屋 昭和12年版』60頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g 『人事興信録 第4版』い25頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月3日閲覧。
- ^ a b 『貴族院多額納税者名鑑』239頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月3日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第12版 上』イ79頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g 『人事興信録 第14版 上』イ68頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第31版』付録 全国多額納税者 愛知県32頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月3日閲覧。
- ^ a b c d 『中京名鑑』7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
- ^ a b c d e 『大衆人事録 第12版 北海道・奥羽・関東・中部・外地・満州・支那・海外篇』愛知8頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
- ^ a b c d e f 『人事興信録 第10版 上』イ76頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年11月2日閲覧。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 織田正誠編『貴族院多額納税者名鑑』太洋堂出版部、1926年。
- 交詢社編『日本紳士録 第31版』交詢社、1927年。
- 『中京名鑑』名古屋毎日新聞社、1932年。
- 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
- 『名古屋商工会議所議員名鑑 経済都市大名古屋 昭和12年版』綜合経済研究所、1937年。
- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版 北海道・奥羽・関東・中部・外地・満州・支那・海外篇』帝国秘密探偵社ほか、1938年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。