佐藤泰舜
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佐藤 泰舜(さとう たいしゅん、1890年12月1日 - 1975年2月28日)は、日本の仏教学者。駒澤大学教授、東洋大学教授、京城帝国大学教授など歴任。永平寺74世貫首、曹洞宗管長。旧姓は福田。道号は博裔。
来歴
[編集]愛知県新城市生まれ。1903年得度。1915年曹洞宗大学林(現駒澤大学)卒業。1919年曹洞宗大学図書館主事。1920年東京帝国大学文学部選科に入学。1923年東京帝大文学部印度哲学科を卒業。同校大学院に入学。研究題目「支那仏教思想の発達」。奈良東大寺に留学。1931年欧州留学。帰国後、駒澤大学教授、東洋大学教授に就任。1934年京城帝国大学助教授を経て教授。終戦により曹洞宗京城別院・曹渓寺の引継ぎなど、戦後処理をして引き揚げた。学界を退き宗務に努めた。1952年永平寺侍局次長、同寺貫首熊澤泰禅随行長、1959年同寺監院、1966年副貫首、1968年貫首及び曹洞宗管長となった。
著書
[編集]出典
[編集]- ^ kotobank. “佐藤泰舜(20世紀日本人名事典)”. 2020年3月7日閲覧。
- ^ 大本山永平寺諸禅師略伝. “永平寺74世-佐藤泰舜禅師”. 2020年3月7日閲覧。
- ^ kotobank. “佐藤泰舜(日本人名大辞典)”. 2020年3月7日閲覧。
外部リンク
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