使用済み核燃料
使用済み核燃料(しようずみかくねんりょう、英: spent nuclear fuel)とは、ある期間原子炉内で使用したのちに取り出した核燃料を言う[1]。日本においては、低濃縮ウラン[2]を核燃料として軽水炉で核反応させたあとのものを指す。
使用済み核燃料には超寿命核種である超ウラン核種や大量の核分裂生成物などが含まれており、その危険性と処理の困難さのため、その処理・処分が世界的な問題となっている。なお、日本においては使用済み核燃料自体は再処理を行うため廃棄するものではない。
概要
[編集]核燃料は、原子炉に装荷し燃焼させる(核分裂反応を持続させる[3])ことでその核エネルギーを取り出す、またはプルトニウム239を生成する[4]ことができる。しかしながら核燃料は、
- 燃焼が進むにつれて、核分裂性のウランやプルトニウムが減少することによって中性子発生数と発熱量が低下し、核分裂生成物(特に希ガスや希土類)が大量に蓄積し、核分裂の持続的な燃えやすさ(余剰反応度)が低下する
- 燃料被覆管には、腐食や応力によるクリープ変形からくる寿命が存在する
といった理由から、核分裂性物質[5]を使い果たす前の適当な時期に原子炉から取り出し、新しい核燃料と交換する必要がある[6]。この取り出された核燃料を使用済み核燃料(spent nuclear fuel)[7]と呼ぶ。
3%濃縮ウラン燃料 1t が燃える前の組成はウラン238が 970kg、ウラン235が 30kg であるが、燃焼後は、ウラン238が 950kg、ウラン235が 10kg、プルトニウム 10kg、生成物 30kg となる[8]。
上記からわかるように使用済み核燃料の中には、大量の核分裂生成物と共に核分裂性物質や親物質[9]が残存していることから、これらを回収して再び核燃料として利用するということが考えられる。天然ウランなどの原料を精製・加工することで核燃料を作り、それを原子炉で燃焼させ、その使用済み核燃料を再処理して再び核燃料として利用する[10]という一連の核燃料循環過程は核燃料サイクル (nuclear fuel cycle) と呼ばれる[6]。
一般的には原子炉で使用された後、冷却するために原子力発電所内にある貯蔵プールで3年 - 5年ほど保管(湿式貯蔵)される。その後、核燃料サイクルに用いるために再処理工場に輸送されて処理が行われるか、乾式貯蔵施設での長期保管(乾式貯蔵)が行われる。
日本においては青森県六ヶ所村に六ヶ所村核燃料再処理施設の建設が行われている。
主な国の使用済み核燃料の保有量
[編集]2007年末の時点。
国名 | トン |
---|---|
アメリカ | 61,000 |
カナダ | 38,400 |
日本 | 19,000[11] |
フランス | 13,500 |
ロシア | 13,000 |
韓国 | 10,900 |
ドイツ | 5,850 |
イギリス | |
スウェーデン | 5,400 |
フィンランド | 1,600 |
このうち日本、フランス、ロシア、イギリスは再処理を実施している[12]。
日本の各原発の使用済み核燃料の貯蔵率
[編集]単位はパーセント。2024年3月末時点。
泊 39(北海道電力)、女川 56、東通 23(以上東北電力)、柏崎刈羽 81(東京電力)、浜岡 87(中部電力)、志賀 22(北陸電力)、美浜 81、高浜 83、大飯 89(以上関西電力)、島根 68(中国電力)、伊方 81(四国電力)、玄海 86、川内 85(以上九州電力)、敦賀 69、東海第二 84(以上日本原子力発電)[13]。
処理・処分
[編集]原子力発電の核燃料サイクルにおいては、様々な放射性廃棄物が各工程で発生する。その内比較的低レベルの放射性廃棄物の一部は処分されているが、大半は最終処分待ちの状態で各原子力発電所、核燃料施設、研究施設などで保管されている[14]。
使用済み核燃料の再処理
[編集]原子炉の燃料である核燃料として使用できる物質は主にウラン235とプルトニウム239である。そのうち、プルトニウムは天然にほぼ存在せず、原子炉の中でウラン238から生成される。さらに、石炭や石油による火力発電とは異なり、核燃料は原子炉中ですべて核分裂反応してエネルギーに変換されるわけではなく、大部分はそのまま使用済み核燃料中に存在している。
そこで、これらを核燃料として再利用するために回収することが考えられるが、それを使用済み核燃料の再処理 (spent nuclear fuel reprocessing) と呼ぶ[15]。
使用済み核燃料の再処理の方法としては、ピューレックス法 (PUREX: Plutonium and Uranium Recovery by EXtraction) が実績もあることから主に用いられる。ただし、この方法では使用済み核燃料をいちど硝酸によって溶解させて水溶液にする必要があり、高いレベルの放射性廃液(高レベル廃液: High-level liquid waste)が発生することになる[16]。この高レベル廃液は、液体であるので取り扱いやすくするようにガラスで固められ(ガラス固化体)、高レベル放射性廃棄物と呼ばれることになる[17]。
日本においては、この高レベル放射性廃棄物は地上管理施設で冷却・保管(30年 - 50年)した後、地層処分(第一種廃棄物埋設)することとなっている。
ワンススルー方式(直接処分)
[編集]アメリカなどにおいては、コスト追求と、他国に再処理をやめるように勧告するなどのために、使用済み燃料を再処理しないでそのまま冷却保管し、地中のコンクリート構造物で保管するというワンススルー方式[18](once throw method, 直接処分)がとられることがある。日本においては、使用済み核燃料は廃棄するものではないため直接処分は実施されていないものの、2013年度(平成25年度)から研究開発は進められている[19]。
この方式の場合のコストは1キロワット時あたり0.7円弱と見積もられており、再処理コストがかからない分、再処理を実施する場合よりも安くなる。また、この方法で処分される放射性廃棄物は放射能の低いウラン238が大部分を占めるため、再処理で濃縮された高レベル廃棄物よりは初期の質量あたりの放射能は小さい。ただし、半減期が300年から数十億年に及ぶマイナーアクチノイドやウランやプルトニウムの寄与が大きく、長い年月を経ても放射能はあまり低下しない[20]。
プルトニウム抽出による核兵器製造
[編集]一般に、低濃縮ウランからなる核燃料を原子炉で「燃焼」させると、ウラン238が中性子を吸収することでプルトニウムが生成される。再処理はそのプルトニウムを抽出する処理であることから、使用済み核燃料と再処理工場を保有することは、核兵器の原料であるプルトニウムを得ることができることを意味する。
ただし、プルトニウムと一口に言っても、その同位体組成の違いが爆弾としての性能に影響する[21]。核兵器に使用されるプルトニウムはウラン238から生成されるプルトニウム239である。核燃料の燃焼を続けると、さらに中性子を吸収して、自発核分裂により不完全核爆発の原因となりやすいプルトニウム240などに変化する。したがって、軍事用プルトニウム生産原子炉では、なるべくプルトニウム239の純度が高くなるように短期間で再処理にまわす[22]。一方で、発電用原子炉では高出力を目的とするためプルトニウム239が他の同位体に変化する割合が高くなる[23][24]。
そのため、原子力発電所の使用済み核燃料から分離したプルトニウムは原子爆弾に使用することができないということが主張されることがある[23][25]。
しかしながら、プルトニウム240の割合の増加は爆弾の設計や作業工程を複雑にすることはあっても、不可能にする要因ではなく、実際に、使用済み核燃料から抽出した金属プルトニウムが8kgあれば臨界を起こすと言われる[23][26]。
ウラン原爆は経年劣化がなく取り扱いやすい優秀な兵器が作れる半面、ウラン濃縮に大変な電力と時間が必要されるため、核兵器を大量に作るには不向きである。そのため、5大国の核兵器は実験用を除くほとんどすべてがプルトニウム爆弾であり、北朝鮮も黒鉛炉で兵器級プルトニウムを生産している。
脚注
[編集]- ^ 用語辞典(1974) p.164『使用ずみ核燃料』
- ^ 天然ウランよりウラン235の含有量が2% - 4%程度に濃縮されたウランを低濃縮ウランと呼ぶ。発電工学(2003) p.194
- ^ 一般的な燃焼(酸化反応)の場合、たとえば石炭を燃焼させる場合は、温度がある程度高ければ酸素 (O2) さえ供給すれば燃焼が続く。核燃料の場合は、中性子の供給が必要となる。発電工学(2003) p.188
- ^ 原子炉内ではウラン238は中性子を吸収してプルトニウム239に核変換する。プルトニウム239はウラン235同様に核分裂を起こす核種である。
- ^ 核分裂反応を起こす核種であるウラン235やプルトニウム239を核分裂性物質 (fissile material) と呼ぶ。発電工学(2003) p.186
- ^ a b 発生工学(1980) p.236
- ^ 使用済燃料 (spent fuel) とも呼ばれる。
- ^ 生成物 30kg の内訳は、下記の通り。
- ^ ウラン238のように中性子照射によって核分裂性物質に転換するものを親物質(fertile material)と呼ぶ。発電工学(2003) p.186
- ^ ただし、プルトニウムについては、高速増殖炉の燃料として貯蔵されており、本当の意味でのリサイクルはしていない。 発生工学(1980) p.237 なお、現在においてはMOX燃料としての利活用の方法も存在する。日本において、使用済み核燃料から抽出されたプルトニウムはプルトニウム240の割合が高いため核兵器の材料としては品質が悪いが危険性はあるため大量に貯蔵することは好ましくないとされている。
- ^ NHKスペシャル “核のゴミ”はどこへ〜検証・使用済み核燃料 - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
- ^ 毎日新聞13面(2012年3月13日付朝刊)
- ^ “中間貯蔵、見切り発車 使用済み核燃料、青森に搬入 核燃サイクル、見通せないまま:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. 2024年9月27日閲覧。
- ^
以下は2007年時点での日本における放射性廃棄物の在庫である
L1 使用済み核燃料 14,870トン
L2 放射性廃棄物の貯蔵量
L2.2 発電所廃棄物
- L2.2.1 均質固化体、充填固化体、雑個体 625,169本(200リットルドラム缶換算)
- L2.2.2 蒸気発生器 29基
- L2.2.3 制御棒、チャンネルボックス等
- 制御棒 91m3(東海発電所)、8,987本(その他の原発)
- チャンネルボックス等 62,183本
- その他 1,665m3
- 樹脂など 17,370m3
L2.3 長半減期低発熱放射性廃棄物
- 103,933本(200リットルドラム缶換算)、濃縮廃液、スラッジ、廃溶媒など3,908m3
L2.4 ウラン廃棄物
- 44,139本(200リットルドラム缶換算)、低レベル液体廃棄物21.29m3
L2.5 研究施設等での廃棄物
- 固体廃棄物 332,033本(200リットルドラム缶換算)
- 液体廃棄物 62.33m3
L2.5.2 廃棄業者が保管している廃棄物
- 固体・液体廃棄物 119,011本(200リットルドラム缶換算)
— 資源エネルギー庁による集計値 平成19年度 (2007)
、「L附属書」なお、上記の数値に関しては誤報が頻発している状況なので、随時確認・更新が必要である。参考:経済産業省「平成22年度原子力施設における放射性廃棄物の管理状況及び放射線業務従事者の線量管理状況等に係るデータの誤りについて」
- ^ 館野・野口・吉田(2007) p.78
- ^ 長崎・中山(2011) pp.22-23
- ^ この高レベル放射性廃棄物 (HLW) に対して、群分離した上で、超長半減期のマイナーアクチノイド(アメリシウムなど)と長半減期核分裂生成物 LLFP(ヨウ素など)を、高速炉や加速器駆動未臨界炉で中性子照射して核分裂させ、すべて短半減期の同位体に核種変換(消滅処理)する分離変換技術の研究開発の試みが存在する。なお、群分離においては、高発熱量核分裂生成物(ストロンチウム90・セシウム137)を分離して熱利用・放射線利用に転用し、有用高価な白金族やレアメタルは回収する。残った残渣の「低発熱・短半減期核分裂生成物」だけをガラス固化して100年 - 500年保管し、天然ウラン並みに放射線が低下した時点で再利用または廃棄する。
工程は複雑になるが、数万年も監視する必要はなくなり、100年 - 500年の監視で天然ウラン並みに放射線が低下して廃棄や資源利用が可能になる。核分裂生成物から熱を蒸気発生用に回収でき、低温になったガラス固化体は稠密に保管でき貯蔵スペースを大幅に節減できるとして日本でもオメガ計画として技術開発が進められている。 - ^ “ワンススルー方式”. ATOMICA. 高度情報科学技術研究機構 (2010年8月). 2016年12月22日閲覧。
- ^ “使用済燃料の直接処分研究開発の進捗状況” (PDF). 地層処分研究開発・評価委員会. 日本原子力研究開発機構核燃料サイクル工学研究所 (2015年2月5日). 2016年12月22日閲覧。
- ^ 使用済み核燃料の放射能の時間による変化の計算例が、「軽水炉、プルサーマル炉、高速炉および研究炉の使用済燃料中の放射能」(『ATOMICA』、1998年10月)で原子炉の種別ごとに示されている。
- ^ プルトニウムにはさまざまな同位体(質量数 238、239、240、241、242、244)があり、このうち使用済み核燃料ではプルトニウム239とプルトニウム240が主体で、プルトニウム241とプルトニウム242も少し含まれる。プルトニウム241とプルトニウム242はともに核兵器の爆発には影響しない。プルトニウム241は半減期14.4年でアメリシウム241(半減期432年)へ崩壊するため比較的早期に減少するが、アメリシウム241の崩壊熱が大きいため、比率が高いと完成した核兵器の放熱が必要になる。プルトニウム242(半減期375,000年)は体積を増加させるだけである。
- ^ 一般的な兵器用プルトニウムの生産では、パイルとよばれる専用の黒鉛炉で新しいウラン燃料を使って短期間(おそらく数か月など)燃焼させた核燃料を取り出して利用する。必要なプルトニウム239がある程度生成しており、かつ有害なプルトニウム240の比率が低い。
- ^ a b c 市川・館野(1986) p.184
- ^ 軽水炉の使用済み核燃料に含まれるプルトニウムにはプルトニウム240が全プルトニウム中の20%から40%も含まれる。
- ^ 発電用原子炉の中でも高速増殖炉からは、炉心の周囲のブランケット部分で、プルトニウム240が非常に少なく、プルトニウム239が97%以上の兵器級プルトニウムを生産できる。
- ^ ただし、爆弾はサイズだけは巨大化するが爆発力はせいぜい1キロトン止まりとなり、兵器としては現実的でないと言われる。兵器として十分使えるプルトニウムを得るには、プルトニウム240の含有量を減らすため、経済性を無視して、原子炉から燃料棒を早く抜き出さなくてはならない。このため国際原子力機関 (IAEA) は商用原子炉の核燃料交換作業に非常に注意を払っている。
参考文献
[編集]- 吉川 榮和、垣本 直人、八尾 健『発電工学』(社)電気学会〈電気学会大学講座〉、2003年。
- 小池 東一郎 編 編『大学課程 電力発生工学』オーム社、1980年。
- 長崎 晋也、中山 真一(共編)『放射性廃棄物の工学』オーム社〈原子力教科書〉、2011年。
- 土井 和巳『そこが知りたい 放射性廃棄物 −用語解説付−』日刊工業新聞社、1993年。
- 市川 富士夫、館野 淳『地球をまわる放射能−核燃料サイクルと原発−』大月書店、1986年。
- 館野 淳、野口 邦和、吉田 康彦『どうするプルトニウム』リベルタ出版、2007年。
- 原子力委員会 (1998), 高レベル放射性廃棄物処分に向けての基本的考え方について
- IAEA (1988), Radioactive Waste Management Glossary (2nd ed.)
- 原子力委員会 新計画策定会議 技術検討小委員会 (2004), 基本シナリオの核燃料サイクルコスト比較に関する報告書
- 原子力用語研究会 編 編『図解 原子力用語辞典』(新版)日刊工業新聞社、1974年。
関連項目
[編集]- 原子力発電環境整備機構(略称:原環機構、NUMO)
- オメガ計画
- ドライキャスク
- セラフィールド
- 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律
- 特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律
- 使用済燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約
外部リンク
[編集]- 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三十二年法律第百六十六号).e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令(昭和三十二年政令第三百二十四号).e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和五十三年通商産業省令第七十七号).e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律(平成十二年法律第百十七号) .e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律施行令(平成十二年政令第四百六十二号) .e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律施行規則(平成十二年通商産業省令第百五十一号).e-Gov法令検索. 総務省行政管理局
- 軽水炉の使用済燃料 - 原子力百科事典ATOMICA