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打吹城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
倉吉陣屋から転送)
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打吹城
鳥取県
櫓を模した展望台
櫓を模した展望台
城郭構造 梯郭式山城
天守構造 あり
築城主 山名氏山名師義?)
築城年 延文年間(1356年1361年)または応安3年(1370年
主な改修者 南条氏
主な城主 山名氏南条宗勝毛利氏中村氏
廃城年 元和元年(1615年
遺構 曲輪、石垣、天守台跡
指定文化財 史跡等未指定[1]
再建造物 櫓形の展望台
位置 北緯35度25分35.2秒 東経133度49分18.1秒 / 北緯35.426444度 東経133.821694度 / 35.426444; 133.821694
地図
打吹城の位置(鳥取県内)
打吹城
打吹城
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打吹城(うつぶきじょう)は、鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山標高204メートル)にあった日本の城室町時代伯耆国守護山名氏により守護所とされた。

歴史

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打吹城のある打吹山
越中丸から望む旧城下町

南北朝時代延文年間(1356年1361年)または応安3年(1370年)に伯耆の守護山名時氏の嫡男である山名師義が築城したと伝えられ[2]田内城から守護所を移した。城下には商工業者が集められ、が開かれるなどして活況を呈したという[3]。以後、戦国時代まで山名氏による守護所として続く。

大永4年(1524年)、出雲国尼子経久による『大永の五月崩れ』で山名氏は没落したとされる。ただ、近年の研究では『大永の五月崩れ』の存在自体が疑問視され、否定されている。加えて山名氏の没落はこの時期ではなく、天文年間ではないかと推定されている。少なくとも当時の一次史料には天文年間の半ばまで山名氏の存在が確認されている。

永禄5年(1562年)夏には南条宗勝が旧領を回復し、打吹城を管轄下に置く。天正年間には毛利氏が入り、南条氏攻めの拠点となった。

天正13年(1585年)の羽柴秀吉と毛利氏の和睦の後は、再び羽衣石城主・南条元続の支配下に入る。南条元続は一族の南条備前守(南条信正のことか)、小鴨元清、重臣の山田越中守を置いて、打吹城の守備にあたらせた。また打吹城の近世城郭化が図られ、本格的な城下町が形成され始め、町の名が倉吉と呼ばれるようになったのも、この頃と考えられる。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは南条元忠は西軍に属して敗北。戦後改易され、伯耆国は中村一忠が支配するところとなった。中村一忠は米子城を居城とし、打吹城には城番として中村伊豆守を置いた。

慶長14年(1609年)、中村一忠は無嗣除封となり、打吹城は江戸幕府の直轄支配地となった。

慶長19年(1614年)には安房国里見忠義倉吉3万石を与えられるが、実質的には4千石しか与えられず、里見忠義が打吹城に入ることはなかった。

元和元年(1615年)の元和一国一城令で打吹城は廃城となり、破却を受ける。

廃城後

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元和3年(1617年)に池田光政が因伯32万5千石の領主として鳥取城に入った。その際、鳥取城とその城下町があまりにも手狭であるとして、新城の建設が検討された。打吹城も新城候補地に挙がったが『領国の中央なれど、山奥にて国主鎮座の地にあらず』として取り上げられなかった。池田光政は重臣・伊木忠貞を倉吉に置いて支配させた。

寛永9年(1632年)に池田光仲が池田光政と替わって鳥取城に入った。倉吉は荒尾氏(次席家老で、池田輝政の母方に当たる。)による自分手政治の地となり、打吹山麓に陣屋倉吉陣屋)が置かれて明治維新まで続いた。

構造

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越中丸

山頂部と中腹に曲輪跡が残る。また山麓には南条備前守の居館跡(現在の鎮霊神社境内)が残る。現在残る遺構は南条氏による改修のものと考えられる。

本丸は6つの曲輪からなる。本丸北隅の倉吉市街地を望む場所には天守台も残り、天守も存在していたと考えられる。また本丸には慶長初期のものと考えられる石垣枡形も残っている。

本丸から西方に伸びる尾根には、本丸から少し下って備前丸、さらに下った中腹、古刹長谷寺の西隣に越中丸がある。備前丸と越中丸を中心に、尾根上に大小の削平地が連なる。西方重視の構造で、西側からの尼子氏の脅威を示している。

城の大手は北側で、山麓に南条備前守の居館跡が残る。江戸時代の倉吉陣屋は、さらに下った現在の倉吉市立成徳小学校の地にあった。

現在陸上競技場となっている場所には、大平と呼ばれる小山があった。ここには山麓を防御する施設があったと考えられる。

白壁土蔵群のある打吹玉川は外堀と伝えられている。

脚注

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  1. ^ 「倉吉の文化財」倉吉市公式HP
  2. ^ 根鈴 2017 p.1
  3. ^ 「打吹城」一般社団法人倉吉観光MICE協会公式HP

参考文献

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  • 根鈴輝雄「乱世の証人 打吹城」(『館報 成徳』412号、2017年 )

関連項目

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外部リンク

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