元詮
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元 詮(げん せん、477年 - 512年)は、北魏の皇族。字は搜賢[1]。
経歴
[編集]拓跋長楽の子として生まれた。安楽王の爵位を嗣ぎ、征西大将軍の位を加えられた。宣武帝の初年、冠軍将軍・涼州刺史となった。州において汚職に手を染め、贈収賄を横行させた。506年(正始3年)、都督南討諸軍事・平南将軍として淮南に赴き、鍾離を包囲した(鍾離の戦い)。敗北して帰還すると、平北将軍・定州刺史に任じられた。508年(永平元年)、京兆王元愉が反乱を起こして信都に逃れると、元詮は李平や高殖らとともに信都の四面を焼き討ちした。まもなく侍中の位を受け、尚書左僕射に任じられた。512年(永平5年)3月28日、死去した。享年36。尚書左僕射・安楽王のまま、使持節・驃騎将軍の位を追贈された。諡は武康といった。
子女
[編集]伝記資料
[編集]脚注
[編集]- ^ 墓誌によると、字は休賢