八坂神社 (練馬区大泉町)
八坂神社 | |
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八坂神社の本殿(練馬区大泉町) | |
所在地 | 東京都練馬区大泉町1-44-1 |
位置 | 北緯35度46分2秒 東経139度36分22秒 / 北緯35.76722度 東経139.60611度 |
主祭神 | 須佐之男命 |
例祭 | 例大祭 6月15日[1] |
地図 |
八坂神社(やさかじんじゃ)は、東京都練馬区大泉町にある神社[2]。境内神社として、稲荷神社、浅間神社、御嶽神社がある。八坂神社は五瓜紋のため瓜を嫌うという謂れがあり、食べた者は神罰を受けるという伝説が残っている[3]。
祭神
[編集]主祭神は須佐之男命(スサノオ)。以下の3柱は境内神社にあり、総称して副祭神と呼ばれる。
歴史
[編集]創立年代不明。文化・文政期に編まれた『新編武蔵国風土記稿』においても「社殿鎮座年歴不明」とある[4][5]。また、同書では「天王社」と記されており[6][7][5]、現在の社名である八坂神社に改められたのは明治初年である[8][9]。
境内
[編集]本殿に向かう石造りの鳥居をくぐると、参道両側は深い緑樹が続いていく。境内が一段と高くなった正面本殿の右手前に額堂がある。これは以前は左側にあったが、右側に移転された。正面は拝殿、その奥に神殿がある。社殿の右側に、「中里富士」と呼ばれる富士山に似せた大富士塚があり、これは江戸時代から昭和初期にかけて地域の富士講の人々によって築造された[10]。富士塚内に1822年(文政5年)の石碑があることから、江戸時代に築造が開始されたものと思われ、明治初期の地元の丸吉講によって完成したと伝わっている。現代でも区内の富士講の人々によって伝統行事が受け継がれている。
絵馬堂には、参詣図などの絵馬が十数枚奉納されている。参詣図は江戸時代のもので、当時の景観が写実的に描かれている[11]。
境内社
[編集]境内末社には、稲荷神社(祭神 稲蒼魂命)、浅間神社(祭神 木木花咲耶姫)、御嶽神社(祭神 国常立命)がある。 稲荷神社、浅間神社は本殿の左側、御嶽神社は左側にある[6]。
年中行事
[編集]- 6月15日 - 例大祭[1]
- 7月 - 盆踊り[12]
- 8月 - 中里富士の山開き - 区では一番大きい塚となっている中里富士。区の有形民俗文化財に指定されている[13]。
- 江戸時代から「中里ばやし」が継承されている。大祭、正月に神前に奉納している[4][14]。
文化財
[編集]有形民俗文化財
[編集]- 中里の富士塚(なかざとのふじづか)
江戸時代から昭和初期にかけて盛んだった、富士山登拝者の集団である富士講が築いた富士塚の一つ。練馬区内でも比較的大きなもので、高さは南側基部から12メートル、径は30メートルある[10]。明治初期に丸吉講により築かれたとされるが、文政5年(1822年)の石碑から江戸時代にはすでに存在したと考えられる。36基の石造物の中でも道祖神の碑は区内で唯一のものとされる[10][15]。
社宝
[編集]交通アクセス
[編集]脚注
[編集]- ^ a b 練馬古文書研究会『練馬ふるさと事典』松林孝至、2011年、246頁。
- ^ 東京都神社庁『東京都神社名鑑 上巻』東京都神社庁、1986年、662頁。
- ^ 練馬区立石神井公園ふるさと文化館『ねりまの昔ばなし』練馬区立石神井公園ふるさと文化館、2011年2月25日、98頁。
- ^ a b c d e f 東京都神社庁『東京都神社名鑑 上巻』東京都神社庁、1986年、628頁。
- ^ a b 新編武蔵風土記稿 橋戸村 天王社.
- ^ a b 練馬区教育委員会『練馬の神社』練馬区教育委員会、1985年3月、36頁。
- ^ 大泉農協年史編纂委員会『大泉農業協同組合40年史』大泉農業協同組合、1990年9月、718頁。
- ^ “ねりまの文化財 第30号” (PDF). 練馬区教育委員会社会教育課. 2019年11月2日閲覧。
- ^ 練馬区教育委員会『練馬を往く』練馬区教育委員会、2000年3月、53頁。
- ^ a b c 練馬区地域文化部文化・生涯学習課伝統文化係『練馬区の文化財 指定文化財編』2016年、10頁。
- ^ 練馬区教育委員会『練馬を往く』練馬区教育委員会、2000年3月、49頁。
- ^ “八坂神社 納涼盆踊り大会 -2019年- [祭の日]”. 祭の日. 2019年11月3日閲覧。
- ^ “年間イベントガイド”. 練馬区産業振興公社. 2019年11月2日閲覧。
- ^ “お囃子 (おはやし)”. 練馬区公式ホームページ. 2019年11月3日閲覧。
- ^ a b “中里の富士塚(なかざとのふじづか)”. :練馬区公式ホームページ. 2019年11月2日閲覧。
- ^ 石神井図書館郷土資料室『練馬の絵馬』練馬区教育委員会、1978年8月15日、175、178頁。
- ^ “別荘橋”. 練馬区公式ホームページ. 2019年11月2日閲覧。