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利用者‐会話:Miya/ティワナク

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ティワナク 現在の状況 の件です

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長くなったので利用者‐会話:Miya/ティワナクに分割しました。

書き込みを読ませていただきました。 ご意見ごもっともです。

ただ、検証可能性ですが、これは検証可能です。私自身が検証してきました。

まずは、この調査を放映したTBSのテレビ番組を見ること(今となっては手に入れるのが難しいかもしれませんが)、彼の著作を読むこと(これが一番です)、参加した人から具体的なことについてインタビューすることなどによって、できます。

私は、少なくともそうしてきました。そうやって裏づけ(というほど大げさなことではありません)を取ってきました。

そういった基本的なことをまずはやはりした上で、第三者による検証は不可能ではないのか?と問うていただけましたら、と思われます。

南米研究者でも何でもない知り合いの日本考古学者がテレビをみて、「何だあれは?」といったくらいです。

第三者による検証が可能かどうかを私に問う前に、検証可能であるかどうか、どうやったらこのことについて検証できるのか、を管理者様の側でお考えくださいますよう、お願い申し上げます。

彼の著作は図書館でも手に入る場合がありますし、彼のHPにも一部載せてあり、それを見れば、およそ学術調査とはいい難いことは、人類学や考古学の門外漢であっても、一目瞭然かと思われます。ただ、これをひとつづつ取り上げてティワナクの「現在の状況」の項目で批判するのは、Wikiではなくほかのところでやるべきことと認識していますので、あえて、そこではひとつづつ検証は行いませんでした。

ただ、この件は、現地ボリビアでかなり問題になっていました。 最終的に、TBSは、実松氏ではなく、世界中の専門家へのインタビューを中心にする形で番組を作り直すということを、プロデューサーおよびディレクターから直接聞きました。実際にどうなってゆくのかはわかりませんが、他国の調査者から問題視されるような調査(?とさえいえるものでもないんです、本当に・・・(泣)を日本人が行ったということは、やはり見過ごすわけには参りません。

 ただ、確かに、ティワナクに載せるべき項目ではないです。 その点を踏まえ、今度はモホス(実松氏たちの調査地の名称です)という別項をたてて、世界のモホス調査の中の一例として触れて、そこで折をみて、名前は出さずに、批判(?)あるいはなるべく中立的な立場で「事実」を書き込んでいくことにいたします。


事実かどうかは、確かに専門家が見ないとわからないかもしれません。ですが、それは自然科学の項目とて同じではないでしょうか。 その点では、自然科学の項目について、仮に文系で専門外の管理者が、検証することは、およそ不可能かと思われます。

今回は、それに比べれば、門外漢であってもある程度は検証できます。その点で、まずは管理者の方々が自らの力でどうやれば検証できるのかを、熟考されることをお願い申し上げます。


またメールですがどうやったらOKになるのでしょうか。登録時のメールは生きているかと思います。

よろしくお願いいたします。  Kamuy

★お返事、ありがとうございます。Kamuyさんがきちんと御自身で検証されたことは疑いません。
ただ、それをウィキペディアの本文として受け入れるには、「査読」またはそれにかわる第三者のチェックが必要だと理解しています。今回でいえば、たとえばKamuyさんの指摘が新聞の学術面(?)や社会面にとりあげられ、記者がそれを確認した、というのであれば(「誹謗中傷」に当たらないような形で)ウィキペディアに記載が可能になると思います。
そういうステップが無い情報、特に「ほかの人から聞いたこと」は証拠(?)が残らないので、疑義が出たら除去もやむなし、ということになります。en:Wikipedia:No Original Resarch(仮題Wikipedia:独自の調査)にあるように、
>この方針は編集者び個人的観点、政治的意見、発表済みの情報の個人的分析や解釈、そして自分の支持する観点を押し進めたり自分の提唱する議論や定義を支持するような形で発表済みの情報を解釈・統合するようなことも排除します。つまり、ウィキペディアで公開されるいかなる事実、意見、解釈、定義、議論も、信頼のおける媒体において、その記事の主題に関連する形で、既に発表されていなければなりません。(Wikipedia:独自の調査2006-07-08 17:55:09の版より)
編集者個人の主張は排除されます。ただし、たとえばKamuyさんが新聞の取材を受けてそれが紙上で公表されれば、新聞というメディアのチェック/査読を通過した情報として、その記事を元に記述することは(誹謗中傷の虞がないかぎり)OKということになるかと思います。

なるほど。確かにそういわれればそうです。

実松氏の部分は、ティワナクには載せるべきではないと思い、削除しています。 これはむしろモホスの項目に載せるべきと思っております。

あの部分については、確かに修飾語句が多いですが、よく読んでいただければご理解ただけるかと思いますが、基本的には事実を載せています。 つまり、誰が何をどう行ったかという点は明確にしております。ただ、そこに判断を加えたのは確かに問題だったと思います。 また、感情的な部分があったことは認めざるを得ないと思います。 よって、最初のものは削除、次に書かれたものはコメントアウトにいたしました。


ただ、実松氏の調査への苦情は私は現地の研究者から聞いていましたが、それについて文章で批判をしているのは見たことがありません。 それは、ひとつに彼がまともな研究者としてみられていないというのがあります。それは日本でも同じです。 私も放っておきました。

 ただ、当該国であるボリビア人から言われたので、これはやはり放ってはおけないな、と思い、影響力があるWikiにボリビアつながりで書き込みました。 これは確かに無理があったと思います。

ですので、削除いたしました。


以下はこの件ではなく、今後の記事書き込みについての参考意見です。 どうかご意見をお聞かせください。


今後、もし個人的な検証(意見)がだめとなると、残念ながらティワナクのいくつかの部分は削除しなければなりません。 考古学的視点から書いておりますが、たとえば、切石の表面の整形についての部分は、一部は論文があるものの、もうひとつの技法について言及されたものはございません。私が自ら現地で観察したものです。ただ、これは素人でも見ればわかるようなことであり、論文にまで触れるものではないということもあります。既知の事実です。


SukaKolluの実験については、論文を元に書いておりますが、これも私の現地における人類学的調査に基づいたものも引用しています。これについてはスペイン語で何本か論文を書いていますが、いくつかは2006年5月現在、公刊されていません(査読はすんでいます)。


現在の状況の一部について、特にアメリカ人の研究者へのボリビア人による批判も、私が直接現地で聞いてきたものであり、書面にしたものはございません。

ですが、これは当地では既知のことになっています。

思うに、書き手の(学術的な調査も含めた)経験に基づく記事は危うくなるとしたら、Wikiのかなりのものが削除対象になるかと思われますが、いかがでしょうか。

実際のところ、個人といっても、その範囲はとても広く、自然科学系や人文・社会科学系の博士課程以上の専門的訓練をつんだ研究者の卵の書き込みから、全くの素人の思いつきの書き込みまで、さまざまです。 それらを一緒にしてよいのだろうか、という思いはあります。 ウミユスリカさんのウィキペディアの記事の現状と執筆への指針の三番目の項目は、私が考えていたことと全く同じことを述べられています。 このあたりは学術的側面が高いため、Wikiの方での判断は難しいかと思いますが、いかが思われますか。 ご意見を承りたく存じます。 また、公刊された文献に基づいて書いている場合、著作権に触れないのでしょうか?それは、外国の文献の引用 (あるいは翻訳)とて同じだと思います。 私は、なるべく論文調にティワナクほかの記事を書いており、引用する場合、出典は必ず(作りかけ除く)入れております。 ですが、こういった形式の記事をほとんど見かけません。 これは、Wikiが以外に著作権についてあるいは記事の内容の客観性について表層的にしか捉えておられないことの表れではないのか、と思うことがあります。 一般の百科事典では、必ず文責と出典は記述するものです。 この最も基本的な部分が落ちている以上、第三者による検証は難しいのではないか、と思います。 学術的な書物は歴史があり、その中で現在のフォーマットが形成されてきました。

Wikiの著作権や文責といった問題も、本家はどうなのかしりませんが、日本版では話し合われてもいいころかな、と思います。
文責は難しいとなれば、せめて出典を明記することはやはりしてゆくべきではないでしょうか。それが引用した文献の筆者への最低限の礼だと思います。

私が見た限り、アンデス関連記事だけでもかなりの部分が、既刊のものからの引用になっていました。私が書いたものではないものもです。そういった引用を除いた上で、さらに自らの経験(あくまでも専門的な調査に基づいたもの)はだめとなると、Wikiが書けなくなってしまいます・・・・。
Hacikouさんと、Collaについて、「コージャ」と書くか「コリャ」と書くかでもめたことがありますが、この場合、学術的な面(特に言語額的側面から)「コリャ」が表記法としては原音に近いことを、私は示しましたが、結局、彼の意見に押し切られる形で「コージャ」になっています。これなどは、上記と相反するものです。Hachikouさんが書かれたアンデス関連の記事を見ているとかなりやばいなと思う部分が多々あります。一部は直しましたが、面倒なのですべては直しきれていません。彼によれば現地滞在中の経験に基づいているようです。これは上記の決まりごとと矛盾するかと思われますが、いかがでしょうか。

正直、手を出すべきでは無かったかなあという思いです。
ただ、アンデス関連があまりにもひどい記事が多かったのでつい、書き込みました。しばらく離れてはいたのですが。

ちなみに、私が今後いっさい手を引くとして、ティワナクはかなりの部分(というか80から90%)が私が書いたものですが、骨組みを書いて、その後、読みにくい私の文章の癖などを後の人が直してくれているものですが、どうなるのでしょうか。

つまり、こういった場合、私はWikiから手を引くので自らが書いた記事のいくつかは削除してほしい、ということはできるのでしょうか?
また、ティワナクに書いた記事のうち、今後もし何かの書物を記すときに、書物あるいは出版社に対する排他的な著作権は適用できるのでしょうか?
難しいとなると、私が書いてきた記事はすべて削除せざるを得ませんが、そうなると修正してくださった他の方は納得がいかないと思われます・・・。

いかがでしょう?


引用について

(私見ですが)百科事典は論文とは異なるため、引用は読者の理解に不可欠な場合のみ行われるべきだと私は思います。また、ウィキペディアでは、将来の不注意な改変で「引用の要件」を満たさなくなる虞もあるため、必要最小限にとどめるべきだろうとも思います。--miya 2006年7月21日 (金) 05:57 (UTC)[返信]

出典について

著作権は「表現」を保護するものであり、「情報やデータそのもの」は著作権適用範囲外である、と聞いています。ひとつの情報源のみに基づいて書く場合は改変・流用に当たる虞もありますが、複数情報源を元に総括的・百科事典的に記述するのは原則として著作権的にも問題ないだろうと信じます。もちろん「出典」は明記すべきでしょうが、行き届いていない記事がたくさんあります。これは今後の課題でしょう。現在進行中の基本方針整備が一段落したら、総見直しをはじめなくてはならないだろうと考えています。その場合、いくつかの段階があると思います(これはあくまでも私の想像ですが)

  1. 虚偽である可能性が高い情報は「削除」(例:Wikipedia:削除依頼/大悪鬼神
  2. 生きている人に関する伝記的情報で「誹謗中傷」の虞があるものは(事実であるかどうかにかかわらず)そのひどさと訴訟リスクに応じて「除去」または「削除」(例「国沢光宏」)
  3. 虚偽であるかどうか判断がつかないものはコメントアウトかノートに転記
  4. 「出典」はないが正しい可能性が高そうな情報は、{{要出典}}や{{nosource}}をはったうえで、除去すべきかどうかノートで議論、あるいは信頼できる情報源を探す。
    このうち、2の「生きている人」に関する名誉毀損や信用毀損の虞がある情報は、掲載基準を高く設定されることになるだろうと思います。

今現在、日本語版では画像の出典確認が実行されつつありますが、これが一段落したら、記事の出典確認が始まるのではないでしょうか。 なお、GFDLの取り消しはきかなくても、コピーレフトですので、本人かどうか確認できれば著作権者が同じ内容を書き直して別のメディアに掲載することは問題ないのではないでしょうか(法律の専門家ではないのでまとはずれだったらごめんなさい)。   

管理者はメンテナンス係

なお、「管理者様の側でお考えください」と書いておられますが、ウィキペディアの管理者はごく限定された権限を余分に付与されているメンテナンス係というだけであり、編集に関しては一般参加者となんら変わるところはありません。ですから、今後どう検証していくかなど、ウィキペディアのあり方に関しては、ウィキメディア財団の方針と井戸端などでの執筆者同士の議論により決まっていくことになるでしょう。 私にはうまく御説明しきれないので利用者:Koba-chan主催の WikipediaChatを御紹介しておきます。ここには管理者にしろ一般ユーザーにしろ、私よりもっと知識と知恵の豊富な方々がいらっしゃいますので、きっと答えが見つかると思います。--miya 2006年7月21日 (金) 05:57 (UTC)[返信]

メールの設定
  1. ログインして「オプションページ」でメールアドレスをいれ設定の保存を押します。以前からアドレス記入されている場合は、「このアドレスを認証する」もしくはそのようなリンクかボタンがあるはずですのでクリックしてください。
  2. 認証メールを受け取ったら、書いてあるURLを最後までコピーしてブラウザのアドレス欄に貼り付けジャンプします。
  3. 「メールアドレスの確認 あなたのメールアドレスは確認されました。」というメッセージが表示されたら、ウィキメールが有効になったことがわかります。

--miya 2006年7月21日 (金) 01:24 (UTC) ありがとうございます。[返信]

早速試してみます。 Kamuy

コージャの題目変更願

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 コージャという項目の日本語表記についてですが、やはりいろいろと調べた結果、日本語ではコリャあるいはコーリャの方が正しい表記(原音に近いだけでなく、歴史的にみてもです)だと思います。

 ですので、題目表記の変更をお願いいたします。 音声については、コージャのノートをご覧ください。 また、ラパスのノートもご覧ください。 歴史的な側面については、本文をお読みください。

llaをジャと発音するのは、アルゼンチン系の発音の影響です。

Kamuy


こちらの方は、いかがなりましたでしょうか? ご検討のほどお願いいたします。 Kamuy

批判記事についてのその後

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 ティワナクの項目ではお世話になりました。

関係者だった方からのメールが届きました。Wikiをみたそうです。 やはりS氏の調査は現在かなり大変なことになっているようです。 結果的に皆さんS氏の調査からは手を引かれたそうです。テレビ局とスポンサーのCanonをのぞいて。 もしその後、これらのことが出版物になったらWikiに記載してもいいのでしょうか? でもやっぱり存命の人のことを下手に書くと、名誉毀損?になってしまうのでしょうか。

もっともこのことを蒸し返すつもりはございません。

それでは。 Kamuy

お知らせありがとうございました。
「出版物になったら」? 私も法律には詳しくないですが、個人名を挙げずに「○年○月○日の○○新聞で○○調査隊の仕事は*****だと報じられた」という形でなら可能かもしれないと思います。もちろん、書き方にもよりますし、私ひとりが判断することではありませんが、できればその頃までには、こういう法的リスクのある案件について相談できる弁護士さんが見つかるよう祈っております。--miya 2006年8月6日 (日) 05:09 (UTC)[返信]

Re:コージャについて

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ご相談の件ですについてです。現地に行った時に見学した博物館ガイドの方にメールアドレスを頂いたので、だめもとで出してみました。なにか返事がもらえたら、該当記事に意見を書きたいと思います。私自身は「colla」が「コジャ」と聞こえたような曖昧な記憶があります。ただ簡易西英辞書の発音記号は「lla」が「lya」となっていましたので「リャ」が近そうです。あんまり良く分からないのが本当のところです。--Yosemite 2006年8月8日 (火) 15:25 (UTC)[返信]

 私自身も音声学としての専門的な聴力訓練を受けたわけではないですが、おそらく言語学的訓練を受けていない人たちが普通に「ll」の聞くと、さまざまに聞こえるかと思います。  特に、この場合は、日本語の音声感覚が最大の決定要因になるかと思います。 つまり、日本語の濁音を使うことに抵抗感が無い人と、逆に濁音を使うことに抵抗感がある人がいるということです。 私個人について言えば、後者です。東日本から東北地方にかけては濁音を多く使う傾向があり、西日本では清音を多用する傾向があることはよく知られています。ただし、これはあくまでも傾向に過ぎませんので、例外もあります。こういった背景なども、個々人の濁音への抵抗感の背景にあるかもしれません。  もちろん日本語では清音を正統として、濁音を汚い音と見る伝統があったこともまた事実です。

 ただ、本当にこうなると感覚の問題となってしまいます。

個々人の感覚に頼った形で、「ll」を日本語表記する際にどう記述するのかということになると、収拾がつかなくなります。


ですので、以下では言語学的な根拠(?とまでいえるかわかりませんが)を記します。 ラ・パスのノートにも書いたのですが、再掲いたします。

   ラテンアメリカのスペイン語―言語・社会・歴史 [原書名:Latin American Spanish〈Lipski, John M.〉 ] 南雲堂フェニックス リプスキ,ジョン・M.【著】(ラテンアメリカのスペイン語を言語学の分析対象として捉えた文献。ラテンアメリカ・スペイン語の文法書ではありません。)にも書かれていますが、やはりlloは、"ボリヴィア(特にラ・パス周辺)"では硬口蓋側音なので、日本語の近い音に当てはめるとすればリョに近そうです。z音化はないとのことです。また、y音化もないとのことです。 ただ実際に発話で、近い音になることはあるようです。

 日本語で、「ジャ」と表記する際に浮かべる音は破擦音の有声音です。硬口蓋でも歯茎に近い部分に舌先を当てます。ですが、本来のスペイン語の「ll」は、音声学的には側音(yをひっくり返した字母を使う)で、舌先は下側の前歯の裏に当てて、どちらかというと舌の前面から中央部分を硬口蓋にあてて舌の両側の隙間から音声を発する感じです。ですが、実際の発話では、摩擦音に近いものが多くあります。

スペイン語のY音は、日本語よりも舌と口蓋の間の隙間が狭いため、日本語の破擦音の有声音に近く聞こえることもあるようです。これと同じ現象が、この側音のllでも起こっています。ですので、本来は側音としてllの音声は、ラテンアメリカでは摩擦音的になったりもするようでして、実際の発声においてはかなり地域差が出てきます。地域によっては、(実際の音声としては側音と有声硬口蓋摩擦音とで異なるものの)音韻としてはこれらを弁別しないところもあるので、より事情を複雑にしています。

ですので、確かに有声硬口蓋摩擦音ですと、やはりカタカナでは「ジャ」と表記した方がいいかな、と思ったりもします。 これがアルゼンチンなどの例です。

ですが、ボリヴィア(高地部)に関しては、上記のように現地でテストしただけでなく、最近、文献でも調べましたが、「ll」は、摩擦音ではなく、硬口蓋側音でした。ですので、側音のllに対して、摩擦音の「ジャ」を日本語の表記として使うのは、どうかと・・・。

「ll」の音を日本語のカタカナで表記するとなった際、日本語の「ジャ」は破擦音で有声音のdzあるいはd?ですが、スペイン語では元来は側音で(yをひっくり返した音声字母をつかう)、両者は音声学的には、似てはいますが、異なるカテゴリーのようです。なので、スペイン本国や側音を使う地域のスペイン語の「ll」を、日本語のカタカナ表記で「ジャ」と表記をしてしまうとちょっと違う感じだなあ、と思ったりもします。

以上です。

Kamuy

削除以来

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Googleで、「ティワナク」で検索したら、ここに来ました。 Miya様の会話ページとはしらず、一度すべて削除してしまいましたが、元に戻しておきました。 ここに書かれているTBS関連の問題はすでに当事者同士(モホスプロジェクト関係者、Kamuy氏他)で決着を見ております。 削除依頼お願いいたします。