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利用者:いいよう/AHP

階層分析法(AHP,Analytic Hierarchy Process)

このページは英語版Wikipediaの項目「AHP」をベースに作成している。

概要


AHP(階層分析法)は複雑な状況での意思決定を行うための構造化法のひとつである。この手法は,“正しい”決定をくだすために使われるというよりも,決定者自身にとっての必然性や理解をもっともよく反映させた決定を導き出すための手法である。

AHPは1970年代にトーマス・L・サーティ(現在,ピッツバーグ大学名誉教授)によって創始された意思決定法で,数学と心理学がベースになっている。すでに広範囲にわたり研究され,現在はかなり洗練されたバージョンになっている。

AHPは包括的かつ合理的な意思決定のためのいくつもの枠組みを提供する。これから検討する問題を構造化する枠組み,問題に含まれる要素を数量化する枠組み,それら要素の評価を互いに関連づける枠組み,そして代替案として設定される解決案を問題全体の中で評価する枠組みである。 AHPは世界中で,政府,ビジネス,産業,医療,教育など様々な分野の意思決定場面で利用されている。またこの手法を手軽に使うためのコンピュータ・ソフトウェアが,いくつかの企業から販売されている(一部無償で利用できる)。

AHP では,まず自分たちの決定問題をより簡単に理解される下位の問題の階層へと分割する。ここで下位に位置づけられた問題は,それぞれ独立に分析されることになる。階層の要素は意思決定問題のどのような側面と関連していても問題ない。たとえば,有形のもの無形のもの,慎重に測られたものおおざっぱなもの,十分理解されたものそうでないものなどに関係なく,検討している意思決定に適用されうるものであればどんなものでも扱うことができる。

いったん階層が構築されれば,あとは決定者が要素を二つずつ取り上げながら比較していくことで,システマティックに各要素を評価していくことになる。この比較においては,決定者は要素について具体的なデータを使うこともできるが,要素間の相対的な意味や重要性について判断していくことができる。このように,客観的な情報だけでなく,主観的な人間の判断をも評価に利用するところがAHP の特徴といえる。[1]

ところでAHPは,上記のようにして得られた評価を,問題全体の中で比較できるよう数量化する。いわば,数値として得られる重要度あるいは優先度が階層内の各要素に対して計算される。この際,同一基準では計れないような要素についても,合理的かつ一貫した方法を利用して比較していくことができる。そしてこれを可能にしたところが,AHPが他の意思決定法と差別化されるところである。

最後に,各代替案に対して数値で表された優先度が計算される。こうして得られる数値が,はじめに設定した問題を解決するための,代替案の代替案間での相対的な能力の評価となる。そして問題ごとの性質にあわせて,解釈を与えることができる。

上図は,AHPの最終段階で得られる階層図の簡単な例である。決定者が決めた数値をもとに計算された重要度が階層の各要素に記入されている。この例は図からリーダーを選ぶという問題であり,そのために4つの評価基準が用意されたことがわかる。そしてAHPによる分析結果として,重要度が0.450のディックがもっとも望ましい候補者であるということが読み取れる。またそれだけでなく,ハリーの重要度が0.225であることから,ディックはハリーと比べ2倍強くリーダーとして望まれていること,トムは彼らの中間的な存在であることもわかる。さらに今回の分析において評価基準として経験が最も重視され,続いて年齢,カリスマ性,教育であること,またそれらの各重要度は0.400,0.300,0.200,0.100であることがわかる。

用途と適用例

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AHP(階層分析法)は個人的な決定問題で大いに役立つが,複雑な決定問題に取り組む集団意思決定の場面で大きな効果を発揮する。たとえば利害関係がある場合,人間の認知や判断に頼らざるを得ない場合,さらにはその結果が長期にわたり影響を与えてしまう場合で大きな成果をあげている。[2] また意思決定に必要と考えられる要因が比較も数量化も難しい場合や,専門性や用語あるいは立場の違いにより集団内でのコミュニケーションが妨げられる場合などに強い意思決定法でもある。

AHPの活用場面として次が挙げられる:[3]

  • 選択 - 複数の代替案の中から一つの代替案を選択する。多くの場合,複数の評価基準による選択をさす。
  • 順位付け - 代替案をもっとも望ましくないものから順に,望ましいものを並べる。
  • 優先順位付け- 各代替案に関する代替案間での相対的な重要度を決定する。
  • 資源配分 - 代替案間で資源を配分する。
  • ベンチマーク - 他の組織の優れたやり方を,自分の組織のやり方と比較する。
  • 品質マネジメント- 多次元からみた品質のあり方や品質改善を扱う。

複雑な意思決定場面での AHP の活用例は何千件にも達しており[4],計画,資源配分,優先順位の設定,代替案間の選択など広範囲にわたり多くの成果が得られている。[2] これらの他にも,予測,総合的品質マネジメント,ビジネスプロセス・リエンジニアリング,品質機能展開,バランス・スコアカードでの利用がある。[3] 一流企業での活用例も多くみられるが,セキュリティーやプライバシーを理由に一般には公表されていない。文献で閲覧できる活用例としては,近いところでは以下がある:

  • 世界的な気候変動の影響を減らす最良の方法はなにか(Fondazione Eni Enrico Mattei)[5]
  • ソフトウェアシステムの総合品質の数量化(マイクロソフト株式会社)[6]
  • 大学教授の選抜(Bloomsburg University of Pennsylvania)[7]
  • 海外製造工場の建設場所の選定(ケンブリッジの大学)[8]
  • 全国を横断する石油パイプライン運用のリスク査定(アメリカ土木学会)[9]
  • アメリカ合衆国の分岐点(watersheds)に関する最良なマネジメント法の策定(アメリカ農務省)[4]

AHP は歴史的重要性による建造物評価といった,特定状況下における具体的な作業手順の立案にも活用されている。[10] バージニアのハイウェーの状態を評価することを目的としたビデオ映像による最近のプロジェクトにも活用された。このプロジェクトでは,国会議員による予算決定に先立ち,ハイウェー技術師たちがAHPを活用して最適な事業範囲を決めている。[11]

教育と学術的研究

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AHPを使うために専門性や学術的なスキルは必要ないが,4年制大学の工学部[12]やビジネススクール(ビジネスに関する大学院)[13]など,多くの高等教育機関で重要な科目のひとつとされている。

AHPは品質の分野では特に重要な科目とされ,シックスシグマ,リーン・シックスシグマ,QFD(品質機能展開) と一緒に多くの専門コースで教えられている。[14][15][16]

中国では100近い大学がAHPコースをもち,多くの博士課程の学生が研究や論文の主題としてAHPを選んでいる。これまでに900以上の中国の問題に関する論文が出版されており,AHPの論文が内容のほとんどを占めるような中国語の学術雑誌も出版されている。[17]

またこの分野に関心を持つ研究者や実務家を対象としたAHPの国際会議(ISAHP)が2年ごとに開催されている。 2007年に開催されたバルパライソ(チリ)での大会では,90を超える論文が,アメリカ合衆国をはじめ,ドイツ,日本,チリ,マレーシア,ネパールなど19カ国から投稿された。内容も豊富で,外科医に対する報酬水準の確立というものから,戦略的技術ロードマップの策定や荒廃した(devastated)国々におけるインフラ再構築まで広範囲にわたっていた。[18] 2001年から2007年までにISAHPで発表された論文のフルテキストは次から閲覧できる(http:://www.isahp.org/proceedings.php)。

階層分析法の手順

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後ほど改めて説明するが,AHPは,問題を検討する過程で意思決定者による判断結果の数学的統合化(synthesis)が必要になる。この判断結果は数にして数百にもなることがある。数学的統合は手計算や電卓でもできるが,たくさんの判断結果を入力したり統合化したりするにはコンピュータを利用する方法が一般的である。なおコンピュータを利用する方法にしても,標準的な表計算用ソフトによる手軽な方法からカスタムソフトウェアを利用する方法まで様々である。会議室を利用する場合などに便利な,意思決定者たちの判断結果を収集する特殊な装置もある。

AHP の手順は次のように要約できる:

  1. まず意思決定したい問題を階層によりモデル化する。この階層には,ひとつの総合目標,それを達成するためのいくつかの代替案,そしてそれら代替案を評価するためのいくつかの評価基準を含むものとする。
  2. 階層に含まれる各要素について,要素間での優先度(priorities)を確定する。このとき,要素間での一対比較が利用される。例えば,不動産投資家たちが,潜在的不動産を比較しながら,価格より場所,タイミングより価格を重視(優先)したいと判断したと考えればよい。
  3. 2で得られた優先度を合成し,代替案の階層における統合的な優先度を算出する。先の例では,場所,価格,タイミングに関する投資家の判断結果を合成することで,各代替案(具体的な不動産)の統合的な優先度としてまとめることになる。
  4. 得られた判断結果の整合性を検討する。
  5. AHPを活用した最終結論を得たことになる。[19]

以下これらの手順について,節をあらためながら詳しく説明する。

階層による問題のモデル化

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階層分析法における第1段階は,検討しようとする問題を,階層を利用してモデル化することである。この段階で意思決定者たちは大枠から細部へと検討を進めることで問題の全体像を把握していき,それをAHPの規定にしたがい複数の階層で表現する。このように階層を構築していくことで,検討している問題やその文脈,またそれらに関するお互いの考え方や感じ方についての理解を深めることになる。[19]

階層の定義

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階層とは,人,ものごと,考え方などを順位づけしたり,組織化するためにレベル分けされたシステムである。このシステムは,一番上に要素が一つだけ配置され,その下に一つ以上の要素が連なって行くものである。階層の概念は直感的に理解しやすいのですが,数学的に記述することもできる。[20] 階層図はピラミッドのようになるが,一番上に要素が一つだけ配置されること以外は,必ずしもピラミッドの形をしている必要はない。

企業における組織なども階層で表され,責任の所在,リーダーシップの遂行,コミュニケーションの促進のために利用されている。「もの」における階層としてよく知られているものにパソコンがある。一番上に本体があり,その下にモニター,キーボード,マウスが配置される。

概念の世界においても,複雑な実体を詳細に表現するために階層が使われる。実際その実体をいくつかの成分に分解し,それらを順次階層に落とし込むことで構造化される。このときの階層の数は我々の認識を反映していることになる。なお各ステップにおいて,要素を全体から理解するように心がけなければならない。このとき,同レベルであれ他のレベルであれ,その要素以外は一時的に無視することになる。このような方法により,どんな複雑な実体でも包括的に理解していくことができる。

この階層を,解剖学を学ぶ医学生が使う場面を考えてみる。-彼らは筋骨格系(手とそれを形成する筋肉や骨といった,組織と下位組織),循環器系(たくさんのレベルと枝を含む),神経系(たくさんの成分とサブシステムを含む)などについて独立に学んでいきながら,それらすべての系とその主要な下位組織を理解していく。このとき優秀な学生であれば,細胞あるいは分子レベルに至るまでとことん分解していくだろう。そして最後に鳥瞰図とかなりの細部を理解することになる。しかもそれだけでなく,全体からみた細部の関係性をも理解していることになる。階層を使うことで,彼らは解剖学の包括的な理解に至るわけだ。

これと同じことが,我々が複雑な決定問題に取り組むときにも言える。すなわち,階層を使うことで大量の情報を統合しながら,その問題の本質を理解できるのである。情報を構造化しながら,全体として徐々に問題の見通しをよくしていくということである。[19]

AHPの階層

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AHP階層とは,意思決定問題を構造化によりモデル化したものである。この階層は,総合目標,それを達成するための選択肢あるいは代替案のグループ,そしてこれら代替案を総合目標に関係づける因子あるいは評価基準のグループから構成される。評価基準は,問題の性格により,サブ評価基準として下位の方向に次々と分解される。

AHPの活用例に関する出版物をみれば,ほとんどこの階層図とその解説が掲載されている。この文献でも簡単なものは紹介する。より複雑なAHP階層については,書籍にまとめられたものがあるので,そちらを参照のこと。[21] こちらでも具体例を閲覧することができる。

どのようなAHP 階層のデザインでも,検討中の問題の性格以外にも,プロセスにおける意思決定者たちの知識,判断,価値観,意見,必要性,希望などに依存している。したがって階層を構築していくプロセスでは,有意義な議論,十分な調査,そして発見がなければならない。階層を完成させた後であっても,新たに考えた評価基準や初めは重要とされなかった評価基準を追加することもできる。同じことが代替案についても言え,追加,削除,あるいは変更しても差し支えない。[19]

ここでAHP階層をさらに理解していくために,総合目標とそれを達成するための3つの代替案,さらにそれら代替案を評価する4つの評価基準を含む意思決定問題について考えてみる。

この階層は下図のように,一番上に総合目標,一番下に3つの代替案,そしてその中間に4つの評価基準をもつダイアグラムとして描かれる。

ファイル:例.jpg

このようなダイアグラムに描かれるひとつひとつの箱は,専門的にノードと呼ばれる。またすぐ下の階層にある1つ以上のノードと結び付いているノードをそれらのノードと呼び,反対に親ノードに結び付いているノードをノードと呼ぶ。

たとえばこれらの用語を下のダイアグラムに適用すれば,総合目標は4つの評価基準の親であり,反対に4つの評価基準は総合目標の子であると言える。同様にして,各評価基準は3つの代替案の親になっていると言える。このダイアグラムには3つの代替案しかないが,そのひとつひとつが別々に親とつながっていることがわかる。

ファイル:例.jpg

AHP階層図を描くときはスペース省略するために,下に図で示すように,各代替案にひとつずつのノードを割り当て,さらにそれらとそれらに適用する評価基準を複数の直線で結ぶ。見づらくならないように,これらの直線はいくつか省略したり,全く描き込まないことさえある。大事なことは,どのような図で表そうとも,階層の中で各代替案はいずれかの親ノードと結びつけられていることである。

ファイル:例.jpg

階層の評価

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階層が完成したら,意思決定者たちは各ノードを一対比較により評価する。この評価はあとで数値尺度に変換される。評価基準は総合目標に対する重要度について一対比較する。代替案は各評価基準について,選好度について一対比較する。これらの一対比較の結果が数学的に処理され,各ノードの優先度が求められることになる。

上述の「リーダー選び」について考えるならば,意思決定者が行うべき重要な手続きは,リーダーを選ぶために挙げられた評価基準の重みを決めることであり,各評価基準に関して各候補者の重要度を決めることである。AHPは重要度を決めただけでなく,各評価基準に意義ある,かつ主観的な数値を割り振ったのである。

AHP をおいてこのようなことができる手法はないと言っても過言ではない。そもそもどの評価基準も,候補者を比較するに値する有用な尺度を持っていなかったことを確認したい。

一対比較

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優先度の評価

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この節は優先度について説明し,それらを求める方法を紹介する。

優先度の定義と解釈

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優先度とは,AHP 階層内の各ノードに結びつけられた数値のことである。 それらは,組になっているノード間での相対的な重要度を表わしている。

優先度は,確率のように0から1の間の絶対値になるが(ただし優先度は0にはならない),単位や次元といったものはない。たとえば優先度0.200のノードは優先度0.100のノードの2倍の重みを持ち,優先度が0.020のノードの10倍の重みをもつことになる。検討中の問題の性格により,この“重み”は重要性,選好性,可能性,または意思決定者が決める他の因子に関するものと解釈される。

優先度はそのアーキテクチャにより階層の中で配分されたものであり,それらの実体は,階層を作るプロセスで意思決定者により入力された情報により適宜解釈されるものである。なお,総合目標,評価基準,代替案の優先度は密接には関係してはいるが,それぞれ独立に考えることが必要である。

総合目標の優先度は1.000と定義する。これより代替案の優先度は常に1.000以下になる。評価基準の優先度は一つのレベルだけの場合は評価基準の優先度の合計は1.000になるが,サブ評価基準を持つような場合は複雑になる。以下,具体例により説明する。

ファイル:例.jpg

例において同じレベルにある,総合目標,評価基準,代替案の優先度の和はどれも1.000である。

例にある優先度は,評価基準や代替案の重要度を計算する前に設定されるものであり,同レベルにある優先度は全て等しくなっている。これらの値は階層のデフォルト優先度と呼ばれる。たとえば階層にもし5番目の評価基準を追加されると評価基準のデフォルト優先度は0.200になり,代替案が2だけになればデフォルト優先度は0.500になる。

ここで2つの新しい概念を与える。それらは階層内に2つ以上の評価基準のレベルがある場合,すなわちサブ評価基準がある場合に適用されるもので,ローカルな優先度グローバルな優先度である。各評価基準の下にいくつかのサブ評価基準がある次の例により説明する。

ファイル:例.jpg

ある親ノードに関して,姉妹関係にある子ノード間での相対的な重要度がローカルな優先度(灰色の数値)である。評価基準の組にしろ,それらの下にある姉妹関係にある評価基準の各組にしろ,ローカルな優先度の総和は1.000になる。一方,姉妹関係にある子ノードのローカルな各優先度と,それらの親ノードのグローバルな優先度をかけあわせることで得られる優先度がグローバルな優先度(黒色の数値)である。同じレベルにある全てのサブ評価基準のグローバルな優先度の総和は1.000になる。

これらの規則は以下のように書ける:

  1. 階層において,子ノードのグローバルな優先度の総和は,それらの親ノードのグローバルな優先度に等しい。
  2. 組となる子ノードのローカルな優先度の総和は1.000である。

ここまでデフォルト優先度について説明してきた。階層分析法の手順を進める上で意思決定者が各ノードの重要度を決めていくが,そのときこのデフォルト優先度が上書きされることになる。いわば意思決定者は,一対比較によりデフォルト優先度を上書きしていくことになる。

活用例

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一対比較

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AHPへの批判とそれに対する回答

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AHP は今やオペレーションズ・リサーチや経営科学のたいていの教科書で取り上げられ,多くの大学で教えられている。また論拠を重んじているような組織においても幅広く使われている。[3] 包括的合意は,専門的に妥当性があり,実用的に有用性があるとき,それを批判する人はいない。[6]

1990年代初頭,AHPについて批評家たちと提案者たちの間の一連の討論が学術雑誌 Management Science[26][27][28][29]や The Journal of the Operational Research Society。[30][31][32]に掲載された。これらの討論は AHPに有利な方で落ち着いたようだ。

  • 2001年にAHPの学術的批判を真っ向から反証する詳細な論文が,学術雑誌Operations Researchに掲載されました。[3]
  • 2008年に出版されたManagement Scienceの論文に多目的意思決定全分野における過去15年間の発展経過をレビューしたものがあるが,AHPに関する論文の数は他のどの分野よりも多く,この分野でいかに多くの発展がみられたかを示している。[33]
  • 同じく2008年に,オペレーションズ・リサーチと経営科学の分野で主要とされる国際学会において,それらの分野におけるAHPの多大な影響を公式に認めている。[34]

それにもかかわらず,現在でも批判が完全に収まったわけではない。1997年に出版された論文で,AHPの一対比較で利用する口頭による尺度(対 数値尺度)は構造的に不備がある可能性について検証された。[35]また同じ年に別の研究者により,AHP モデルを適用することで本来つけられるはずのない順序を誘引してしまう可能性を指摘されている。[36] 2006年には,全ての代替案を同じように評価する評価基準をあとから追加すると,もとの代替案間での順序が変わってしまう可能性を指摘した論文が出版されている。[37]

AHPへの批判はほとんどが順位逆転と呼ばれる現象に関するものである。これについては,節をあらためて説明する。

順位逆転現象

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評価基準あるいは代替案の属性による代替案の順位づけは一般的な意味で意思決定理論の一部分である。確かに,意思決定のプロセスにおいて,あとから新しい代替案が追加されたとしても,もとからある代替案間で順位変動は起こらないということ,すなわち順位逆転現象は起こらないということは,(AHPを含め)意思決定手法に必須の公理のとも思える。

しかしこの仮定の妥当性はいささか疑わしいものである。事実,AHPを活用しない意思決定場面においても,新しい代替案を追加することで,もとからある代替案間での順位変動が起こる場合がある。このような順位逆転現象は頻繁に起こるわけではないが,この現象が起こる可能性は意思決定問題に活用される手法の,あるいは様々な決定理論の潜在する仮定の,十分に論理的な含意といえる。

2000年のアメリカ合衆国大統領選挙は,順位逆転現象を理解する上での好例である。実際ラルフ・ネイダーは,民主党,共和党いずれの候補者からも劣勢にあったことから,当初は”無関係な”代替案だったといえる。ところが彼が後に共和党より民主党に投票していた人たちからのたくさんの票を獲得したことで逆転現象が起こった(訳者注:予想に反してジョージ・ブッシュ・Jrが勝ってしまった)。ネイダーが立候補していなければ,アル・ゴアが勝っていたことは誰もが認めるところであり,いわば当初「無関係」であった彼の存在が順位逆転現象を引き起こしたと説明できよう。1992年のジョージ・ブッシュの敗北にロス・ペローが与えた影響についても同様のことが言える(訳者注:予想に反してビル・クリントンが勝ってしまった)。

順位逆転現象への対処には2つの立場がある。ひとつは,評価基準が変わらないのであれば,代替案が新しく追加されようとも,もとからある代替案間での順位逆転現象は絶対に起こるべきではないという立場。そしてもうひとつが,妥当でない順位逆転現象がある一方で,起こるべくして起きる順位逆転現象もあることを認める立場である。AHP の最新バージョンでは,これらいずれの立場にも対応できるよう2つのモードが用意されている。どんな場合でも順位逆転現象を絶対に起こさないIdeal モードと,場合によっては順位逆転現象を認めるDistributive モードである。AHPを活用するにあたりどちらのモードを取るかは,意思決定者の立場,あるいは検討する問題の性格により決めることになる。AHPはあくまでも意思決定者の人間的な判断を反映できる意思決定法であることを改めて書き留めておく。

順位逆転現象と理想代替案については,学術雑誌Operations Research[3]で広範にわたり議論されている。またAHP の現時点での標準的テキストとされる書籍ではRank preservation and reversal という章にて扱われている。[22]なお後者には,AHPの枠組みを超えて,一般によく知られる順位逆転現象の例が掲載されている。コピー代替案あるいはそれに近い代替案を追加することにより起こる順位逆転現象,決定ルールの非推移性により起こる逆転現象,幻とおびき寄せ代替案を追加することにより起こる逆転現象,そして効用関数におけるスイッチング現象による逆転現象である。AHP の DistributiveモードとIdeal モードについてもその書籍を参照のこと。

関連項目

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脚注

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