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利用者:チワパスタ/sandbox

生涯 [編集]

生い立ち[編集]

ブラジル南部の町、ラグナの近くの貧しい農民 ベント・リベロの娘に生まれた。リベロ家は大西洋の島、アゾレス諸島から移住してきた家系で、父親は牧畜業を営んでいた。アニータの家庭環境は貧しく厳しかったがアニータは意志が強く、馬を操るのが得意だった。アニータの意志の強さには母が手を焼いていた。[1]

一度目の結婚[編集]

父親と3人の姉妹が相次いで亡くなり、母親たっての願いにより15歳の時に14歳年上の靴屋に嫁ぐ。夫は酒飲みで、結婚して3年後も子供はおらず、当時ブラジル帝国軍の兵士として従軍しており、家を空けがちで夫不在中のアニータは実家に帰っていた。[1]

ガリバルディと出会いと結婚[編集]

1839年、後に夫となるガリバルディと出会う。この時、ガリバルディはファラポス戦争の反乱軍に加わっていた。ガリバルディに惹かれたアニータはガリバルディの船に乗ったことをきっかけに運命を共にする。この後からアニータはガリバルディと共に戦いだす。

1840年にクリチバノスの戦いでアニータは捕虜となるが馬で逃走するも馬が射殺されてしまう。そのためアニータはカノアス川に飛び込み、4日間森でさまようが最終的にはガリバルディと再会。

アニータは妊娠中も戦場へ出ていた。妊娠八か月の時には騎兵隊を率いていた。

1840年9月16日長男を出産。

1841年、ガリバルディがウルグアイモンテビデオに移り住む。その地で2人は翌年の1842年に結婚する。さらにその地で3人の子どもを出産。

  1. ^ a b 伊藤慈子『女たちのラテンアメリカ下巻』五月書房新書、5月1日 2022、30-32頁頁。