利用者:多一教
多一教(たいちきょう)は、多一教という宗教に関心を持つウィキペディアン。
多一教とは
[編集]多一教(たいちきょう、英語: polynitism)は、ヤハウェは多様性に価値を認める神であるという教義を特徴とする、アブラハム宗教に属する宗教の一つである。2016年に大黒学によって開発された。
『創世記』に登場するアブラハム(Abraham)という人物に啓示を与えたヤハウェ(YHWH)という名前を持つ神を帰依の対象とする宗教は、「アブラハム宗教」(Abrahamic religion)と呼ばれる。アブラハム宗教に属する宗教としては、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、バハーイー教などがある。多一教も、帰依の対象とされる神はヤハウェであり、したがって多一教はアブラハム宗教に属する宗教の一つである。
多一教におけるヤハウェは、他のアブラハム宗教におけるヤハウェと同様の属性を持つが、他のアブラハム宗教におけるヤハウェが持たない独自の属性も持つ。多一教におけるヤハウェが持つ独自の属性のうちで最も重要なものは、その神は多様性に価値を認める、というものである。多様性に価値を認めるというのは、多様性を構成している個々のものに対して価値を認めるということである。
他のアブラハム宗教と同様に、多一教においても、ヤハウェは我々が存在している宇宙を創造したと考えられている。多一教においては、「宇宙を創造した」というのは、我々が存在している宇宙の物理法則と物理定数を定めて、その存在を開始させた、という意味である。多一教におけるヤハウェは多様性に価値を認める神であるので、我々の宇宙の物理法則と物理定数は、宇宙の物理的な多様性を可能な限り高くすることを意図して定められている。
ヤハウェは宇宙を創造したという多一教の教義は、他のアブラハム宗教とも共通するものであるが、創造後の宇宙に対するヤハウェによる干渉に関する教義は、多一教と他のアブラハム宗教とで異なっている。他のアブラハム宗教におけるヤハウェは、我々が存在している宇宙に対して、それが創造されたのちにも物理的な干渉を加えることがあるとされている。それに対して、多一教におけるヤハウェは、創造後の宇宙に対していかなる物理的な干渉も加えないとされている。
多一教におけるヤハウェは、我々が存在している宇宙に対して、それが創造されたのちにはまったく干渉を加えない、というわけではない。もしもまったく干渉を加えないのであれば、多一教は理神論(deism)の一種であるということになるが、多一教は、理神論にかなり近い宗教ではあるものの、理神論の一種であるとは言えない。なぜなら、多一教におけるヤハウェは、我々が存在している宇宙に対して物理的な干渉は加えないが、非物理的な干渉はしばしば加えることがあると考えられているからである。多一教におけるヤハウェが、我々が存在している宇宙に対して非物理的な干渉を加える目的は、人類が持つ宗教の多様性を創出することである。
多一教においては、我々、すなわちすべての人間は、宇宙に対して非物理的な干渉を加えるためにヤハウェが使用する、「端末神」(terminal god)と呼ばれる神であると考えられている。端末神は、その内部に「霊魂」(spirit)と呼ばれる非物理的な機構を持っており、その機構は、ヤハウェからの啓示を受け取ることができる。「宇宙の内部には二柱以上の神が存在するが、それらの神々は、ヤハウェが自身の啓示を宇宙の内部に伝えるための端末である」という多一教の教義は、「多位一体」(polynity)と呼ばれる。
多一教におけるヤハウェは、人類が持つ宗教の多様性を創出するために、さまざまな人間にさまざまな啓示を伝える。人類が持つすべての宗教は、ヤハウェからの啓示にもとづいて作られたものである。ヤハウェが伝える啓示には、真である教義のみではなく、偽である教義も含まれている。偽である教義が啓示に含まれている理由は、そうすることによって、啓示に含まれるすべての教義が真である場合よりも、宗教の多様性をより豊かなものにすることができるからである。
多一教におけるヤハウェが人間に伝える啓示には偽である教義も含まれているので、いかなる宗教のいかなる教義も、真であるとは限らない。そして、宗教に含まれる教義が真であるか偽であるかということを判定することのできる人間は、存在しない。この点は、多一教に含まれる教義についても同様である。
多一教において、多一教の信徒とみなされるのは、多一教の教義を信じ、かつ、ヤハウェに帰依している人間である。ただし、多一教においては、「帰依している」という言葉が通常とは異なる意味で使われている。多一教においては、「ヤハウェに帰依している」というのは、「自分がヤハウェになったつもりで事物の価値を判断している」という意味である。多一教におけるヤハウェは多様性に価値を認める神であるので、ヤハウェに帰依している人間も、多様性に価値を認めることになる。