利用者:熊谷雄一/sandbox
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周波数シフター
拡声空間の問題点: 大ホールにおける特有のハウリングが,位相の合った周波数ポイントにおける共鳴現象の一種であることを理解するなら残響音の回り込みの抑制については全く期待できないわけではない。ハウリングはループゲインがゼロ以上の周波数において位相が同位相の周波数ポイントで必ず生じる。つまり,ハウリング周波数の位相を180 度に反転させるとどんなにループゲインがプラスになってもハウリングは発生することはない。しかし,ハウリングが生じる度にその周波数の位相を急に反転すると,クリックノイズのような位相雑音というものが発生してしまう問題が生じる。 しかし,位相の変化の度合いを一定に,直線的に変化させるならクリックノイズは発生しない。
周波数シフターと一般のハウリングサプレッサーとの違い: 一般のハウリングサプレッサーは特定周波数の位相ではなくゲインをノッチフィルタによって落とす方式のため音質に影響を与えることが懸念される。しかし,周波数シフターはノッチのような消極的な処理を伴わないため音質を損なうことが全くない。これまでフィードバックに関しては,常にハウリングサプレッサーを使用してきたかもしれない。これは,ゲインが高 い共振周波数に着目し,ハウリングが発生したときにノッチフィルタを自動挿入して減衰させるという方法だった。しかし,特に,大ホールでは,伝達遅延時間が長いために,温度の影響とともに共振周波数が変化すると対応できない場合がある。一方,周波数シフターは最初から周波数をシフトさせているので遅延や温度によるゆらぎを抑制あるいは分散する方向に働くことになり,残響レベルの高い周波数帯域でも音質の低下を招くことなく使用できる。先に述べたように,ハウリングサプレッサーは時々手動でノッチを解除しないと音質低下を招くが,周波数シフターは基本的に何もする必要がない。そして,ハウリングサプレッサーはマイクロホン1台に対して1台のサプレッサーが必要になるが,周波数シフターはメインラインのエフェクタと同様,一括して動作させられるので,講演台のマイクロホンはもとより,複数のハンドマイクロホンに対しても有効で,基本的には音響システムの後方に1台配置するだけで済む。 このように,周波数シフターは全オーディオ帯域の周波数を数ヘルツシフトさせるという,いわば体質を調整することによって異常現象の兆候を確実に抑えます。ハウリングサプレッサーは自動に設定しても,大きな共振音を発してからその周波数のゲインを落とすといった対症療法ですが,周波数シフターは,特定の周波数を減衰させることはしないため,本来の音質を損なうことがない。
周波数シフターがハウリング抑制につながる仕組み: 音波の位相を変化させると,直接音や間接音による増強は生じては問題である。しかし,同一周波数であれば均等に位相をずらした信号のベクトルは全方向発散するので総和はゼロと見なせる。残響音のようにあらゆる遅延成分を含んだ音波は残響時間が長い分だけ音声帯域全体のエネルギーは上昇し必然的に共鳴周波数にエネルギーが多く集まる。しかし,位相を全域で一定速度以上で回転させると全帯域にエネルギーが分散される。こうなると特定周波数におけるゲインの増強というものは皆無になる。スピーカーからの直接音や反射音の位相を常時360度の全位相に分散させることによって,特定帯域で共鳴がちな空間特性であっても過激な音圧上昇はなくなり,共鳴が抑えられハウリング現象へに発展しなくなる。
位相の回転は周波数をシフトすることと同じ: 全域の位相を回転するということは,具体的には,鋸波を変調波として変調率50%(正確には零度を基準にして-50%~+50%)で位相変調するという手法と全く同じ。つまり,位相の回転は,結果的に全帯域の周波数をリニアにシフトすることと全く等価である。具体的には,位相の回転周波数をFφHzで回転させることと,ラインの音声周波数がFφ分だけ上昇または下降させることは同じ意味である。例えば,マイクからのライン信号を周波数シフターを通すと,すなわち位相が-180度から+180度まで5Hzで直線的にスイープ(鋸波による50%位相変調)すると,その出力は5Hzアップする。また,位相をマイナス方向にスイープすると出力周波数は5Hzダウンする。
周波数シフターの導入について: 音響装置のメインのエフェクターの位置に周波数シフターを設置することを仮定してみよう。例えば,遅延時間が200ミリセカンド台のホールを想定した場合,天井のスピーカーから音声は全帯域を数ヘルツだけシフトさせなければならない。このように述べるとと別物の音声をスピーカーから放音することになるのではという心配があるかもしれない。確かに,スピーカーからの遅延時間が数十ミリセカンド程度の小さな部屋では必要な最低周波数シフトを大きくしなければならないので適用はむずかしい。しかし大ホールではほとんど原音と区別できない程度まで周波数のシフト量を下げられる。したがって,この手法は拡声空間が大きければ大きいほど原音との差を小さくできる特徴がある。
一例: 札幌ドームに必要な周波数シフト量: 位相回転による効果をもたらすためには,スピーカーからの直接音がステージマイクロホンのヘッド部分で位相が少なくとも1回は反転する必要がある。スピーカーからステージのマイクロホンまでの最短距離は約67mだった。音速は25度Cで346m/sなので,直接音の到達時間は約194 msになる。これをもとに必要な周波数シフト量を求めてみる。 20.055*sqrt(25+273.15)=346.3
ここで,ステージのマイクロホンヘッドの位置に置いて,どの周波数成分も位相が反転させる場合,天井スピーカーからステージマイクまでの直接音による音圧分布は半波長としなければならない。 波長λ=2L・・・・・・・・・・・・ ① L:SP~MICまでの距離 周波数シフト量ΔF=V/λ・・・・・② V:音速
ΔF=346/λ =346/(2*67) =346/134 =2.58 ここから,札幌ドームの場合,周波数シフターの最低シフト周波数は3Hzあれば十分なことが分かる。