利用者:田村悠

 対戦格闘関連のみ、ごく稀に編集してました。今はコンピュータゲーム中心にふと思ったものを色々と。

メモ[編集]

各所で提案しすぎて既に覚えきれなくなったので。

どんな奴なんだと見に来た人向けの伝えたいこといくつか[編集]

下の方まで眺めれば「あ、ヤバい奴だ」とわかるだろうけれど、だからこそ一番上に最もこのWikipedia上で大事にしたい事。
1つは「善意」。悪意をもってイタズラして他人の嫌がる事をするつまらない連中は即退場でいいけれど、性格に問題アリ。とてもじゃないけれど一緒に作業は出来ない、そんな人でも基本は善意で動いている。私は「投稿ブロック依頼」というシステムが嫌いで、このシステムがもうWikipediaの「善意に」に反している。ブロック依頼は「礼儀正しい」行為なのだろうか。話が通じない、あまりにも性格が悪い、そんな例はいくらでも知っている。それでも、無期限(表向きは解除できますよ、と言っているけれど実質ほぼ解除無理な)ブロック依頼する方が遥かにタチが悪いと思ってます。
1つは「差別」あらゆる属性における差別は駄目だよね、と。私は自身がオタク属性でありながら、Wikipedia上の彼らの行動を嫌っている。けれど相対する時に差別意識はもたないようにしている。特に思うのは年齢差別。まだ子供だから5、6年ブロックでとか、児童向けのガイドを作った猫好きさんでしたか?発端からしてそんな発言しているのだけれど、それ必要?多くの児童は6年もしたら「別のアカウント作ってる」でしょ。彼らの1年は成人の1年とは違う。1年で大きく成長する。「だから1年ブロックでいいだろ」と言ってるわけじゃなくて、前述の通りブロック依頼自体どうかと思ってる。それでもするなら年齢による考慮は不要ですよねという事。一般的に無期限に相当するなら無期限ブロックでいい。1年後、5年後、10年後、彼らが別アカウントで活動したところで、それを「ブロックやぶりだ」とかやる事自体バカげてる。まあ、ブロックしていいのは「悪意」の利用者のみで、「善意」の利用者はブロックしても最長1週間てとこじゃない?ってのが私の意見。鬱陶しいし邪魔だろうけど。
そして、この日本語版Wikipediaは合法的に「他人を攻撃する」のが大好きな人が多すぎる。が、ホントに合法なのか?誹謗中傷があまりにも激しい。
既にグローバルブロックされていて、まあそれも仕方ないんだろうなと思う利用者に対する投稿ブロック依頼、これ面白いんですよ、口調はアレだけど、ブロック依頼かけられた被依頼者は「口調」以外でそんなにも激しく批判されるような事をしただろうか?という。他人への攻撃はもちろんよくない、ならば投稿ブロック依頼で「賛成」するあなた方の多くもブロック対象だ。言葉が過ぎる人が多い。投稿ブロック依頼かけられた被依頼者には何を言ってもいい、どんな行動だろうと否定してもいいと思ってる人が多くて、憂さ晴らしには実にいいだろう。が、あなたのストレス解消の為に利用されてはたまったものじゃない。投稿ブロック依頼で「賛成」にいれる人の多くは正義でも何でもない。他人を上から見下すのが気持ち良くて仕方ない人がかなりの数まぎれてる。だから小学生の裁判ごっこ以下、魔女裁判と批判するしかないのです。

参加経緯[編集]

 自身が作成したサイト発祥のデタラメが記事に書き込まれていたり、Wikipediaのリンク方針にあわないのにリンクされていたりしたので、それをどーにかする為に仕方なく参加。

稀にしか編集しないていなかった理由[編集]

そもそもWikipediaはクソメディアだと思ってます。こんな無責任なクソメディア無くなればいいのにと思ってます。が、現実「無くなる」は有り得ないので仕方なく自身の出来る範囲で間違いを正したりしているだけです。

全般的に方針に従わない人ばかりなので、Wikipedian相手に話し合いなどしたくもありません。議論というかケンカが大好きな人が多い。今後どうするかの話し合いに勝敗など無いのに、何としても言い負かして「勝利」しようとする人が多すぎです。

身勝手な人も多すぎです。悪意に溢れていて、そしてとても排他的です。頻繁に編集を行う人は、そうでない人よりも格上だと思い違いしてる人もいっぱいいます。どんな参加形態でも歓迎されるはずではないのですかね?

対戦格闘関連は百科事典としては、あまりにも下らない事が大量に書き込まれている、にも関わらず「書いたもん勝ち」なWikipediaの方針により除去する事も出来ない。

攻略まがいの記事をせっせと書いて、それを指摘されると逆ギレする人もいるようなので関わりたくない。

が、いつか餓狼伝説から「ネタ記事」にしかなっていないボンボン餓狼に関する記述の多くを取り払えればいいなーとは思っている。ノートで除去を提案するのも面倒だし、そもそもあの項目に関わっている方々がネットでの知識しか無い人ばかりのようなので非常に難しいが。もっと他の作者の描いた餓狼伝説も見てみて「細井版だけが異常なわけではない」事に気付いて欲しい。

2024年何となく活動再開[編集]

あいかわらず、何が何でも自分の意見を通そうとする人と、管理者に選出までされているのにやけに横暴な管理者とか諍いが多い。そんなものに関わりたくないので、よっぽどヒドい事が無いかぎり、自分で書いた分を差し戻されようが、知った事じゃないと思う。

今のところ思うのは、多くの利用者がWikipedia:善意にとるを全く守れていないし、守る気もない。それでいてガイドラインや方針をすぐ盾にとる人ばかりだ。自分の常識を押し付ける人があまりにも多い。人間の善意を全く信じてない。ただ、私も常時守れているかというとそうではなく、守るのは本当に難しい。

何かというとすぐ「お引き取り願うしかない」。その表現は失礼ではないと思っているんだろうか?いつから投稿ブロックは出禁の懲罰になったのだろうか?全くもって日本語版Wikipediaは野蛮だと思う。

未だに「引用」すら「著作権侵害」と言い張って少しでも文章が一致すると削除だとわめきたてる割に、平気で他人の権利を侵害する事は出来てしまうこのメディアはホント何なんだろうね?一言一句同じじゃないなら著作権侵害にならないと考えてる頭の悪さにも辟易してしまう。最近はさすがに無いっぽいけど、一時期に「○○という主旨の発言をしている」とかバカじゃねーのと思って見てた。「燃えやがれぇ」みたいなセリフに著作権あるわけないだろうに。「燃えて欲しいという主旨の発言をしていた」とか、そもそもWikipediaに書く内容でもないし、書くにしてもそれは無いだろと。

どうしても「決めつけ」で「〇〇は間違ってる」的な記事を見るとイラっときてしまうので。大抵その強い表現を使う記事の方が間違ってるから。

後は、黎明期からずっと問題視されてるのに未だに続いてる意味のない「関連作品」とやらでタイトルを並べる行為。何の役にもたたない。クソオタクどもいい加減にしろよ、ホント。同じオタクとして迷惑なんだよ、ホント。

大して並んではいないけど、「鉄の処女」のとこにある謎の漫画とアイアンメイデンとかいうバンド。鉄の処女という拷問器具について知りたい時に勝手に名前を使ったバンドの事を伝えてどうしようってんだ。そのバンドの方から名前の由来になった拷問器具にリンクするのはアリだけど、その逆はいらないだろ。こんなのホント黎明期からずっと言われ続けてるのに理解出来ないオタクが多すぎる。お前らのその行為はお前らが推してるその作品やグループにとって迷惑なだけだと気付け。

利用者に対するコメント依頼、ブロック依頼という集団リンチが嫌い。「被依頼者」とされる人を徹底的に叩く場と化してる。一方的になじる事が出来てあなた達は気分が良いかもしれないけど、された方はたまらないと思うんですよね。この場合、管理者まで混ざってる場合が多い。相手がどれだけ問題あろうと、相手が礼儀知らずだろうと、自分も同じ事をしていいという事にはならない。 ホントにどうしようもない人でないなら、数の暴力に負けようと出来れば理不尽な言葉の暴力を少しは削いであげたいと思ってしまう。その意見でブロックされる人がされなくなるという事はないだろうけど、一方的に攻撃され続けるのは多分辛いだろうから。

どうしても性格的に「向かない」短気な人というのはどうしてもいる。そういう人が好んで議論に参加して便乗して攻撃してる節はあるけれど。

ただ、短期で言葉が悪い人も別に悪意を持ってやってるわけじゃない。反省を述べているのに、その反省にまでケチをつけるのはよろしくない。信じられなくともそれを信じられないと書く意味がない。そしてWikipediaのアホほど多い、方針、ガイドラインに加えて私論まで全部読んでないと、それだけでブチ切れる人たち。読むのは義務じゃない。知らないなら教えてあげればいい。何で知らないんだ、とするのは絶対間違ってる。とか、誰が全部読んでるんだっていう。

日本語版以外知らないから日本語版Wikipediaに限定するけど、傲慢さが嫌い[編集]

Wikipedia:外部リンク#外部からのリンクを禁止しているページへのリンクの扱い。「外部から個別ページあるいはそのサイトへのリンクを禁止している場合であっても、閲覧者の利便性を優先し、個別ページへのリンクを掲載して構いません。」ってかまう構わないはあなた達が決める事ではない。

個人的な話をするなら、リンク禁止というのはWebというもの、ハイパーリンクというものを理解していない代物だなとは思うのだけれど、それが利用規約。ルール違反があればすぐ問題視する割に他者の制作物を使うにあたって相手の作ったルールを守る気が無いという態度は傲慢すぎる。お前らの利便性なんてリンク側からすれば知った事かよだろ?ルールを守って利用してくれる人に提供しているんだ、それは。

たとえば、システム的には何もロックがかかっていないけれど、利用規約として「使用料金を送金して下さい」とあった場合でも、「送金などしなくていいです」ってなるのか? 違法かどうかなんてどうでもいいんですよ。違法行為はダメなのは当たり前の話で、その上で違法ではないけど、ルール違反という事を平気で行えるのは問題だという事。

利用するための条件を満たしていない以上、利用しちゃダメなんですよ。単純に営業店舗の話だと「店側にも客を選ぶ権利がある」っていう事で、ルールを守らない人は来ないでねってこと。

利用規約を守らなくていいという野蛮な考え方がどこから生まれてくるんだろう?サイトの利用条件が「利用料金を支払う」だろうと「トップページから入る」だろうと、それは何ら変わらない。相手の提供するものを利用するにあたって、何で敬意が無いんですか?違法じゃないから何やってもいいは大抵の人は「最低な思考だ」と言うと思うけど、それがわからない?

あらすじなんかもそう。ネタバレも同じ。ネタバレ注意を廃止した事は別にいい。ネタバレというのも場合次第だろう。ただ、その相手が禁止していたらダメだろう?あなたがたは虎の威を借っているだけだ。けれど、Wikipediaには別に何の権威もない。あなたがたは個人サイトで同じ事が出来ますか?出来ないというなら、それはまさしく「Wikipediaの威を借りている」だけで、心としては「本来やってはいけない事」と認識しているという事。堂々と個人サイトで同じ事が出来るならWikipediaでもやればいい。今のところ日本語版Wikipediaはそれを禁止していない。「一般の方々と我々は違うんです」とルール無視して撮影強硬した某局のスタッフのニュースをどう思った。何て傲慢なんだ、これだから×テレビは、これだからメディアは、とかそんな反応だったんじゃないか?でも、あなた達も全く同じだからね?「私たちは一般人の個人サイトじゃない、Wikipediaなんだから他人のルールなんて破ったっていいんです」と言ってるんだぜ、これ。どんだけ傲慢で頭悪いんだよ。

その方が便利だからと、Wikipediaの利用規約守らないで利用したらWikipediaは問題視するだろう?あなた方は絶対的に間違っている。リンク先には敬意を持ち、相手の提示するルールぐらいは守るべきだ。Web文化というものはある、けれどそれを超えてローカルルールを作る事は別に間違ってはいない。

日本語版以外知らないから日本語版Wikipediaに限定するけど、傲慢さが嫌い2[編集]

上で少し触れたのでネタバレとか。それ「百科事典に必要な記述なんですか」と。そしてその対象が「ネタバレしないでくれ」としていてもWikipediaは基本気にしない。これも違法ではないという実に身勝手な理由からだ。が、個人サイトで同じ事出来るかとまた言っておく。一個人をわざわざ訴えてくる企業はなかなかいない。大きな被害が無い限り。それでも、その危険がある中やる人は結構いない。日本語版Wikipedia相手には訴訟を起こしにくいので、現状基本的に泣き寝入り状態。でも、同じ事をニコニコ動画がやれば、余裕で訴えられるぜ。それはWikipediaに権威があるからじゃない。訴訟を起こしにくいからだ。

わかりやすい例としてはノート:L_(DEATH_NOTE)#本名掲載の是非。作品にとってマイナスになるかどうかなんてあなた達が考える必要はない…それを考えるのは素晴らしい事だし、本来は考えるべきなんだけど、まずそれより先に、その情報が必要かどうかだ、デスノートという作品を理解する、Lというキャラを理解するにあたって本名がわかると何が変わるというのだ?デスノートのファンサイトであれば「これを掲載する事は作品にとってどうなんだろう」と考えるべきで、おそらく結果として「あらゆる情報を網羅した方がいい」という判断になるんじゃないかなと思う。けれどこのWikipediaではその判断の前にその情報が必要かどうかだ。

さて、Lの本名がエルだという情報はデスノートという作品の理解に何か役に立つのだろうか?漫画やアニメに関係ない項目に「〇〇の要素のある作品」と一覧リストを作るのと同程度に、もしかしたらそれ以上に「意味がない」情報だろう。Wikipediaにその情報は必要ない。「あってもいい」けれど、この情報の場合、作品本編では隠されていて、最後の単行本に特典として掲載された代物。どうせすぐにネットで広まるだろうという予測は立つけれど、その先陣をWikipediaが切る必要はない。本来は有料の情報を勝手に転載するという行為は、「善意で録画したテレビ番組を投稿する」のと大差無い。「いや、その行為は違法だけど:とかやめてくれよ?上に書いたけど、違法でなければ何やってもいいのかという事だ。有料の書籍に袋とじで本名を封入するという形までとった情報は当然、出版社からすれば「無断転載」しては欲しくはないものだろう。「そんな事情なんて知った事か」と言えるほどに有意義な情報なのか、そこまでして掲載したかった情報なのか?ただ単に相手を踏みにじりたい、何でもかんでも記述したいというクソ思考なだけじゃないか。

今更、本名を消したってしょうがないし、上述のとおり「あってはならない」ものではなく、「無くてもいいけどあってもいい」レベルのどうでもいい情報なので触る気は無いけど、日本語版Wikipediaは不在裁判というか「相手当事者がいない」から、利用者同士だと「お互い引かず」に揉めるけど、こういう場合はほぼ毎度のように「自分達の都合の良い」ように相手の権利を踏みにじる結論に達する。小学生のかちかち山裁判とかの方がまだマシなぐらい、精神が幼い。

管理者をしてくれなんて頼んでない[編集]

ヒマつぶしに、ブロック系のログとかその経緯になったとことか最近読んでるのだけど、態度の悪い利用者に「別にあなたに記事を書いてくれと頼んでない」的な発言は結構見る。その通りだ、何でそんなにこのクソメディアに必死になって書きたがるのか。ただ、それは管理者も同じ。 管理者は管理者という立場にあるだけで、一般利用者と立ち位置というか「位」は同じ。上司と部下の関係ではなく対等の関係。別に管理者だから「エライ」というわけではない。個人的には管理者なんて無しで好き放題荒れてもよくね?と思うのだけど、まあ良くはないのは事実としてはわかる。ただ、管理者の質が悪いので、管理者をからかって遊びたがるバカが次々と沸いて出てきてるのも確か。

さて、問題は黎明期からずっと「管理者として有能だから多少問題があっても」と見逃されてるパターンが多い事。もちろんそれを指摘して問題視してる人も今まで何人もいる。けれど、それを超えて「それでも管理者として貴重だから」になりやすいのは確か。どれだけ優秀な記事を書いても問題起こすとブロックされたりするのと正反対ですな。

で、このブロックも問題が多い。特にブロック解除がヒドい。「ブロックされるに値する事なんてしてないと証明しろ」という。世間一般では逆だよ。「ブロックされるに値する事をしたことを証明しろ」だ。ブロック依頼なんていう魔女裁判かよというバカげたことをやってる野蛮なメディアなんだけど、まあ、それでもこの小学生のかちかち山裁判とかより質の悪い裁判ごっこにばかり精を出す他人を裁く事に情熱を入れてる利用者が多いのも問題だな。現実がどれだけ惨めか知らないが、ネットで…こんなメディアで他人を上から目線で裁いて実に楽しそうですな。まあ、それでも、まだ一応ブロック対象者にも発言権があって、それなりの手順を踏んでるだけマシ。 そういった手順無しで管理者が即ブロックするパターンが多い、このパターンで「ブロックされるに値する事なんてしてないと証明しろ」はヒドくない?大抵証明は困難。疑わしきは罰せずじゃないんですよね、このメディア。あくまでも本当に「誤ブロック」の場合だけど、その場合、「運が無かったね」で終わるんですよ、色々見てみた結果。一般的には「怪しいかもしれないけど、絶対的な証拠が無いなら無罪」。Wikipediaにおいては「怪しくない事を証明できない?じゃあ有罪」。魔女裁判よりヒドいからね。証明できるわけないだろ?参加したばかりの人に何を求めているんだ、一体?

迷惑な利用者が野放しになる可能性と、善良な利用者が事実上罪人扱いで追放される可能性とを思えば、どれだけ前者が生まれようと後者は1件だってあってはいけない。「死刑は冤罪が」とか言う前に「冤罪を生むな」ってのと同じ感じ。冤罪を持ち出して死刑を否定するなら、その場合、死刑が問題なのではなく誤認逮捕からの誤った判決、誤審が問題。それを生まない為の「疑わしきは罰せず」。

特定の管理者に対する批判ではなくて、一例。

Wikipedia:投稿ブロック依頼/ラムネ屋さん_解除

上記は管理者が参加直後に1件の試験投稿をしただけでいきなりブロックした例。そのブロックが正しかったか間違っていたかはその投稿者本人にしかわからないのだけれど、疑わしきは罰せずの心でやっぱり、その人がどれだけ迷惑な事をするかもしれなかろうと、何の関係もない人の可能性もある以上、「絶対的な話でいえば間違っていた」ろうと思える。ただ、こんな一方的なブロックは大量にあるので、いちいちここで問題にあげない。ここでは結びの一言に注目したい。

一方的なブロックは大量にあるとはいえ、ほとんど何も考えずに事務的にロボットのごとくブロックしたなという事例は珍しくて、同じ管理者の立場にある利用者が苦言を呈している。それに対して結びの一言で「恒常的に管理系へ貢献している管理者に対して不必要に攻撃的な文言を使って非難することは避けてください。」。これは非常によろしくない。別に頼んで管理者をしてもらってるわけじゃない。何故ブロックしたのかの言い訳なんてせずに解除するというなら、謝罪が必要だろう。たとえば有能な医者が医療ミスを起こしたとして「優秀な医者なんだからミスで死人が出たからって批判すべきではない」なんて言えるか?同じ話。私のように「クソメディア」と呼んでるような利用者相手ならともかく、Wikipediaに貢献しようという善良な一利用者からすれば、その管理者がどれだけ普段Wikipediaに貢献しているかなんてどうでもいい。「優秀な警察官が誤認逮捕を起こした。その警官は検挙率が高くて有名だ、だから誤認逮捕の1件や2件あっても批判すべきじゃない」と、言われて誤認逮捕された本人は納得するか。

管理者の中にはもしかしたら、「私は過ちを起こさないように慎重に行動してるので一見すると行動が少なく見えるかもしれない」と思ってる人もいるかもしれない。行動が多い事が有能な証ではないだろうし、管理者の方々全員ではないけれど、利用者に対して挑発的な言動をする者もとても多い。相手利用者の質が悪いからいいのか?良いわけがないだろう?悪い例を見せてどうするんだ。残念ながら日本語版Wikipediaには迷惑な利用者が多く含まれている。それは「管理者としての活動が有意で、この人がいないと困るから」という理由で解任に至らないからだ。

ちなみに、こういったWikipediaや管理者に批判的な長文を自身の利用者ページに残してる人は「やばい」人が多い。大抵が、「いや、それはアンタの方が明らかに問題あるから」な、そしてやっぱり無期限でブロック喰らってる。じゃあ、田村悠はどうなのか。別のアカウントは無い。持った事もない。管理者ともめた事はない。他の利用者とめもた事もない。20年ぐらい前に八極正拳は間違ってると聖拳と記述してた事に対して「正拳も間違ってない、どっちが正しいかわからないし、どちらが正しいか判定するのはWikipediaの仕事じゃない」とノートに書いたら確かすごい勢いで反論してきた人はいた気がする。ああいう人と話はするだけ無駄だから、もう差し戻されようが勝手にしてくれと思ってる、つまりもめる事はない。仮に誤ブロックだとしても別に抵抗する気も解除依頼も出す気もない。無いとは思うが、この文章がもとでブロックされても別にそれもどうでもいい事だと思う。大してWikipediaにはどうせ貢献出来ないだろから、今後も。